全ての科学は犠牲の上に成り立っている
窓のない会議室に、横田優人と、数人のスーツが座っている。皆、一様に険しい表情をしている。
「調査の結果、当該施設『Rashomon』で、再生医療の人体実験が行われていたことがわかった。加えて、DNAを任意に改変したヒトの作成。冷凍保存状態にあった死体の蘇生。さらにいくつかの、人体実験がなされていた。相違ありませんか?」
「その通りです」
「捜査は以上です。Mr.カフカ。これを公開するか否か、それは上層部が判断する。だから、これは個人的な質問なのだが、なぜ、このような事をした?」
「全ての病気を、この世から駆逐するためです」
「あなたはそれが可能だと?」
「もちろん」
「Dr.ヨコタ。あたなも同意見で?」
「もちろん」
「そうですか。本当にそんなことが可能なら、神に抗う行為だ。反吐が出ますね」
彼らは立ち上がると、部屋から出て行った。
後には、横田優人と、カフカと呼ばれていた男性のふたり。
「反吐が出るとさ」
「あんたたちの調査には、あくびしか出なかったけどね」
「メンバーは、CIAとFBIと、政府直属の機関かな」
「政府直属の機関なら、ここも同じだ」
「ちょっとは気を使ってくれると、嬉しいね」
「期待しないでおきましょう」
「結局、調べるだけ調べて帰って行っただけだな」
「せめて、
「調べるのが向こうの仕事だ。腹減ったな。なにか食べないか? 優人」
「カフカ学長のおごりですか?」
「大豆ミートでよければ」
「馳走になりましょう」
資料を持ち帰った査察官たちは、その内容を精査して、報告書を作成していた。
「正直、反吐が出る内容ばかりで、まとめるだけでも気が滅入る」
「世界中の解剖学者が、そんな気分なんじゃないんですか」
「解剖学者の方がまだまともだ」
「私が思うに、このレベルまで完成させているのは、驚きと同時に感動があります」
「これのどこに感動の要素がある」
「第三国ではまだ、乳幼児以上に成長した報告はない。我が国では、少なくとも16歳までの成功例がある」
「成功の代償として、数百の人間を殺した」
「第三国では数万の検体が死んでいるという情報もあります」
「どいつもこいつも、狂ってやがる」
「たぶん、私たちもね」
「違いない」
王紅玉は、男と電話している。
「私に危険はなかったんじゃないの?」
「もちろん。危険はない」
「それじゃあどうして、計画を中止したの」
「組織からの指示だ」
「それで、あたしはどうしたらいいの?」
「計画は中止だが、再開する予定はある。それまでは今まで通り、中国料理店を営む、善良な人民であってくれ」
「お金は?」
「最初に約束した金額は払おう。ただし、あなたが小松彩の、本当の母親であればの話しだ」
「彼女と会った時に髪の毛をとってある。それでDNA検査ができる」
「その髪の毛が、小松彩本人のモノであるという証拠は?」
「ある」
「自分の髪だった、という結果になった時、あなたの命を保証しない。それでもよければ、検査しよう」
「待って! ウソだよ。でも、あたしが彼女をアメリカで産んだのは事実だよ」
「それでは、あなたが本当の親であるというのは、可能性のままだ」
「あなたたちが、彩の髪の毛を取ってくればいいじゃない」
「俺も組織の一員に過ぎない。組織は、組織が示した手順しか重んじない」
「使えない奴」
王は、はらただしく電話を切った。
男は、王との切れた電話を思いながら、やれやれという表情で、同僚に話しかけた。
「あの女を生かしておく価値はあるのか?」
「小松彩を産み捨てた過去の裏はとれてる。殺すことはいつでもできる」
「そういえば、デザイナーベイビーと、クローンの件はどうなった?」
「別の班がやってる」
「うまくやってるのかね」
「それは俺たちに関係ない」
「俺たちは、俺たちの仕事をするだけか」
真っ白なクリーンルーム。その中で、シャーレに培養液で分離された細胞が乗せられる。一枚のシャーレに一個の細胞が落とされるまで、1秒。同じシャーレが、機械的に次々と作られて行く。
その過程を監督している女性は、別のディプレイでゲームをしている。
