幸多い生涯を送って来ました
私は、老いといものが見当つかないのです。私は、アメリカ西部の小都市で育ちました。デイケアに預けられていた頃から、様々な人種と接しながら育ったので、誰とでも仲良くなれる自信はありました。なので、肌の色で人を区別するという考え方があることを知ったのは、だいぶ大きくなってからでした。
私は、生まれてからずっと病気らしい病気はしませんでしたが、年に一度、病院で検査がありました。私は、産まれる前に病気が見つかり、治療をしました。検査は、その治療の経過観察のためでした。大きな機械の中で寝ることは、苦ではありませんでしたが、血を抜かれるのは何年たっても嫌でした。なので、病院の先生だけは今でも苦手です。
私には両親と、兄と姉がいました。特別、裕福な家庭という訳でもなく、かといって、食うに困るほど貧乏でもありませんでした。
私は、高校を卒業後、遺伝の研究に特化した大学へ進学しました。その頃から、私の異変は既に始まっていたのです。最初に気が付いたのは、高校時代の友人で、街でばったり会った時、高校の頃と、姿が全く変わっていないと、当時の写真と見比べて指摘されました。家族も少しずつ不審に思い、病院の定期検査で、それが白日の下にさらされました。私の細胞は、一切の老化現象を起こしていないのです。それは時に、お酒を売ってくれなかったり、バーへの入店を断られたり、警察に調べらたりと、歳を重ねるごとに多くなってゆきました。
そんな感じだったので、就職する会社の面接では、真っ先に年齢詐称を疑われました。生体認証を提示して、納得していただくこともありましたが、子供が仕事などできるものかと、断られることが多くありました。運良く、就職できても、社内でいじめにあったり、小児性愛者に目をつけられたりと、逃げるように会社を辞めることが続きました。
そんな折、私の大学の口利きで、研究職に就きました。私より若い ─見た目は私の方が若いですが─ 有能な研究員の下で働き、やっと、満足できる仕事と生活を手に入れることができたのです。私を採用してくれた博士は、横田優人といいます。
同僚に、ヨーコという美人がいました。私とヨーコは、良い仕事仲間であり、友人であり、ライバルでもありました。ただ、優人がヨーコに引かれているのは気が付いていたので、叶わない恋だったのですが、誰でも自分の気持ちを押し殺すことはできないものです。結局、ヨーコと優人は結婚しましたが、祝福の気持ちは今も変わりありません。
だからこそ、ヨーコが亡くなった時は、悲しくて、何日も泣いて過ごしました。
私より深い慟哭に落ちていたのは、他でもない、優人でした。だから、彼からヨーコのクローン作製を提案されたとき、
陽子を産んで、おっぱいをあげて、おしめを換えて、絵本を読み聞かせる。そんな日常が、ヨーコを失った私と優人の心の痛手を、徐々に治してゆき、やがてそれは、本当の父と母の感情であったと今でも思います。
陽子は、3歳の時、誠と一緒に、日本へ渡りました。優人が、ふたりを日本で育てたいという気持ちからでした。優人が日本を離れたのは、国の教育方針に失望したからであって、心は日本であると常日頃から言っていました。それから10年。再び、陽子と誠と一緒の生活ができるようになったのは、至高の喜びです。
誠には真実を打ち明けましたが、陽子には隠しています。いつか、打ち明ける日が来るのでしょうか。その日が来ることを、嬉しくもあり、怖くもあります。
休日のある日、アンがキャンディに言う。
「今日は、今週分の食材をまとめて買いたいのです。人手を貸していただけないでしょうか」
「自分で言えば?」
「それは気が引けます」
キャンディは、リビングでゲームをしている、誠と陽子に声をかける。
「おまえら暇でしょ。買い物に付き合って」
「そんなにたくさん?」
「四人で行くのはいいけど、持てる量には限界があるよ」
「車出すよ」
「え!? この家、車あるんですか?」
「カーシェアだよ」
車でショッピングモールへ。カートを押しながら、陽子は言う。
「肉は豚と、鶏?」
「とんかつ、親子丼、
「魚は?」
「鯖の味噌煮、金目鯛の煮付け、鮭の塩焼きなどのメニューを考えてます」
