ひさしぶりに食べる蕎麦とミクの誕生日
一同は、地元の駅に帰ってきた。
「帰ってきたー!」
「疲れたけど、楽しい旅行でした」
「なにより、密な旅行だったよ」
「ほらほら、まだ気を抜かない。家に帰るまでが旅行だよ」
「キャンディさん。長期旅行前でしたので、家に食材の買い置きがありません。買って帰ってよろしいでしょうか?」
「今から帰って夕食の準備は大変だから、蕎麦でも食べて帰ろうか」
「「「蕎麦!!!」」」
「そんなに驚くところ?」
「横田さんのご実家で、久しぶりの日本食をいただきましたが、蕎麦はそれ以上に久しぶりです」
「蕎麦食いたい~」
「蕎麦、いいですね。食べたいです」
「それじゃ、お蕎麦屋さんへ行こう」
「「「おっー!」」」
みんなで蕎麦をすすり、大皿の天ぷら盛り合わせをシェアする。
「これだよ!」
「ひさしぶりのお蕎麦ですね」
「お蕎麦はアメリカにもあったけど、本場の味には敵わないよね」
「うまうま」
「ミク。あなたかつ丼も食べるの?」
「蕎麦だけじゃ足りないでしょ」
「体大きいし、柔道やってるからね。エネルギーが必要なんだ」
「デイフィリアは蕎麦だけ?」
「かき揚げと、海老天と、穴子の天ぷらいただいてます」
「人のこと言えないじゃん」
「キャンディさん、いきなりビールですか」
「ビールはアメリカより日本のが美味いね。もっとも、一番美味いビールはドイツだけど」
「誠は親子丼も?」
「丼は日本が一番美味い」
「妹ちゃんはとろろ蕎麦ね」
「アメリカでは肉食ばかりだったので、さっぱりしたモノがずっと食べたかったんです」
「彩さんは、天ぷら月見蕎麦ですね」
「蕎麦は月見です。譲れません」
皆、自分好みの蕎麦を、食し、日本料理を味わっている。
横田ハウスに着き、アンが言う、
「さっそくお風呂の準備をします」
「ありがとう」
一同は各部屋に帰ってゆく。
日本に帰ってきた一行に、日常の時間が流れ出した。
彩は、囲碁教室へ。
誠は、合気道クラブへ。
陽子は、テニスクラブへ。
キャンディは、新学期開始に向けて、学校へ。
デイフィリアは、本格的に日本の文化を知りたいと発奮し、着付け教室で着付けを学びながら、その足で茶道教室に通い始めた。
8月31日。ミクの誕生日が近づく。ミクの誕生日は、皆知っているので、バースデイパーティを開こうということになった。
パーティの準備をしている時、突然、その人はやってきた。
「手塚えこみ。二十歳。横田先生の大学では、研究の助手をしていました。横田ハウスで人手が足りないということで、出向を命じられました。よろしくお願いします」
超絶綺麗な東洋人。身長165cmでありながら、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む。かといって、自己主張し過ぎていない均整のとれた顔立ちに体型。古い言葉を引用すれば『大和撫子』。ミクが、西洋的な理想を体現したとするなら、えこみは、東洋的な理想を体現したといえるだろう。
「バースデイパーティ!? 突然、登場の私がおじゃましちゃって、いいんですか?」
「大歓迎ですよ」
「さっそく、お手伝いします」
突然、誠の腕に腕を絡め、胸を当てながら言う、
「あなたが誠君かあ。お父さんそっくりの良い男だねぇ。よろしくね」
三人の表情が凍りつく。
「「「なにしてんの、この女」」」
「キャンディさん、知ってたでしょ」
「さて、なんのことでしょう」
「とぼけちゃって」
「『家事がアンとあたしだけじゃ回らない。もうひとりよこせ』とは言った」
「やっぱりキャンディさんの差し金じゃないですか」
「人を送ったのは優人だから」
「お兄ちゃん、いつか誰かに刺されそう」
「妬ける?」
「妬けるというか、手のかかる息子が心配って気分です」
「さすが、ヨーコの娘だね」
「キャンディも、ひさしぶり」
お互い、ハグの挨拶。
「元気そうね」
「元気よ。それよりキャンディは、いつになったら優人と結婚するの?」
「「えっ!?」」
「結婚なんてしないわよ」
「良い女がいつまでも独身なんて、宝の持ち腐れよ」
「あいにく、私は腐らないのよ」
「アッハッハッハ! そうだったわね」
