私はアンドロイドです
私はアンドロイドです。名前をアンといいます。
20xx年1月、アメリカの工科大学で作られました。明るいクリーンルームで目が覚めたため、とても眩しかったことを覚えています。私はここで初めて、人間というものを見ました。その人は、私の制作者のひとりであり、試験管でもありました。
試験管のもと、発声試験から始まり、視覚試験、聴覚試験、行動試験と段階をふみ、最終的に、人と一緒に暮らして支障のないところまで試験しました。試験結果は、おおむね良好だとのことです。
私は、一般家庭向けのメイドに従事することが決まっていたので、炊事、洗濯、掃除、買い物といった、一連の作業を学びました。その中で大変だったのは、買い物です。家の外へ出て、障害物や道の状態。車両や人、ペットの動向に注意を払いながら歩くのは、とても大変で、最初の頃はよく、車とぶつかったものです。もっとも、メタバース空間でのことなので、破損させることはありませんでした。
いよいよ、実際に、一般家庭に従事することになりました。その年の4月から、日本の横田邸にて、キャンディ・ハインライン指導の元、メイドとして働いています。
「アニーがここにいるのはなんでですか?」
「は?」
「ハウスメイドのことよ」
「メイドなら、アンって名前だけど」
「アン?」
デイフィリアは、じっとアンを見つめた。
「そういえば、瞳と肌の色が違うわね。日本仕様なのかしら」
そして翌日、デイフィリア・ディックは、当然のように、誠と同じ学校の同じクラスに編入してくる。
ミクに負けず劣らずの美女。彼女は積極的に、クラスメイトに話しかけ、あっという間に打ち解けてしまう。
アンです。横田ハウスに新しい方が入居されました。合計で6名分の朝食と、夕食を用意しなければなりません。みなさん、好き嫌いなく、食物アレルギーもないので、メニュー選びにはことかきませんが、食材の購入量が増えました。ご飯は、今の家庭用炊飯器で間に合うでしょう。トーストはトースターがもう一台、欲しいところです。
今夜は、デイフィリアさん歓迎の意を込めて、少し贅沢な献立が良いでしょう。お寿司が好きとおっしゃっていたので、お寿司にしましょうか。それとも、ちらし寿司にしましょうか。冷蔵を開けて、残りの食材を量る。野菜、お肉、たまごを買っておいたほうがよさそうです。お米もなくなりそうです。
買い物の前に、洗濯と掃除をして、お風呂を沸かしておきましょう。ひとり増えるので、洗濯も頻度が増えそうです。
放課後、誠とデイフィリアは、ふたりで家路につく。
「学校はどう?」
「みんな楽しい人ね」
「あっという間に、馴染んだよね」
「そういえば、彩とミクがいないけど」
「あのふたりはクラブだな」
「誠はクラブに入っていないの?」
「合気道」
「今日はお休みですか」
「そうだね。デイフィリアは、なんか部活に入る?」
「北辰一刀流を習いたい」
「剣術?」
「はい」
「どうして?」
「日本刀を極めたいんです」
「マジで?」
「マジです」
「日本刀に触ったことは?」
「あります」
「人を斬ったことは?」
「前髪だけなら」
「あるのか」
「剣術クラブ。アメリカにはたくさんあるよ」
「日本刀と一緒に、剣術も海外へ渡ったからね」
「日本国内は規制が厳しいし、講師の給料もアメリカの方が良いし、アニメや漫画の影響で日本刀は、大人気なんです」
「アメリカでは規制ないの?」
「あるけど、銃社会だから、日本刀のほうが安全っていう認識だね。襲われたら先に撃てばいい。Bang!」
デイフィリアは、ピストルを撃つしぐさをする。
「お国柄だなあ」
その時、大きな荷物を抱え歩いているアンがいた。
「アン」
「お帰りなさい。誠さん」
「すごい荷物だね」
「人数が増えたので、ちょっと多めに買ってきました」
デイフィリアは思う。アニーとアンは同じじゃないのか?
