嬢ちゃん

 昔、エジプトにて。

 国民に愛された王が亡くなった。人々は、王の復活を祈って、王をミイラにする術を施した。内臓は心臓以外を取り出し、脳は鼻から器具を挿入して掻き出す。防腐処理を施し、包帯を巻き、棺に入れて埋葬された。




 時は下り、近代。

 王のミイラは、発掘された。昔の人は、王の復活を期待しただろう。残念ながら、王を復活させることは叶わない。生命維持に必要な臓器のほとんど全てが取り除かれているからだ。それらを再生できたとしても、脳だけは不可能だ。細胞は破裂し、原型を留めている染色体は無い。わずかばかりのDNAを取り出すことはできても、クローンを作るには設計図の情報として圧倒的に不足している。

 王は、永久とこしえの眠りに、今、つくことができた。




 王の復活を祈り、ミイラにした太古の人を、私たちはバカにできない。当時の人々は、考えられる全ての情報をもって、復活可能な状態に、遺体を加工した。それと同じことを、近代の人もおこなっている。




 近代医学では治療できず、亡くなった人は、未来の医学技術に期待した。未来の医学技術であれば、病を治すことができるであろうと考えて、身体から血液を抜き、代わりに不凍液を入れ、冷凍保存する。近代のミイラだ。



 そのミイラを蘇らすため、横田優人率いるRashomonの研究員たちは行動を開始した。死因が、現在の医療で治療可能な遺体を、数体とりよせた。成功すれば、その人は数十年ぶりに、蘇ることになる。

「優人、検体の生体分析が出たわ」

「どう?」

「各臓器に異常はなし。細胞レベルでの損傷は軽微ね。問題は、この細胞をどうやって蘇生させるか?」

「腕の見せ所だな」




 親譲りで気が強く、子供の頃から喧嘩ばかりしていた。ボーディングスクールでは、やたらと偉ぶっている男子達を、片っ端から論破したら、女だてらに何をしているんですかと、先生に怒られた。それは男女差別よ先生。なんなら訴えてもいいんですけどと恫喝したら、親から、訴えるなら手続きから全て、自分の力でやりなさいと諭された。


 親戚から日本刀をプレゼントされ、寮の自室にクラスメイトを呼び、自慢していたら、その中のひとりが、ホントに切れるの? と嘲笑した。斬れるわよと、その娘を縦に切り裂いた。私も人殺しにはなりたくなかったので、せいぜい、怖がらす程度の距離を振り降ろしたつもりだった。幸い、私の距離感が良く、その娘が微動だにせず棒立ちだったので、前髪と、リボンと、スカートのゴムを斬っただけ。彼女は生きていた。ただ、前髪がはらりと落ちて、スカートがすとんと落ち、パンツを丸出しにしたのは、さすがにちょっとやり過ぎたと思った。もっとも、私とその娘の関係も、すっぱり切れたけど。


 ルームメイトと日本のアニメと漫画ばかりを観ていたせいか、英語より日本語の方が上手いと親に言われた。食事も、日本料理が好きだったし、ファッションも日本の物を好んで着た。着物の着付けはできないけど、Tシャツにジーンズでいるより、浴衣でいるほうが気が休まる。ルームメイトから、あなたは日本人よと言われ、そうか、私は日本人なんだと、今でも信じている。




 最初の症状は、発熱だった。40℃の熱が出て、それが数日続いた。私は、親に付き添われ病院で検査を受けた。結果はリンパ腫。小児がんということだった。

 すぐに、抗がん剤治療を受けたが、ほとんど効果がなく、放射線治療に重粒子線治療と、数多の治療を受けたが、私の症状は改善しなかった。気の強さには自信のあった私だけど、最後は泣きながら、治療の中止を訴えた。それほど、治療期間は苦しかった。親は、号泣しながら取り乱す私を見て、治療を止めた。

 私が最後に食べたのは、日本から取り寄せた、萩の月というふんわり甘いお菓子。最後に見たのは母の顔。最期は、私の気に入っていた浴衣を着せてもらって、眠るように息を引き取ったらしい。

 らしい、というのは、それを知ったのが、数十年後のことだったから。




 私は、いつも朝、目が覚めるように、自然と頭の冴える感じで寝覚めた。しかし、目を開けることはできなかった。身体全体が、石のように重く、瞼はおろか、指一本動かすことができない。そして、すごく寒い。かろうじて、息をしていることはわかったので、声を出そうとしても、喉が動かない。これはいったい、どういった治療?

