デザイナーベビー

 えこみは、ジュースとお菓子を持って、誠の部屋に入る。


 誠と、星龍之介、芦茂富プリヤンカの三人が遊んでいる。

「いらっしゃいませ」

「おじゃましてま~す」

「おじゃましてます」


「みんな、誠とか、ミクとか、彩とか、デイフィリアと同じクラスなんだって」

「はい」

「そうです」

「楽しく遊んでくれてる?」

「もちろん」

「皆、楽しい方達ですね」



「そう。これからもよろしくね」

「はい」

「こちらこそ」




 コンコンコン!


 キャンディの部屋をノックする。

「どうぞ」

「えこみが部屋に入る」

「どうしたの?」

「あのふたり、エージェントでしょ」

「当たり。良くわかったね」

「どういうつもり?」

「どういうつもりもなにも、優人の計らいだし」

「わざわざ、獅子身中の虫を飼うこともないのに」

「的は目に見えるところに置いておくのが、優人の作戦さ」

「キャンディ、あなたはどうなの?」

「傍観中」

「まったく、危機感、足りなさすぎ。なんかあったらどうするの」

「その時は、優人がなんとかするでしょ」

「なにかが起こってからじゃ遅いのよ」

「そのために、あなたを寄こしたんじゃない?」

「そんな話、聞いてない」

「クレームなら優人に言ってね」

「危険手当を請求するわ」

「それぐらいなら、払ってくれると思うけどね」




 えこみは、自室に戻って、ふたりについて調べてみた。いずれも、一般的な情報がヒットするだけで、エージェントとしての情報は出てこない。


 あたりまえか。エージェントが本名で活動しているわけないし、そもそも、裏の顔が表に出るようなことはしていないだろう。組織的な活動であれば、私の力で、正体を明らかにすることはできない。

 キャンディは、あのように言っていたけど、注意するに越したことはないかな。




 私の名前は、手塚えこみ。20歳。ジェンダーは、今の医学的指標であらわすと、female。アジア人をモチーフにして作られたデザイナーベビーよ。私よりも前に、数多のデザイナーベビーが作られ、幼くして死んで行って、今も新たなデザイナーベビーを作る研究が、Rashomonで行われているの。横田ハウスに来る前。私の仕事は、死んだデザイナーベビーの分析をすること。


 多くは、流産した個体で、産まれた後に死んだ個体もあった。3歳まで生きられる確率は、数十パーセント。20歳まで生きられた個体は、私だけよ。




 デザイナーベビーは、表向き、国際条約で、作ることを禁止されています。しかし、世界中でデザイナーベビーは作られているのよ。原子力を手にした人間は、国際条約で一定量以上の製造を禁止しようとした。でも、条約を破っても、強力な原子爆弾が作られるのなら、作っちゃう。それが人間って生き物なの。AIも、メタバースも、同じ理由で禁止しようとしたけど、あっという間に広まって、もう、人が作ったのか、AIが作ったのかわからないモノがたくさんあって、困っちゃう。

 電車で見かけた美人が、生身の人間なのか、アンドロイドなのか、ほとんど区別がつかないわね。

 そして、自分のいる世界が、本物の世界なのか、メタバースの中なのか、証明のしようがない。蝶になった夢を見たあなたが目を覚まして、今の自分が、蝶が見ている夢の中にいないと証明できるかしら。


 ずいぶんと、複雑な世界になったと思うわ。




 デザイナーベビーが国家機密だとう謳ったところで、人の口に戸は立てられない。どんなに頑強なセキュリティでも、ハッキングできないシステムはない。だから、情報は必ず漏れる。でも、国家機密だから、どこの機関も存在を認めない。

 それが、デザイナーベビーを都市伝説として広めている理由。仮に今、目の前にいる美女が、本物のデザイナーベビーであったとしても、それを証明する手段は、作った人以外にない。




 優人博士から、研究所を離れ、横田ハウス行きを打診されたとき、ちょっとだけ嬉しかった。来る日も来る日も、死体を解体、培養、分析することに、ずっと罪悪感があったから。血はつながっていないけど、皆、私の妹や弟たちという気持ちだったから。

