幸多い生涯を送って来ました

 さち多い生涯を送って来ました。




 私は、老いといものが見当つかないのです。私は、アメリカ西部の小都市で育ちました。デイケアに預けられていた頃から、様々な人種と接しながら育ったので、誰とでも仲良くなれる自信はありました。なので、肌の色で人を区別するという考え方があることを知ったのは、だいぶ大きくなってからでした。



 私は、生まれてからずっと病気らしい病気はしませんでしたが、年に一度、病院で検査がありました。私は、産まれる前に病気が見つかり、治療をしました。検査は、その治療の経過観察のためでした。大きな機械の中で寝ることは、苦ではありませんでしたが、血を抜かれるのは何年たっても嫌でした。なので、病院の先生だけは今でも苦手です。



 私には両親と、兄と姉がいました。特別、裕福な家庭という訳でもなく、かといって、食うに困るほど貧乏でもありませんでした。所謂いわゆる、中流階級です。夕食ディナーは必ず、五人そろってテーブルを囲い、談笑に花を咲かせたものです。一番の大食は兄で、優に私の五倍は食べていました。私は、物心ついた時から小食で、家族の中で一番、食が細く、親が心配するほどでした。しかし私にとって、それは自然なことであり、決して無理しているわけでも、モデルのような体型にあこがれて、ダイエットしているわけでもありません。ある一定の量を食べると、自然と食欲がなくなるので、どんなに食べ物を出されても、自然と食が止まったのです。



 私は、高校を卒業後、遺伝の研究に特化した大学へ進学しました。その頃から、私の異変は既に始まっていたのです。最初に気が付いたのは、高校時代の友人で、街でばったり会った時、高校の頃と、姿が全く変わっていないと、当時の写真と見比べて指摘されました。家族も少しずつ不審に思い、病院の定期検査で、それが白日の下にさらされました。私の細胞は、一切の老化現象を起こしていないのです。それは時に、お酒を売ってくれなかったり、バーへの入店を断られたり、警察に調べらたりと、歳を重ねるごとに多くなってゆきました。



 そんな感じだったので、就職する会社の面接では、真っ先に年齢詐称を疑われました。生体認証を提示して、納得していただくこともありましたが、子供が仕事などできるものかと、断られることが多くありました。運良く、就職できても、社内でいじめにあったり、小児性愛者に目をつけられたりと、逃げるように会社を辞めることが続きました。




 そんな折、私の大学の口利きで、研究職に就きました。私より若い ─見た目は私の方が若いですが─ 有能な研究員の下で働き、やっと、満足できる仕事と生活を手に入れることができたのです。私を採用してくれた博士は、横田優人といいます。



 同僚に、ヨーコという美人がいました。私とヨーコは、良い仕事仲間であり、友人であり、ライバルでもありました。ただ、優人がヨーコに引かれているのは気が付いていたので、叶わない恋だったのですが、誰でも自分の気持ちを押し殺すことはできないものです。結局、ヨーコと優人は結婚しましたが、祝福の気持ちは今も変わりありません。




 だからこそ、ヨーコが亡くなった時は、悲しくて、何日も泣いて過ごしました。




 私より深い慟哭に落ちていたのは、他でもない、優人でした。だから、彼からヨーコのクローン作製を提案されたとき、二心ふたごころ無く、賛成しました。人工的に作られた胚を体内に入れ、妊娠が確認されたときは、嬉しくて、出産の日を楽しみにしたものです。



 陽子を産んで、おっぱいをあげて、おしめを換えて、絵本を読み聞かせる。そんな日常が、ヨーコを失った私と優人の心の痛手を、徐々に治してゆき、やがてそれは、本当の父と母の感情であったと今でも思います。



 陽子は、3歳の時、誠と一緒に、日本へ渡りました。優人が、ふたりを日本で育てたいという気持ちからでした。優人が日本を離れたのは、国の教育方針に失望したからであって、心は日本であると常日頃から言っていました。それから10年。再び、陽子と誠と一緒の生活ができるようになったのは、至高の喜びです。



