第20話 騎士団の女の子

 騎士団の者たちが鍛錬に励む練兵場。

 俺は教官として騎士団の面々に剣の指導をしていた。


「じゃあ、次は素振りを千回だ。ただ闇雲に振っているだけじゃ上達しない。相手の動きをイメージしながらだ」

「「せ、千回!?」」

「カイゼルさん。桁を一つ間違えてませんか?」

「ああ。確かに」

「「ほっ……」」

「俺とエルザは村にいた頃、素振り一万回を日課にしてたが。君たちだと日が変わるまでに終わらないだろう?」

「「桁を間違えてるって、そっち!?」」


 俺やエルザの鍛錬の基準が高すぎたのか、軽めのメニューであっても付いて来られない者が大半を占めていた。


「さあ。早くしないと日が暮れてしまうぞ」


 俺がパンパンと手を叩いて催促をする。

 騎士団の面々はひいひいと言いながら剣を振り始めた。

 ウォーミングアップ代わりに、鎧をつけたまま国中を十周していたため、まともに剣を振ることの出来る者の方が少ない。


「エルザ騎士団長は幼少期からこの鍛錬をこなしていたのか……」

「あの人は生粋の天才剣士だと思っていたが……そりゃ強くなるわけだ。あの人は努力量も半端じゃなかったんだな」

「カイゼル殿もエルザ騎士団長もとんでもねえよ……」


 ヘロヘロの騎士団たちを見た俺は呟いた。


「うーむ。俺たちの普通は、皆の普通ではないみたいだ」

「私も王都に来たばかりの時は驚きました。厳しいと有名だった騎士団の鍛錬がぬるま湯にしか感じられませんでしたから。父上と共にこなしてきた鍛錬は、世間一般的には常軌を逸したものだったようです」


 エルザが俺の隣でしみじみと呟いた。


「特に厳しいつもりもなかったんだが……」

「私もそう思います」


 騎士団の連中は鍛錬に耐えきれず、一人、また一人と力尽きていく。糸が切れた人形のように倒れていった。

 その中に一人――。

 一心不乱に剣を振り続ける者がいた。


「えいっ! やあっ!」


 男所帯の騎士団の中、その子は小柄な女の子だった。

 髪を後ろに一纏めにし、小動物のような可愛らしい顔立ち。

 名前は確か――ナタリーと言っただろうか。

 田舎の村出身の彼女は取り分け鍛錬に熱心で、エルザ以外はギブアップした素振り千回を成し遂げてしまった。


「へえ。あの子、やるじゃないか」

「ええ。ナタリーは騎士団の中でも有望株です。私にもよく剣の稽古を付けて欲しい、と頼み込んでくるんです」


 エルザは微笑ましげな表情をしていた。

 ナタリーはエルザよりも年下の十六歳だそうだ。年下の部下であるナタリーを、エルザは可愛がっているのかもしれない。


「よし。じゃあ、次は打ち合いに移ろうか。二人一組になってくれ。もちろん、俺と組むというのもアリだからな」


 騎士団の面々は、示し合わせたように顔を背けた。


「カイゼル殿と打ち合いだけは絶対に避けなければ……!」

「エルザ騎士団長よりも強いというカイゼル殿だ。木剣での模擬戦であっても、殺されてしまうかもしれない……!」

「カイゼルさん! 相手お願いしまッス!」


 俺にビビリまくる者が多数を占める中、ナタリーは違った。

 威勢の良い声で、俺に対戦を申し込んできた。


「もちろんだ。よろしく頼むよ」

「ありがとうございますッス!」


 ナタリーは深々と頭を下げてきた。

 ポニーテールがぴょこりと揺れる。

 やる気も元気も全身から迸っていた。


「カイゼルさん。覚悟ッス!」


 ナタリーは勢いよく木剣を打ち込んできた。

 中々良い剣筋をしている。

 エルザが見込みがあるというのも頷けるな。

 だが――。

 まだまだ俺やエルザに勝つには早い!


「ひゃあああ!」


 ナタリーの剣を全て防ぐと、あっさりと返り討ちにした。

 胴を撃ち抜かれたナタリーは地面へバタリと倒れた。


「うぐぐ……。カイゼルさん。強すぎッス」

「君も立派なものだったよ」

「どうしてもカイゼルさんに一撃を当てたかったッス。そのために、うちはこの数年間を過ごしてきたのにっ……!」

「ん? どういうことだ?」


 俺はナタリーに尋ねた。


「俺と君はまだ会って間もないはずだけど……」

「エルザさんから話は聞いてたッスから。剣の師匠は父上で、私はまだ一撃も剣を当てたことがないんだって」

「そうだったのか。つまり、君は自分の尊敬するエルザが一撃も当てたことのない俺に剣を当てたかったと」


 俺は得心したように頷いた。


「ナタリーは向上心があるんだな」

「違うッス。そうじゃないッス」

「――えっ?」

「エルザさんが一撃も当てられなかったカイゼルさんに剣を当てられたら、エルザさんはうちにメロメロになるかなって」


 ――メロメロ?


「それに万が一、カイゼルさんに勝てたら、娘さんをうちにくださいって頼もうと思ってたんですけど。残念ッス」

「ちょっ! ちょっと待ってくれ!」


 俺はナタリーに向かって尋ねた。


「えっ? 君がエルザを慕ってるっていうのは……剣士としてというより、その……好き的な意味でなのか?」

「そうッスよ?」


 ナタリーは何を今さらという顔をしていた。


「うちはエルザさんと手を繋いだり、チューをしたり、いちゃいちゃしたりして……将来は結婚したいと思ってます!」


 いきなりの衝撃発言。

 今が打ち合いの最中なら、俺に大きな隙が出来ていただろう。下手をすると一撃を当てられていたかもしれない。


「へ、へえ。そうなのか」


 俺は動揺を隠しながらもナタリーに尋ねた。


「……ちなみに、エルザのどこに惹かれたんだ?」

「全部ッス! エルザさんは強いし、美しいし、誰にでも優しいし……非の打ち所がない女神のような女性ッス! うちの憧れの人ッス! だからこそ――その気高い心と身体をうちだけのものにしたいんすよ!」


 ナタリーは鼻息を荒くしながら、熱弁を振るった。

 目が本気のそれだった。

 まさか――娘のことが好きな女の子がいたとは。


「だからこそ――カイゼルさんのことは許せないッス! うちからエルザさんを奪おうとしてるんすからっ!」


 ナタリーは俺に敵視の眼差しを向けてきた。

 ……ええっ?

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