突然、ブザーが鳴る。女性はゲームをやめて、機械を止める。時刻は16時00分。就業だ。機器は正確だな。彼女は帰り支度を始めた。
機械には中国語でこう書かれている。
『ミク・キャサリン・クラーク体細胞培養中』
世界最大のデータルームと、世界最速の量子コンピューターが稼働する、東欧のとある施設で、アンのデータ分析が行われている。
データ分析の担当者は、上長に分析の進捗を報告していた。
「視覚、聴覚、動作、言語などのアルゴリズムは、我々の機体と、大差ありません。感情のアルゴリズムは独特で、なお、分析の必要があると思いますが、今回、得られたデータだけでは限界があります」
「実物を、直接、分析しないと、わからないと?」
「そうです」
「具体的に、我々のAIとどう違う?」
「全てが違います」
「感情表現が豊かだと?」
「はい」
「総合的にみて、アメリカ製の方が、完成度が高いということかな」
「我々の機体の方が優れている部分はあります。感情を構成するアルゴリズムがわからないので、この点においては、不明です」
「実際に、アンを監視している者からも、人と変わらない感情を有している様に見えるという報告がある」
「感情という機能は必要ですか? たかがロボットに」
「それなら人型である必要はない。人に紛れて行う業務もある。例えば、スパイとか、暗殺とか」
「いずれにしろ、今の段階では、アンの性能を正確に測ることはできません」
「君は今まで通り、データの分析を続けてくれ」
「了解しました」
上司は部屋を出て行く。
「あたしの仕事を、アメリカ型アンドロイドに代わって欲しいわね」
ミク・キャサリン・クラークは、ある朝突然、気が付いた。
「彩。そのペンダント。どうしたの?」
「誠さんからの誕生日プレゼントです」
「デイフィリア。あなたの髪留め」
「自分で買ったわよ。誠チョイスだけど」
「そして、アン! あなたイヤリングしてるけど」
「誠さんがプレゼントしてくれました」
「なにそれ、あたしだけ何ももらってないんですけど! どういうこと誠!
? あたしも欲しい!」
「それじゃ、誕生日に」
「あたし、8月31日なんだけど」
「当分先だね」
「やだやだ、今欲しい。すぐ欲しい。指輪が欲しい」
彩が怪訝な顔で言う。
「ミク。指輪はさすがにダメ」
「なんで?」
「意味深すぎるでしょう」
「そういう意味よ」
「だからダメだって言ってるのよ」
「8月31日の誕生日には必ず贈るよ」
「指輪!?」
「う~ん。それはどうだろう」
「みなさん。あたしと誠は婚約しました」
「はいはい」
「妹ちゃんは誕生日プレゼント。あげたりもらったりしなかったの?」
「子供頃に、とってきたどんぐりと蝉の抜け殻で喧嘩しました」
「なにそれ?」
「取ってきたモノをお互いにプレゼントするっていう、今思えば他愛ないことでやりあったんです。以来、贈ったり、貰ったりは、禁忌になりました」
「でも、お兄ちゃんは妹ちゃんのこと、嫌いじゃないと思うよ」
「わかってます。私もお兄ちゃんのことは家族として好きです」
「どうして日本人って、家族に遠慮するのかな?」
「わかりません」
「私は家族にプレゼントしたし、貰ったし。日本人って家族愛が薄いよね」
ムカッときた陽子。
「そんなことありません」
「でもさ、家族をリスペクトしないよね。I love mother.なんて聞いたことない」
「言葉にしないだけです」
「言葉にしないと伝わらないよ」
「それは、奥ゆかしさです」
「奥ゆかしさね。妹ちゃんは彼氏に、好き! とか、愛してる! とか言われなくて、愛が伝わって来るんだ」
「彼氏なんていませんから」
「いたとしたら、言って欲しいよね」
「それは、まあ」
「そういうことだよ」
その夜。陽子は、もらったラブレターに目を通していた。8割はまじめな内容だが、2割は、女性からの
別に、恋愛に興味が無いわけではない。ただ、あまりにも膨大な『好き』攻撃に、ちょっと興ざめしている。
「彼氏、か」
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