 だからといって、研究の仕事は楽しかったわよ。生命の根幹を知る研究だったからね。


 今は、アンと一緒に横田ハウスの家事をして、みんなと話して、笑って。とても楽しい。来て良かった思ってる。みんなと、もっと仲良くなれると良いな。そういえば、誠たちの学校で学園祭をやるそうね。誠たちのクラスはなにをするのかしら。今から楽しみ。




 夏休みの明けた学校では、早くも、10月に開催される学園祭の準備が始まった。



 学級長が教壇に立つ。

「10月に開催される学園祭の出し物について、なにかありますか? 出た意見を電子黒板に書いてゆくので、どんどん言ってください」




・たこ焼き屋

・焼きそば

・コスプレ喫茶

・お化け屋敷

・劇


「劇?」

「教室でやるのか?」

「体育館を借りれば良いじゃない」

「それに、ミクの衣装が見てみたい」

「なるほど!」

「それだ!」

「ミクがかわいい衣装を着れば、勝つる!!」




「他に意見がなければ、投票で出し物を決めたいと思います」



 投票の結果、劇に決まった。


「以上の結果、クラスの出し物は、演劇に決定しました」


 パチパチパチ、と拍手が起こる。


「次は演目を決めたいと思います。みなさん、なにが良いですか?」




・シンデレラ

・不思議の国のアリス

・ラプンツェル

・曾根崎心中

・ドラゴンボール

・ジョジョ

・ワンピース




「なんか、ありきたりね。もっとひねった作品はありませんか?」


 龍之介が言う、

「創作劇が良いと思います。例えば、今、巷で話題になっている、デザイナーベビーとか、遺伝子操作されたクリーチャーとか」

「そんなの、ただの都市伝説でしょ」

「飼っていたペットが死んで、クローンを作ったって話しなら聞いたことあるけど」


「俺が脚本を書くよ」

「主人公はミクが良いと思います」

「ミクが良い!」

「ヒロイン?」

「いやいや、勇者でしょう」

「パラディンとか、武闘家とか」

「力も魔法もできる、完璧キャラが良いよね」


「ストップ! キャスティングも含めて、俺が考えるから」

「ぶ~」

「ちゃんと作ってよ」

「気に入らなかったら、ダメだしするからな」

「了解。皆のご期待に添えるよう、全力を尽くします」




 劇の台本ができる。




 【テーマ】


 各国が作っていると噂のデザイナーベビー。遺伝子を操作し、思い通りの人間を作るという、倫理的に禁断の技。動物や植物などでは既に実用化され、運用されている。都市伝説だが、存在するのか? 人が人に惹かれる求めるのは、遺伝子のせいだともいわれている。そして、遺伝子を操作された人は、遺伝子を操作された人に惹かれるという。それを愛と呼ぶのなら、愛は遺伝子によって作られたモノなのかも知れない。



 【配役】


葉蔵:横田誠

那美:ミク・キャサリン・クラーク

姉様:デイフィリア・ディック

先生:星龍之介

乗客:芦茂富プリヤンカ

駅長:エヌ君

女将:アールさん

死体:小松彩

ダンサー:クラスメイト有志



 台本が、出演者に配られる。

「いや、これをやるの?」

「ずいぶんと、センシティブな表現が多いと思うけど」


「その辺は、演出でうまくごまかすよ。暗転したり、聖なる光が射したり、湯気が沸いたり、見えない角度に物を置いたり」

「大丈夫かなあ」

「舞台の背後、全てを有機ELのスクリーンで覆って映すから、背景に臨場が出る。音響も立体的に出す。舞台には演者と小道具があればOK。みんなは思いっきり、演技してくれ」


「演技ねぇ」

「さっそく練習だ。とりあえず、通しでやってみようか」

「OK」

「了解」

「わかりました」




 あっという間に10月が訪れ、学園祭が開催される。




 そして、舞台の緞帳は上がる。

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