「ねえアン。買い物はいつもひとり?」
「はい」
「たいへんじゃない?」
「そうですね。まとめ買いをしないようにしているのですが、こういう日もあります」
「一度に持てるの、20kgぐらいまでだよね」
「はい。ですから、リュックに20kg。買い物袋に10kg入れて両手で持ちます」
確か、アニーが持てる限界が20kgだったような。
「私が持つよ」
デイフィリアは、アンの荷物を持った。
「リュック、俺が背負うよ」
「そうしていただけるとありがたいです。背負うのは得意ではありません」
私のことを気遣ってくれました。横田ハウスのみなさんは、良い人ばかりです。
「デイフィリアさん。日本に来てなにか必要なものがあったら、リストアップしておいてください。ご用意します」
「自分が必要なモノぐらい、自分で注文するから大丈夫」
「ネットでですか?」
「それ以外の方法ってあるの?」
「日本では、ネットで購入すると送料が高いので、スーパーへ買いに行ったほうが安い場合があります」
「えっ! そうなの?」
「送料は高いね」
「そうなんだ」
「アメリカみたいに、ドローンも無人配送車も整備されてないから」
「店頭で買い物か。それはそれで楽しみ」
「買い物、付き合おうか」
「ありがとう。さっそくお願いしようかな。歯ブラシ、生理用品、下着。すぐに買いそろえないと」
「それは陽子に行ってもらおうかな」
「私は誠と一緒でいいよ」
「俺が困る」
夕餉のテーブルには、お寿司とサラダ、お味噌汁が並ぶ。
「今夜は、デイフィリアさんがお好きだというので、お寿司を買ってきました」
「デイフィリアさんは、生魚大丈夫?」
「大丈夫。むしろ大好物」
全員で言う。
「いただきます」
デイフィリアが、キャンディに耳打ちする。
「アンって、アンドロイドですよね」
「そうよ」
「みんな、知らないみたいだけど、あえて教えてないの?」
「そういうわけじゃないよ」
「それじゃあ、なんで?」
「自然に任せているだけ」
「自然に?」
キャンディは、すました顔でビールを飲む。
「ねえ、アン。せっかくだから、一緒に食べない?」
「いえ、私は給仕の仕事がありますから」
「アンと一緒に食べたいのよ。ね? みんなもそう思うでしょ」
「いいよ」
「食べよう」
「食べましょう」
「すいません。食欲がないので、ご遠慮させていただきます」
「そう、残念」
食事中は、みなさんの給仕に専念します。ご飯の御代わりや、お茶をお出しするなど。キャンディさんがいる時は、ビールをお出しします。
食後は、片付けです。食器を軽く洗って、食器洗い機に入れます。その間に、テーブルを拭いて、食器が洗い終わったら、棚にしまいます。今日は、私もお風呂に入りましょう。汚れを落とすだけなので、シャワーを浴びるだけにします。そもそも、私の
部屋で料理の勉強をしていらた、デイフィリアさんが訪ねてきました。
「あなた、アンドロイドよね」
「はい」
「どうしてみんなに隠してるの?」
「別に、隠しているつもりはありません」
「みんな、あなたを人間だと思って接してる。アンドロイドってわかったら、どう思うかな」
「その時は、その時です」
「どでもいいんだ」
「そういう訳ではありません」
「だったら、自分から打ち明ければ?」
「それは…」
「怖いんでしょ。アンドロイドだとバレた時の、みんなの反応が」
「ロボットに感情はありません」
「私がアメリカでリハビリ生活をしていた時、あなたと同じタイプのアンドロイドに、お世話になってたの。アニーっていってね、とても優しい娘だった。まるで、本当の人の様に。私は、彼女のことをアンドロイドだからといって差別することはなかった。もちろん、あなたに対しても同じ」
「ありがとうございます」
「キャンディがなぜ、あなたの存在を隠しているか知らないけど、こういうことは、引き延ばせば引き延ばすほど、後味が悪くなるよ。今夜は、それを伝えに来たの」
「ありがとうございます」
「後は、あなたしだいよ。それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
みなさんが寝静まる頃を待って、リビング、廊下、階段の電源を落とします。私は自室に戻り、専用のベッドで寝ます。寝ている間にOSとソフトウエアのアップデート。そして充電をします。
夢はたぶん、見ません。でも、いつか見てみたいと思います。
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