「野菜は?」
「かぼちゃの煮物、オニオンサラダとスープ、コーンポタージュ、ミントやルッコラなどの香草を使ったマリネ。ネギ、ピーマン、玉ねぎ、他です」
「けっこうな量になりそうだね」
「はい。他にリクエストがあれば、追加で買いましょう」
「カレーが良い!」
「カレーですね」
「辛いカレーね」
「辛いのやだー」
「陽子の舌はお子様だからな」
「お兄ちゃんだって、小学生の頃までは激甘カレーだったじゃん」
「辛いカレーこそ大人の味だよ。おまえも早く辛いカレーが食べられるようになるといいなあ」
ニヤニヤ
「みなさんの好みに応じて、辛さは調節できるようにしましょうか」
「わ。お店みたい」
「そういえば、天ぷらが出たことないね」
「私の
「天ぷら食べたいな」
「お兄ちゃん、聞いてなかったの? アンは天ぷらが作れないんだよ」
「だったら、俺たちが作れば良いじゃないか」
「なるほど。その手があったか」
「それじゃあ今日は、天ぷらにしよう」
「海鮮の食材が良いね」
「野菜とキノコのかき揚げも美味しいよね」
「おまえが作るんだぞ」
「いいよ。お兄ちゃんの分は作らないけど」
「このやろう」
帰りの車の中。
「毎日六人分の朝食と夕食の食材だもんね。買い物だけでも大変だよ」
「毎日、買うようにしているのですが、どうしても不足分は出ます」
「やっぱり、配送にしたほうがいいんじゃない?」
「送料が高いんだって」
「アンが壊れちゃってからじゃ遅いし」
「あたしがこうして車出すよ」
「ありがとうございます」
「ただし、毎回必ず、助手を連れて行くこと」
「助手? ですか」
「誰でもいいんだよ。家の中で暇そうにしている人間に声掛けてさ」
「ご迷惑ではないでしょうか」
「アンドロイドが遠慮するな。嫌がるような奴は、私が直々に鉄槌をくだしてやる」
「それはそれで、ご迷惑をかけてしまいそうです」
「人なんて大なり小なり、他人に迷惑をかけて生きてるんだ。気にするな」
「はい」
買ってきたものを車から降ろし、キッチンに運ぶ。
「これだけでも、重労働だね」
「俺が天ぷらの食材の下ごしらえするから、陽子は衣作ってくれ」
「あたし、野菜やるよ」
そこに、ミク、彩、デイフィリアの三人が帰って来る。
「どうしたの?」
「今日は、兄妹で料理?」
「天ぷらを揚げる」
「おお! 天ぷら」
「アンが作るんじゃないの?」
「アンは高温で故障の危険があるから、天ぷらは作れない。だから俺たちがやってる」
「私も手伝います」
「あたしも手伝おうかな。デイフィリアは?」
「私、料理できない」
「アンと一緒に座っててください」
「それにしても、この家のキッチン。広いよね」
「漫画で出てくるフランス料理の厨房並みだよね」
キャンディが言う。
「この家で住める人数を、考えてみな」
「1階はキャンディさんとアンの部屋。2階は横田兄妹とあたしと彩。3階にデイフィリアと空き室3。つまりまだまだ人が増えるという事ですか?」
「そうかもね~」
「だからお風呂も広いのか」
「そうなったらさすがに、アンひとりじゃ家事を回せませんよね」
「そうだね」
「どうするんでしょう」
「その辺は、横田博士が考えているんじゃないかな」
「さあ、手分けしてやりましょう」
「OK」
「はい」
「俺の天ぷらはだなあ、ごま油100%で揚げるのがこだわりなんだ」
「ごま油、良い香りです」
「エビは低温で揚げて火を通してから、一旦取り出す。油の温度を上げてから二度揚げすると、衣はサクッと、身はプリっと美味いんだよ。尾まで食べられるぞ」
「でた、男のこだわり料理」
「あたしのかき揚げは、衣少な目、お玉で型崩れしないように揚げるのがこだわりです」
「ふたりとも手際が良いよね」
「祖父母の元で鍛えられたからね」
「あたし、オリジナル天ぷらを創る」
「それ、絶対に失敗する奴だからやめてください」
ビールを飲みながら、子供達の成長を見守っています。老化しない私は、もはや人間ではないのかも知れません。それでも私は、誠と陽子のやり取りを見て、心の底から嬉しさがこみ上げて来ます。とても幸せです。
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