こんな時、どんな顔をしたらいいかわかりませんね

「私は、アンドロイドです」

「え?」

「またまた、ご冗談を」

「人型ロボットの技術が発達しているのは知っているけど、ここまで人そっくりのロボットは聞いたことないよ」

 陽子、ミク、彩の三人は懐疑的だ。誠は言う。

「なんとなく、そんな気はしてたよ」

「誠はわかってたの?」

「アンが食事をしているところを見たことがないし、トイレに入るところも見たことがない。さらに言えば、水すら飲んでいる様子がなかった」

「そういわれれば、そうだったような気がする」

「別に、アンがアンドロイドだったからって、生活が変わるわけでもないし。ね、アン」

「はい」

「今まで通りよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」




 食事をしながら、アンについて話す。

「呼吸をしてるのはなんで?」

「機械を冷やすためです」

「身体、温かいよね」

「呼吸だけでは、完全に冷却できないので、機械と体表を循環する冷却材で冷やしてます」

「エネルギーは?」

「夜、寝ている間に充電します」

「人と同じ様に、食べ物で発電出来たら、すごいのに」

「食べ物は消化できません」

「将来的には、そういうアンドロイドが開発されたりして」

「そうしたら、ますます人と見分けがつかなくなるな」


「アンは、メイド以外できないの?」

「はい。メイド用に開発されたので、それ以外のことはできません」

「テーマパークの絶叫マシンに乗せたら、どんな反応するか見てみたい」

「あまり、性能以上の事をさせるなよ。万が一、故障でもしたらどうするんだ」

「その時は、代わりのアンドロイドが送られてくると思います」

「そういう問題じゃなくてさ、せっかく仲良くなったんだから、アンにはずっと家にいて欲しいんだよ」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「嬉しいのか。人のような感情ってあるのかな~」

