FPSはメタバースの中で

 学校のお昼休み。横田陽子と宮部るるが、席を向かい合わせて、昼食を取っている。

「るるちゃん。彼氏ってどういうものだと思う?」


 るるの箸から、おかずがぽろっと落ちる。


「とうとう、彼氏を作る気になったんだね」

「そ、そうじゃないよ。ただ、男の人をそういう目で見たことないから」

「私も彼氏、いたことないからわからないよ」

「好きな人はいた?」

「好きな人、っていうか、気になる人はいる」

「誰!?」

「え~と、う~ん…。それを言うのは気が引けるなあ」

「なんで? もしかして、あたしの知ってる人?」

「知ってる、っていうか、なんというか…」

「なに? じれったい」

「陽子のお兄さん」

「お兄ちゃん!?」

 それは想定の範囲外だった。

「お兄ちゃんのどこが良いの?」

「デートの後つけたじゃん。常に相手を気遣う思いやり。良かった」


「お兄ちゃんはお勧めしない」

「お兄ちゃんは、私のモノ! 的な」

「そんなんじゃないよ。家族だと一緒に住んでるからわかることってあるじゃん。そういうことだよ」

「そうなんだ。あたし、ひとりっ子だからなあ」

 るるがお兄ちゃんと付き合う? ダメだ。想像するだけで身の毛がよだつ。


「そういえば今度、テニスクラブでテニスの試合があるね」

「実力テストね」

「陽子はやっぱり、優勝狙ってるの?」

「まさか」

「でも、狙えるんじゃない?」

「狙ってはいないけど、がんばりはする」

「ふ~ん」

「なに?」

「別に」




 テニスクラブ。実力テストは、実力に応じて、複数のグループに分けられている。陽子は、一番強いグループ10人に分けられ、総当たりで成績を競う。

 るるのレベルは中くらい。早々に試合を終わらせ、中の中という成績だった。もともと、病気のリハビリがてら始めたテニスだから、ほどよく汗を流す程度がちょうど良い。


 上位グループは、陽子のサーブで始まった。試合も中盤になり、見学者の中に、誠が見ている事に気が付く。しかも、るると楽し気に話している。

 なんでお兄ちゃんがいるの? つーか、なんでるると話してるの? なんであんなに楽しげなの?

 そんな思いが頭の中を一瞬のうちに駆け巡り、数ポイント落としてしまった。


 いけない。集中! 集中!


 しかし、ふたりのことが気が気でない。




 試合は辛くも陽子が勝った。相手と握手をすると、真っ先に、ふたりの下へ向かった。

「お兄ちゃん、なにやってるの?」

「可愛い妹が、試合をするって聞いたから見に来たんじゃないか」

「言ってなかったのに」

「彩から聞いた」

「るる! あなたが言ったのね」

「正解」

「まったくもう」

「別に話しちゃいけない内容じゃないし」

「そりゃ、そうだけど」

「試合を見るの。これが始めてって訳じゃないだろ」

「試合のことはいい。それより、るるちゃんとなに話してたの?」

「世間話だよ」

 ムムムム。なんか気に入らない。

「お兄さんは再生医療に明るくて、リハビリについても助言いただきました。連絡先も交換しました」

「るるちゃん。後で話そうか」

「うん」




 実力テストが終わる頃。空をにわか黒い雲が湧き上がり、ポツポツと大きな雨粒が落ち始めた。雨粒はあっという間に大きくなって、所謂いわゆるバケツをひっくり返した様な雨になった。雨止みをクラブ内で待つ。この時季のスコールは小一時間で止む。




 三人で家路に向かう途中、大きな虹ができた。




「お兄さんのお父さんは、横田優人博士なんですよね?」

「そうだけど」

「再生医療を受けていた時、とてもお世話になりました」

「そう」

「優しい人ですよね」

「まあ、そうなのかな」

「お兄さんもやっぱり、お父さんと同じ道へ進むんですか?」

「う~ん。今のところ、考えてないな」


 水たまりが、補修されていない道のあちこちにできている。その水たまりを、ぴょんぴょんと跳び越える。

「進みましょう。命を救います。あたしは間違いなく、救われました」

 その時、足元滑らせて、るるが倒れそうになった。

 誠は、素早く、るるの手を取る。バランスをは崩したが、水たまりに落ちる事なきを得た。

「大丈夫?」

「すいません。ありがとうございます」

 るるは真っ赤になって、何度もお辞儀をした。

「ところで、るる。あなたの家は向こうだけど」

「遊びに行っても良いでしょ」

 陽子は、チラッと兄を見た。

「良いんじゃない」

「やった! お兄さん。FPSやりませんか?」

「メタバース対戦?」

「はい」

「るるちゃんは強いの?」

「そこそこだと思います」

「それでは対戦しよう」

「負けませんよ」




 家に着くと、さっそくゲームを起動。水中メガネのようなゴーグルをつければ、360度の視界良好なメタバース空間へ。音声は両耳に着けた端末から、バイノーラルの環境音が脳に流れ込んでくる。