 誠には真実を打ち明けましたが、陽子には隠しています。いつか、打ち明ける日が来るのでしょうか。その日が来ることを、嬉しくもあり、怖くもあります。




 休日のある日、アンがキャンディに言う。

「今日は、今週分の食材をまとめて買いたいのです。人手を貸していただけないでしょうか」

「自分で言えば?」

「それは気が引けます」

 キャンディは、リビングでゲームをしている、誠と陽子に声をかける。

「おまえら暇でしょ。買い物に付き合って」

「そんなにたくさん?」

「四人で行くのはいいけど、持てる量には限界があるよ」

「車出すよ」

「え!? この家、車あるんですか?」

「カーシェアだよ」




 車でショッピングモールへ。カートを押しながら、陽子は言う。

「肉は豚と、鶏?」

「とんかつ、親子丼、青椒肉絲チンジャオロース、生姜焼きなどのメニューを考えています」

「魚は?」

「鯖の味噌煮、金目鯛の煮付け、鮭の塩焼きなどのメニューを考えてます」

「野菜は?」

「かぼちゃの煮物、オニオンサラダとスープ、コーンポタージュ、ミントやルッコラなどの香草を使ったマリネ。ネギ、ピーマン、玉ねぎ、他です」

「けっこうな量になりそうだね」

「はい。他にリクエストがあれば、追加で買いましょう」

「カレーが良い!」

「カレーですね」

「辛いカレーね」

「辛いのやだー」

「陽子の舌はお子様だからな」

「お兄ちゃんだって、小学生の頃までは激甘カレーだったじゃん」

「辛いカレーこそ大人の味だよ。おまえも早く辛いカレーが食べられるようになるといいなあ」

 ニヤニヤ

「みなさんの好みに応じて、辛さは調節できるようにしましょうか」

「わ。お店みたい」

「そういえば、天ぷらが出たことないね」

「私の身体ボディは、人のように自然治癒しないので、皮膚を破損しそうな料理は、なるべくしないようにしています」


「天ぷら食べたいな」

「お兄ちゃん、聞いてなかったの? アンは天ぷらが作れないんだよ」

「だったら、俺たちが作れば良いじゃないか」

「なるほど。その手があったか」

「それじゃあ今日は、天ぷらにしよう」

「海鮮の食材が良いね」

「野菜とキノコのかき揚げも美味しいよね」

「おまえが作るんだぞ」

「いいよ。お兄ちゃんの分は作らないけど」

「このやろう」




 帰りの車の中。

「毎日六人分の朝食と夕食の食材だもんね。買い物だけでも大変だよ」

「毎日、買うようにしているのですが、どうしても不足分は出ます」

「やっぱり、配送にしたほうがいいんじゃない?」

「送料が高いんだって」

「アンが壊れちゃってからじゃ遅いし」

「あたしがこうして車出すよ」

「ありがとうございます」

「ただし、毎回必ず、助手を連れて行くこと」

「助手? ですか」

「誰でもいいんだよ。家の中で暇そうにしている人間に声掛けてさ」

「ご迷惑ではないでしょうか」

「アンドロイドが遠慮するな。嫌がるような奴は、私が直々に鉄槌をくだしてやる」

「それはそれで、ご迷惑をかけてしまいそうです」

「人なんて大なり小なり、他人に迷惑をかけて生きてるんだ。気にするな」

「はい」




 買ってきたものを車から降ろし、キッチンに運ぶ。

「これだけでも、重労働だね」

「俺が天ぷらの食材の下ごしらえするから、陽子は衣作ってくれ」

「あたし、野菜やるよ」


 そこに、ミク、彩、デイフィリアの三人が帰って来る。

「どうしたの?」

「今日は、兄妹で料理?」

「天ぷらを揚げる」

「おお! 天ぷら」

「アンが作るんじゃないの?」

「アンは高温で故障の危険があるから、天ぷらは作れない。だから俺たちがやってる」

「私も手伝います」

「あたしも手伝おうかな。デイフィリアは?」

「私、料理できない」

「アンと一緒に座っててください」



「それにしても、この家のキッチン。広いよね」

「漫画で出てくるフランス料理の厨房並みだよね」

 キャンディが言う。

「この家で住める人数を、考えてみな」

「1階はキャンディさんとアンの部屋。2階は横田兄妹とあたしと彩。3階にデイフィリアと空き室3。つまりまだまだ人が増えるという事ですか?」

「そうかもね~」

「だからお風呂も広いのか」

「そうなったらさすがに、アンひとりじゃ家事を回せませんよね」

「そうだね」

「どうするんでしょう」

「その辺は、横田博士が考えているんじゃないかな」

「さあ、手分けしてやりましょう」

「OK」

「はい」



「俺の天ぷらはだなあ、ごま油100%で揚げるのがこだわりなんだ」

「ごま油、良い香りです」

「エビは低温で揚げて火を通してから、一旦取り出す。油の温度を上げてから二度揚げすると、衣はサクッと、身はプリっと美味いんだよ。尾まで食べられるぞ」

「でた、男のこだわり料理」

「あたしのかき揚げは、衣少な目、お玉で型崩れしないように揚げるのがこだわりです」

「ふたりとも手際が良いよね」

「祖父母の元で鍛えられたからね」

「あたし、オリジナル天ぷらを創る」

「それ、絶対に失敗する奴だからやめてください」




 ビールを飲みながら、子供達の成長を見守っています。老化しない私は、もはや人間ではないのかも知れません。それでも私は、誠と陽子のやり取りを見て、心の底から嬉しさがこみ上げて来ます。とても幸せです。

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