誠と彩のデートは、登山で手作りお弁当を食べて手を握る

 誠とミクのデートの翌日。誠と彩のデート。


 二度目の嵐は、小松彩によって巻き起こる。




 誠と彩のふたりは、京王線高尾山口駅に降り立った。天気は良いが、風が強い。

「俺の地元は山だから、登山は平気だけど、彩は大丈夫?」

「大丈夫です」

「無茶しないでね。体調が悪くなったら、遠慮せずに言って」

「はい。わかりました」



 ふたりを遠巻きに覗き見る、陽子とるるがいる。

「高尾山とは意外なデートコース」

「彩さん、身体弱いのに、大丈夫かな」

「そういうるるちゃんは、大丈夫?」

「山登りは初めてだけど、そんなに高い山じゃないし、頑張るよ」

「無茶しないでよ。気分が悪くなったら、すぐに言って」

「了解であります!」



「ケーブルカーで途中まで登れるけど、乗る?」

「いえ。登山道を行きましょう」

「大丈夫? ホント、無理しないでね」

「はい。それでは、6号路を登りましょう」

「けっこう、ハードなコースみたいだけど」

「滝や川があるらしいので、自然を楽しみながら行きましょう」

「了解しました」




 山道を登りながら考えました。

 良かれと思って教えると、そんなこと知ってるよと返される。親切にしたつもりが、大きなお世話だと返される。誰とも話さないでいると、淋しい。

 いっそ、誰もいない世界に行ってしまおうか。でも、そこは人がいない世界。人の世界は、袖すれ合う程度の付き合いで成り立っている。私が、今、こうして誠さんと一緒に、登山をしているのも、人の世。だから、人の世は美しい。

 足元のタンポポも、生を謳歌して、陽に花弁を向けている。樹々が風に揺れて涼やかに香る。後ろを振り返ると、誠さんが私の歩みに合わせて足を運ぶ。私はペットボトルのキャップを開け、少しだけ唇を潤した。