「AIで感情を表現していると思います」

「そういう夢のない話しじゃなくてさ、例えば、誠に恋愛感情を抱くようになるなんてね」

「これ以上、ライバル増やさないでください」

「せっかくだから、アンに私服買ってあげようか。私もこっちで着る服、欲しいし。誠、買い物付き合ってよ」

「デイフィリアさん。どうして誠さんが付き合う必要があるんですか?」

「やっぱ男の意見、いるでしょ」




 次の休日。アンとデイフィリアは、誠を連れて外出。留守を任されたミクと彩は機嫌が悪い。

「どうして誠が一緒に行くの」

「デイフィリアさんは、強引なところがあります」

 ふたりに挟まれ、いたたまれない陽子。

「とりあえず、朝食の片付け。掃除、洗濯しましょう」




 一方、三人でお出かけのデイフィリアは機嫌が良い。

「日本に来て、初めてのHolidayって気分ね」

「私がご一緒して、よろしかったのでしょうか」

「アンはアンドロイドだけど、学習すればメイド以外のこともできるようになるんでしょう。もっと、アンドロイド生を満喫しようよ」

「はあ…」

 ショッピングモールに着く。

「早速、服だな」

 モール内は既に夏物中心の品揃え。水着の販売も始まっている。

「やっぱり身に着けるものは、実際に見て、試着しないと、良さがわからないよね。まずは浴衣だな」

 売り場には、豊かな彩りに加え、様々な柄の浴衣が並べられている。古式豊かなものから現代的なものまで、選り取り見取りだ。

「ねえ、誠選んでよ」

「俺が?」

「うん」

 誠は、デイフィリアに似合いそうな浴衣を3着選んだ。それを持って試着室に入る。


 しばらくして、パっとカーテンが開く。

「どう?」

「うん。似合ってるよ」

「この色柄は可愛い系だよね。こっちはちょっと大人ぽい。もう一着は、古風なかんじかな」

「デイフィリアなら、似合うと思ったんだけど」

「わかった。3着、全部買う」

「ホント、浴衣が好きなんだね」



「次は、アンの番ね」

 アンとデイフィリアが服を持って更衣室に入る。カーテン越しに声が聞こえてくる。

「ちょっとアン。下着付けてないの?」

「はい。必要ありませんから」

「ツルツルなのも仕様?」

「はい。必要ありませんから」

「ムダ毛処理の必要がなくてうらやましいわ」

 いったい何の話をしているんだ。


 しばらくして、パっとカーテンが開く。

「どう?」

 極めて短めのホットパンツに、チューブトップのシャツだが、胸を隠す程度の大きさしかない。

「ちょっと、露出が多すぎない?」

「ムラムラする?」

「エッチだとは思うよ」

「誠も服を選んでよ」

 誠は、スカートにブラウスを選ぶ。

「それじゃ、家にいるときと変わらないじゃない。お出かけ用の服なんだから、もっと攻めて」

 お出かけ用と言われてもな。パンツを長さ別に3着と、シャツを露出の大小で3着を選ぶ。


 再びカーテンが開く。

「誠のチョイスは、なかなかセンスあって迷っちゃうよ」

 デニムのホットパンツに、ワンショルダートップスへそ出しシャツ。太ももと、二の腕と、へそ出しは譲れないらしい。

「せっかくだからさ、これ着て、このまま遊びに行っちゃおう」

「今からですか? 夕食の準備がありますから、それまでには帰らないと」

「そんなの、留守番組に任せとけばいいのよ」

 デイフィリアは陽子に電話をする。




 陽子は、デイフィリアとの電話を切る。

「なんだって?」

「このまま夕方まで出かけるから、夕食の準備、よろしくね。だって」

「なん、だと」




 先の服を着て、三人はモールの中を歩いている。

「どんな気分?」

「なんか、人の目線が気になります」

「そういうのを、恥ずかしいっていうんだよ」

「恥ずかしい…」

 電車に乗る。車内はそこそこ混んでいる。

「男の人が、みんなアンのこと見てるよ」

「こんな時、どんな顔をすればいいかわかりませんね」

「笑えばいいと思うよ」

 気が付いていないと思うけど、デイフィリアの浴衣も、けっこう注目されてるよ。


 原宿駅で降りて、竹下通りを散策する。

「服を買ったんだから、アクセサリーが欲しいよね」

 アクセサリーか。そういえば、彩にプレゼントする約束だったな。ついでに見ていこう。

「ねえ、誠」

「なに?」

「私たちに似合う、アクセサリーを選んでよ」

「俺が!?」

「服のときと同じだよ」

 同じって…。

 いくつかのアクセサリー店を見て回りながら、ふたりに似合いそうなアクセサリーを考える。

 和装が好きなデイフィリアなら、和風のアクセサリーが良いだろう。着ている服と相性が良い。

 アンは、アンドロイド。動作に支障をきたすようなアクセサリーはダメだな。体つきも顔も設計され作られた、中央値のアンドロイド。アンドロイドが仕事をする上で邪魔になるアクセサリーを、身につけるようには造られてはいないはず。



 とあるアクセサリー店で、俺は、かんざし風髪留めを買った。

「浴衣。肌の色。髪の色に合うと思う」

 髪をサイドに束ねて、髪留めを指す。鏡でそれを確認する。

「良い」

「気に入った?」

「めっちゃ気に入った」

「良かったよ」

「どうもありがとう」

「どういたしまして」


 アンは、ピアスは開けられない。だからイヤリングを買った。イミテーションだが小さな石が輝く。

「どう?」

「ありがとうございます」

「付けてあげるよ」

 デイフィリアは、イヤリングをアンの両耳に付けた。鏡を見せる。

「アン。可愛いよ」

「これが私ですか」

「そうだよ。それがあなただよ」

「どうもありがとうございます」

「気に入らない?」

「いえ。このようなことをしたことがなかったので、混乱してます」

「良いぞ。もっと混乱しろ。人間なんて混乱しながら生きているんだ」




 誠とデイフィリアがトイレに行っている間、駅の前でアンはひとり待っていた。そこに、男性が声をかけてくる。最初、容姿を褒めて、遊びに誘う。これはつまり、ナンパという奴ですね。困りました。この手のあしらい方は学習していません。


 そこに誠、登場。


 煽りも恫喝も、口から出ているウチは、たいしたことない。問題は、体が出た時だ。デイフィリアも合流し、いよいよ逃げを打つ必要がある。誠はふたりの肩に手を回す。

「帰ろうか」

 まるでナンパなどいなかったかのように振る舞って、その場を去ろうとした時、男の手が誠の肩に掛かった。

 次の瞬間、男は天を仰いで地べたに倒れていた。

「逃げろ!」

 三人は原宿駅の中に逃げて、ナンパを撒いた。




 三人が家に帰って来て、ミクと彩が驚く。

「この浴衣と髪留め。誠が選んでくれたんだ」

「この服とイヤリングは、誠さんが選んでくれました」

 悔しさのあまり、声が出ないふたり。


 誠は彩にだけこっそり耳打ちする。

「誕生日用の、買ってあるから、楽しみしてて」

 彩は、その一言でほっとした。




 アンは、鏡に映る自分の姿を見る。いつもと違う服。耳には誠がチョイスしてくれたイヤリングが輝いている。

 なんとも形容しがたい気持ちが湧き上がって来る、嬉しいと似た、でもちょっと違う気持ち。身体全体が、熱くなるこの気持ちのことを、なんと言うのだろう。

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