 ステージは氷の星、エウロパ。ハウスダストが舞い、茶褐色、縞模様の木星が天を覆う。宇宙服に電磁銃やライトサーベルを携帯。誠、彩、るるの三人がバトルする。



 ゲームスがタートすると、さっそく武器やアイテムの調達に腐心する三人。



 クレパスの中からスタートした誠は、氷壁を巧みに飛びながらアイテムを探す。

「水面下から攻撃するか。潜水掘削艇をゲットしよう」


 氷山の頂上がスタートした陽子は、斜面を滑走し、時に滑空し、地上を目指す。

「チーム戦なら、空中から爆撃するのもありだけど、狙い撃ちされるから、地上から行くか」


 地上基地からスタートしたるるは、基地内で装備を整え、ふたりを迎え撃つ。

「ふたりはどこにいるのかな~」



 クレパスを飛び越え、丘を迂回し、基地からの視界に入らないよう地上を進む陽子。遠くで白煙が弾け、爆発音が轟く。

 双眼鏡で白煙を確認。

「あれは、BOTかな」

 その時、数十メートル先にBOTを発見。

「あっちから先にやっつけるか」


 その白煙を、るるも確認していた。

「誰かいそうな気がする」

 続いて、閃光と銃撃音。そして、彩の下にもBOTが近づいてくる。


 BOTを手際よく倒し、徐々に基地へ近づく陽子。威嚇射撃が基地から飛んでくる。敵を引き付けたいるるだが、誠の場所がわからない。

「お兄さんはどこ行ったんだろう」


 基地の手前に、水蒸気を噴き出す火山がある。

「回り込めるかな」

 氷塊を跳び越えながら、移動していると、突然、足元から掘削機シールドマシンが飛び出す。

「なに!?」

 掘削機の後ろから銃撃され、陽子はやられた。

「マジか」

「お兄さん、やる~」

「ちょっと! 地底から攻撃なんて卑怯よ!」

「こういうアイテムがあるという事は、こういう作戦もありという事だよ」

 残るは、誠とるるのふたり。




 さて、るるちゃん。先の問いに答えよう。


 現代。

 量子コンピューターとAIの発達で、病気の治癒率は格段にあがった。

 不妊は再生医療で治癒が可能になり、欲すれば自然妊娠することが可能になった。

 胎児のDNA検査をし、異常が見つかったら、DNA治療を施す。治せない異常の場合、堕胎する。完璧な個体を産み、完璧に成長し、完璧に生きる。それが親父の目指している医療だ。




 でもね、そうして産まれた人が、一生、病気にならないということはない。生き物である限り、病気は避けられない。原因はわからない。数百年前から侵され続けた地球環境に存在する、自然分解されない化学物質とか、マイクロプラスチックとか、突発的に発生する新種のウイルスとか、遺伝子異常とか、複雑になった社会構造とか、地球環境異変とか。仮説はあるけど、特定されていない。



 産まれる前から病気を根絶? その取り組みは良いとしよう。だが、根絶は無理だろ。あまつさえ、それを人に施している。人体実験だよ。だから俺は、親父の仕事を否定している。親父と同じ仕事に就くことはないよ。るるちゃん。




 そんなことを考えなら、基地へ近づく。射撃がない。BOTはあらかた倒したようだ。静かだな。

 基地の入り口。脇に立って、中をうかがう。人の気配はない。ドアを開け、クリアリングしながら進む。るるちゃんはどこにいるんだ?


 基地の奥へは簡単に進める。ドアは施錠されていない。灯りも落とされていない。基地で籠城するなら、ありえない戦法だ。るるちゃんはなにを狙っている?

 その時、遠くから、ピ・ピ・ピ・ピ、という電子音が聞こえた。あきらかなカウントダウン。なんのカウントダウンだ? ドアを開けるごとに、音が大きくなる。

 もっとも大きく音の響く部屋に入って、事の真相に気がついた。自爆装置だ。残り時間は10秒を切った。やられた。るるちゃんは最初から、ここを罠にするつもりだったんだ。


 ほどなく、基地は爆発した。




「勝ちました~!」

「策士だね。るるちゃん」

「はい。お兄さんを落とすには、これぐらい必要だと思ったので」

「完敗だ」

「もう一勝負しませんか?」

「望むところだ」

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