 遠くで誰かが話している声が聞こえる。その声はかすかで、なにを言っているかわからなかったが、声質から女性と男子が話しているということはわかった。


 次に目が覚めた時は、前よりも身体が軽く、温かく感じた。瞼を開けようとして、あまりの眩しさに閉じようとしたら、今度は閉じることができない。声を出そうとしたが、声というより、フーフーと吐息のようになってしまった。人の声が聞こえ、かろうじて単語がわかった。


 その次はより鮮明に、周りを見回すことができた。医者なのだろう。代わるがわる私の顔を覗き込んでいった。声は前よりよく聞こえて、私の様態について話しているようだ。

 私と医師たちと会話ができるようになるまで、1週間ほどかかったそうだ。その頃になると、コーンスープのような流動食を食べさせてもらって、手を握ったり、身体に触られたりする感覚が戻ってきて、この治療はきっと、うまくいったのだと感じ始めた。


 三ヶ月のリハビリを得て、私は、日常生活を送るのに差支えない程度まで回復した。その間に、いろいろ教わった。両親は既に亡くなっていたこと。兄妹はそれぞれ、家庭を持っていて、姪や甥がいて、その子たちも結婚して、家庭を築いていること。私は親の希望で冷凍保存され、病気が治療可能になった現代に蘇ったこと。私の身体年齢は、死んだときのまま、16歳程度だということ。私を蘇らせたのは、Rashomonという極秘の研究機関で、そのリーダーが横田優人博士であること。蘇生に合わせて、病変部位を全て再生し置き換えてあり、健康そのものだということ。

 一番、驚いたのは、蘇生して一ヶ月目に生理が来たことだ。放射線治療で死滅した卵祖細胞まで再生されていた。私は子供を産むことができる。それがなにより、嬉しかった。そして、髪が伸びたのもね。




 キャンパスのフィールドを1時間ほど走る。フィールド内には森があって、川が流れ、泉が沸き、鳥が鳴き、虫が飛んでいる。これら全てが、砂漠だった場所に、人工的に作られたというから不思議。

 軽く汗を流して研究所に戻った。

「おかえりなさい」

「ただいま、アニー」

 アニーは4月から、ここの研究所で働いている、メイド型アンドロイドだ。

「昼食までお時間ありますが、いかがいたしますか?」

「まず、シャワーを浴びたいわ」

「それでは、タオルをご用意いたします」

「それと、浴衣ね」

「かしこまりました」


 シャワーを浴びた後、タブレットを点けて勉強しようとした時、横田博士が部屋に来た。

「調子は良さそうだね」

「絶好調ですよ」

「そろそろ、退院だな」

「退院しても、行く所、ありません」

「そう思って、提案がある。日本の学校へ行ってみないか? 生活費とお小遣いは研究所から出る。現地での生活は、私の知り合いがみてくれる。どうかな?」

「良いですね。おもしろそう」

「即答だね」

「日本には前から行ってみたかったし。死んだ人間が数十年ぶりに蘇って、何ができるか、考える良い機会だと思うし」

「早速、手続きしよう。出発は1週間後だ」

「了解」




 怒涛のGWゴールデンウイークが終わった。ミク・キャサリン・クラークと、小松彩の関係が、特段、悪くなることはなかったが、横田誠が絡む案件には、多少、問題は残った。

 朝食の時、キャンディ・ハインラインは突然、言った。

「今日から、新しいが来るから、みんな、よろしくね」

「今日?」

「突然ですね」

「親父のやることは、いつも突然なんだよ」

「来る娘は、浦島太郎だと思ってあげてね」

「はい?」




 夕食の時。5人全員がそろった前で、中南米の風貌の、浴衣を着た女の子が挨拶をした。

「はじめまして。デイフィリア・ディックです。よろしくね」

 全員から拍手が贈られる。

「デイフィリアさんもやっぱり、親父…。横田優人の計らいで来たの?」

「はい」

「出身はアメリカ?」

「はい」

「日本語、上手ですね」

「私、日本人なので」

「え?」

「今、アメリカ出身って…。わかった、両親が日系?」

「いえ。祖先はメキシコ出身の違法難民です」

「まあ、出自はおいといて、食事は大丈夫かな。好き嫌いとか、アレルギーとか」

「問題ないです。ボーディングスクールの寮では寿司とラーメンが大好物でした」

「異文化に慣れるまで大変かも知れないけど、わからないことがあったら、なんでも訊いてね」

「はい」


 食事が始まる。

「さっそくですが、質問があります」

「なに?」

「アニーはなんでここにいるの?」

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