 跡をつけている、宮部るるは、尾行そっちのけで山登りを楽しんでいる。

「空気うまい」


「風が気持ち良い」


「見て! 川」


「なんか鳥! あれなんて鳥?」

「ヒヨドリだと思う」


「あれ、綺麗な花! なんて名前だろう」

「あれはさすがに、わからないなあ」

「写真、撮ろう」

「るるちゃん。目的忘れないで」

「そうだった! ふたりは?」

「50メートルぐらい先、登ってるよ」

「見えないけど。急がなきゃ」

「大丈夫だよ。ペース合わせて歩いてるし」

「楽しいね」

「そうだね」



 琵琶滝に到着。薬王院の水行道場。いわゆる瀧行の場だ。

「さすがに瀧行はしないよね」

「しませんね。興味はありますが」

「マジで!?」

「私の身体には、手術による傷跡がたくさんあります。業を禊で落とせるのなら、落としたい」

「病は病。彩の業とは関係ないよ」

「そうですね」

「お堂を詣でて行こうか」

「はい」



「見て! 滝だ」

「水行の滝だね」

「水行かあ。さすがに寒いよね」

「夏だったらやるの?」

「気温が35℃とか、40℃とかならやりたい」

「プール感覚」



 誠と彩は、山頂に着いた。風はあるが天気は良い。展望台からは富士山が観える。

「着きましたね」

「着いた」

「富士山、綺麗です」

「寒くない?」

「はい。大丈夫です」

「ちょうどお昼だね。お茶屋さんでお昼、食べようか」

「私、お弁当作ってきました」

「そうなんだ。どうもありがとう。どこかベンチに座って…」

「敷物持ってきました。せっかくですから、木陰に敷いて食べませんか」

 木陰でシートを広げ、荷物を降ろしてお弁当を広げる。お弁当は、おにぎりに、卵焼き、たこさんウィンナー、唐揚げ、ほうれん草の胡麻和え、きんぴらごぼうなど。

「なんのひねりもない、普通のお弁当ですけど」

「そんなことないよ。美味しそう。いただきます」

「どうぞ、お召し上がりください」

 誠は、唐揚げをつまんで口に入れる。

「どうですか?」

「うん。美味い」

「良かった」

「遠慮なく、どんどん、いただくよ」

「どうぞどうぞ」



 遅れて、陽子とるるが山頂に到着する。

「やったー! 富士山が見える」

「ふたりはどこだ」

「富士山バックしにして写真撮ろう」

「おかしいなあ。見当たらない」

「陽子、ほら、一緒に並んで」

「ええ?」

 写真を撮って、誠と彩を探す。

「お腹減った」

「そういえばお昼だね」

「お茶屋でご飯食べない?」

「その前に、お兄ちゃんと彩さんを探さなきゃ」

「ご飯の後でもいいよ」

「そうはいかない。ここで見失ったら、下りの道、どっちへ行くかわからなくなる」

「ふたりもご飯食べてるんじゃない」

「それじゃあ、お茶屋さんを探してみよう」

 数件ある茶屋を見て回るが、ふたりの姿は見えない。

「もう、下山しちゃったのかな」

「あ! あそこ見て」

 るるが指す樹の下で、ふたりがお弁当を食べている。

「お弁当かあ。あたしたちも持ってくれば良かったね」

「よし。あたしたちも急いでご飯食べよ」

「やった!」



 お弁当を食べた終えた二人は、下山路を選んでいた。

「4号路へ行きましょう」

「何かある?」

「つり橋があります」

「OK」

 ふたりは4号路を進む。



「4号路行くみたいだね」

「あたしたちも行こう」

「OKであります」



 4号路は、さらに樹々の密度が増し、風に揺れて、ざわざわと音を立てる。道は一段と細く、ゆっくりと歩くふたりの後ろが、若干、渋滞気味だ。休憩所や、道のひらけたところで、小休止をはさみ、後ろの人に道を譲る。ほどなく、つり橋が見えてきた。

「樹に埋もれて、橋の下が観えないな」

「誠さん、橋をバックにして、写真を撮りませんか?」

「良いよ」

 彩は、小型のカメラを通りかかった登山客に渡して、写真を撮ってもらうようお願いした。登山客がカメラを構え、

「はい、チーズ」

 と言った瞬間、彩は誠を手を握った。パシャ! とシャッターが切れる。写真を確認して、お礼を言う。

「それじゃあ、行きましょう」

 ニコニコして彩は言った。今、手を握ったよね? どういうこと? 誠は突然の事に狼狽する。



「あ、橋が見えてきた」

「待って! すぐ前にふたりがいる」

「ホントだ」

「誠と彩さん、ペースが遅いから、追いついちゃうんだよね」

「それは、あたしにとってもありがたい事です」

「写真撮るみたい」

 シャッターが切れる瞬間、誠の手を彩が握った。

「あ!」

「手、握ったよね」

「彩さん、やるな~」



 階段を降りると、4号路の終点、浄心門に出る。

「ここからは1号路だね」

「道が舗装されてます」

「体調は大丈夫?」

「はい」

 さる園で猿を見て、野草園で野草を観る。

「私、自然が好きなんです」

「それで、登山道を選んだんだ」

「はい。樹とか、草花とか、観てると飽きません」

「やっぱり、ケーブルカーには乗らず、歩いて下山するんだね」

「もちろんです」



「ここからは普通の道だね」

「少し、距離とろうか。見通し良いから、振り向かれたらすぐに見つかっちゃう」



 ゆっくり歩いても、陽はまだ高いうちに、高尾山口駅前に帰ってきた。

「これから家に帰って、お風呂に入ると、ちょうど夕食の時間かな」

「誠さん、今日は付き合ってくれて、ありがとうございました」

「楽しかった?」

「はい。とても」

「それは良かった」



「結局、山登りしただけ?」

「否。手を握った」

「あれ、彩さん狙ってたよね」

「そう。彩さん、本気だ」

「あたしは、ミクさんと彩さんだったら、俄然、彩さん推しなんだけど、陽子は?」

「ミクさんは良い人だし、悩ましいところなんだよね」

「将来、お義姉ねえさんになるかも知れないしね」

「あたしは、お兄ちゃんの事を好きになることが悩ましいよ」

「なに、妬いてるの?」

「そうじゃなくて、お兄ちゃんのだらしないところとか、優柔不断なところとか、知ってるから、ふたりにはもっと、別にふさわしい人がいると思うんだよね」

「でも、優しいよね」

「優しいだけじゃ、ダメなんだよ」

「妹心は複雑ですな」




 その夜、五人で夕食を取りながら、高尾山、登山の話しになる。ミクの心中、穏やかじゃない。

「誠と彩が、ふたりで?」

「はい」

「そ、そうなんだ…」

「写真も撮ってきました」

 彩は、ミクに、つり橋で撮った写真を見せた。手をつないでいる事を強調する。

「足場が悪いところが多かったので、誠さんには助けてもらいました」

「俺、たいしたことしてないよ」

「陽子ちゃんとるるちゃんも、一緒だったんだ。なぜか別行動だったけどね」

 彩はいたずらに、陽子へ向けてウインクをした。

 なんだ、バレバレだったんだ。


 ミクは、江戸切子のグラスを手にして、

「このグラス、誠とお揃いなんです」

 ふたりが水を飲むのに使っているグラスは、昨日のデートで買ったペアの江戸切子だ。

「浅草デートの時に買って来たんです。誠、気に入った?」

「ああ。気に入ってるよ」

 彩のことをニヤリと見る。

「私の手作りお弁当、完食してくれました。誠さん、美味しかった?」

「美味しかったよ」

 ミクのことを、ニヤリと見る。


 お互い、こめかみに血管の浮き出る憤怒を抑え、平静を装って夕食を楽しんでいる。




 キャンディは、ふたりの関係を、生暖かく見守りながら、異常事態に出動する準備はできている。混戦模様だね。ま、殺傷沙汰にでも発展しない限り、あたしは様子見だ。

 陽子ちゃんとるるちゃんは、どうするのかねぇ。

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