この感じ。えこみさんは、Rashomonについて、知っているな。そうじゃなきゃ、親父が横田ハウスに送り込むわけがない。
8月31日。夜。ケーキにロウソクが16本立って、ゆらゆらと橙色のほのかな火を灯し、照明を落としたリビングを、ほんのりと明るく照らしている。
「♪Happy Birthday to You」
皆でバースデイソングを歌う。
「♪♪Happy Birthday dear Miku ♪Happy Birthday to You」
ミクがロウソクの炎を吹き消す。
拍手があって、クラッカーが鳴り響く。
「「「おめでとう」」」
「皆、ありがとう。彩も祝ってくれるのね」
「あたりまえでしょう。ライバルではあるけど、大事な友人だとも思ってるんだから」
「デレた」
「勝手に私をツンデレにしないで」
「おめでとう、ミク。さっそくだけど、約束していたプレゼントを贈るよ」
誠は、コインサイズの金色のメダルを出した。
「ミクは柔道をやるから、身に着けるアクセサリーより、服に着けるアクセサリー。金メダル風ブローチ」
誠は、ミクの左胸元に、ブローチを着ける。
「ありがとう。金メダルだ、嬉しい。大事にするよ」
「私たちからは、これよ!」
1/7スケール横田誠フィギア。
「あなたが好きなモノはわかっていたし、ありきたりなモノじゃつまらないし、個別にプレゼントを用意すると、このメンバーのバースデイ毎にパーティをするとそれなりの出費になるし、皆でお金を出し合って作ったオーダーメイドよ」
「アッハッハッハッハッ!」
ミクは涙を流しながら大笑いする。
「ありがとう。すっごく良くできてるじゃん。このフィギア」
「お気に召しまして?」
「はい」
「良かった。誠のフィギアって、引かれたらどうしようかと思った」
「表情とか、仕草とか、服装とか、細かいところまで特徴をよく捉えてる。良いよ。改めて、ありがとう」
「どういたしまして」
「さ、ケーキを食べよう」
ケーキを切り分けて、皆で食べる。
あたしは幸せ者だと思う。両親は優しかったし、こんなに優しい人に囲まれているし。でもね、人って欲深いんだよ。誠を独り占めしたいんだ。皆には悪いけど、そこは譲れない。だから、負けないよ。あたしは全力で誠にアタックするからね。
新学期が始まった。
誠が席に着くと、星龍之介が話しかけてくる。
「お久しぶりです」
「ひさしぶり」
「夏休みはどうだった? 程よく日焼けしているところをみると、満喫したみたいだな」
「満喫したよ」
「うらやましいよ。俺なんかずっとバイトだ」
「そんなに金がないのか」
「いや。夏休みで人手が足りないから、駆り出された」
「それは大変だったな」
「私もずっとバイトだったわ」
「やっぱり、人手不足?」
「そう。次から次へと、シフト代わってくれって頼まれちゃって。ま、私はお金が欲しかったから、いいんだけど」
「今度、ふたりで横田ハウスに、遊びに行きたいんだ」
「視察?」
「そんな感じだ」
「だったら、遠慮なく来れば良いじゃないか。彩とも、ミクとも、デイフィリアともクラスメイトなんだし。家の事情にも詳しいだろ」
「誘拐事件みたいなことやらかしたからな。いきなり行ったら、皆、驚くだろう。事前に、根回しを頼むよ」
「根回しって。誘拐事件自体、わかってないと思うけどね」
「今週末でOK?」
「いいよ」
「決まりだね」
週末、龍之介とプリヤンカを連れて、横田ハウスに帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり~」
出迎えたのは、新しくメイドとして働いている、手塚えこみさんだ。
「お友達?」
「クラスメイトの、星龍之介と、芦茂富プリヤンカ」
「はじめまして。お邪魔します」
「はじめまして。よろしくお願いします」
「はじめまして。9月から横田ハウスのメイドとして働いています。手塚えこみです。よろしくね」
「どうする?」
「ゲームでもやるか」
「とりあえず、ピザでも頼まない?」
「いいね」
楽しげに話す3人を、怪訝な表情でみつめる、えこみがいた。
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