第19話 冒険者ギルドは忙しい

 俺は魔法学園を後にすると、自宅へと戻ってきた。

 日が暮れて騎士団の仕事から帰ってきたエルザと、魔法学園から帰ってきたメリルと共に夕食を楽しく摂った。

 アンナは忙しくて帰れそうにない、と朝に聞いていた。

 冒険者ギルドで残業しているのだろう。

 俺は食事を終えると、冒険者ギルドへと迎えにいった。

 夜も更けたギルド内では、冒険者たちの姿は見当たらなかったものの、職員たちが未だに忙しく働いていた。


「あーん。過労死しちゃいますよぉ」


 受付嬢のモニカが泣き言を漏らしていた。


「ギルドの受付嬢になったら、毎日定時に帰れて、お給料もたくさんで、イケメン冒険者と結婚出来ると思ったのにぃ」

「モニカちゃん。ありもしない夢を見る前に、手を動かしなさい。そうじゃないと日が変わる前に帰れないわよ」

「ひぃーん!」

「二人とも、お疲れさま」と俺は声を掛けた。

「あっ! カイゼルさん!」

「パパ。どうして?」

「アンナが残業してるっていうから、様子を見に来たんだ」

「ありがと。――でも、それならただ待ってるのも退屈でしょ? はいパパ。この書類を纏めておいてくれる?」

「えっ?」

「猫の手も借りたい状況なの。お願い」

「カイゼルさん! 私からもお願いしますっ! このままじゃ、朝まで仕事場にいることになっちゃいます!」


 アンナとモニカが手を合わせて頼み込んでくる。


「まあ。そういうことなら。……でも、大丈夫なのか? ギルドの職員じゃない俺が書類仕事を引き受けても」


 主に守秘義務的な意味で。


「問題ないわ。この冒険者ギルドの責任者は私だもの。それにパパが機密情報を他の人に流すなんてあり得ないもの」


 信頼してくれているようだ。

 俺はアンナから書類を受け取り、事務仕事に取り組むことに。人手が増えたことにより日が変わる前に片付いた。


「終わったぁ~」


 モニカが大きく伸びをしながら言った。


「カイゼルさんがいてくれて助かっちゃいました。書類仕事も出来るんですね! 一つもミスがない上に迅速でした!」

「パパは何だって抜群にこなせるもの。それより、せっかく仕事が片付いたことだし少し呑んでいかない?」

「いいですね! おごりなら行きます!」


 アンナの誘いに、モニカが元気よく応えた。


「現金な子ね。パパはどう?」

「ああ。もちろん付き合うよ」

「決まりね! 行きましょ」


 俺たちは冒険者ギルドを後にすると、通りにある酒場へとやってきた。

 職業人や冒険者たちで賑わっている。

 俺たちは奥にあるテーブルに陣取ると、酒や料理を注文した。少しすると、テーブルの上は酒や料理で賑やかになる。


「それじゃ、モニカちゃん。パパ。今日一日、ご苦労さま」

「「かんぱーい」」


 俺たちは杯を合わせると、エールをぐいっと呑んだ。

 苦く冷たい液体が、喉元を抜けて五臓六腑へと染み渡る。


「しかし、娘と酒を酌み交わす日が来るなんてなあ……」


 しみじみと呟いた。

 この世界では十六歳から酒を飲むことが許される。

 思えば時が流れたものだ。


「そういえば、モニカちゃんはアンナのことをさん付けで呼んでるみたいだけど。アンナよりも年下なのか?」

「ふっふっふー。カイゼルさん。私、いくつに見えます?」

「十六くらい?」

「当たりです! 私、ギルドの中でアンナさんの次に若いですから。アンナさんには懇意にして貰ってるんです」


 モニカは「ねーっ?」とアンナに微笑みかけた。


「そうね。主に仕事の尻ぬぐいの面でね」

「お手厳しい!」


 モニカはたはー、と自分の額をぺちんと叩いた。


「まあ、ギルドの中で一番仲が良いのはモニカちゃんよね。他の人は皆、私のことを快く思ってない人ばかりだから」

「そうなのか?」

「ええ。私、史上最年少のギルドマスターだもの。出る杭は打たれるっていうけど、妬みや嫉みが凄いの」

「大丈夫なのか?」

「ふふ。心配してくれてありがと。もう慣れたから」


 アンナはくすりと微笑んだ。


「それより、毎日舞い込んでくる膨大な依頼を捌いて、一癖も二癖もある冒険者の相手をすることの方が大変よ」

「ほんと、殺人的ですよねえ」


 モニカが同情的に呟いた。


「アンナさんがギルドマスターだから、まだどうにかなってますけど。前のマスターだと破綻してますよ」

「激務のせいで息抜きをする時間もほとんどないし……」

「そうですよねえ。私の同年代の子たちは、皆、恋人を作って楽しそうですよ。私も素敵な恋がしたいなあ」


 モニカは頬杖をついたまま、溜息をついた。


「カイゼルさん。アンナさんは凄くモテるんですよ」

「えっ? そうなの?」と俺は尋ねた。

「はい。よく冒険者の人に口説かれてますもん」

「そうなのか……」

「あっ! カイゼルさん。凹んでます? そりゃそうですよねえ。自分の大切な娘が馬の骨に取られるなんて」

「べ、別に凹んではいないぞ。アンナも年頃の子だからな。恋人の一人や二人いても別におかしな話じゃない」


 俺は慌てて弁解した。


「俺はただ、アンナが変な男に引っかかってないか心配なだけだ。アンナを不幸にする奴は絶対に許さない」

「おおーっ! パパ魂に火がついてますね!」


 アンナを泣かせる奴は許さない。

 娘たちには幸せな家庭を築いて欲しいものだ。


「ヒートアップしてるところ悪いけど。私、誰とも付き合ってないから。冒険者からよく口説かれるのは事実だけど」

「えっ? そうなのか?」

「どうしてあしらっちゃうんですか? 勿体ない! せめて一度デートでもしてから決めれば良いのに!」とモニカが言った。

「幼い頃からずっと、パパの姿を見て育ってきたから。それと比べると誰も彼も頼りなく見えちゃうのよね」

「アンナさん。酔うとよく言ってますもんね。もし自分が結婚するのなら、パパみたいな人じゃないと嫌だって」

「そうよ。パパと同じくらい強くて、パパと同じくらい頼りがいがあって、パパと同じくらい優しい人じゃないと」

「カイゼルさんって、エルザさんに一度も負けたことないんですよね? そんなに強い男の人なんていませんよ」

「ええ。知ってるわよ。パパみたいな男の人なんていないって。パパは特別強くて頼りがいがある人だって」


 アンナはぶつぶつと呟くと、俺の目を見て言った。


「パパ。私、このままだと誰とも結婚できなくて生き遅れるだろうから。責任を取って私と結婚してよ」

「アンナ。お前、顔が赤いぞ。酔ってるのか」

「酔ってるわよ。酔ってないと、こんなこと言わないもの」


 アンナの目はとろんとしていた。


「メリルがいつもパパのこと大好きだって触れ回ってるけど……。口にしないだけで私も同じくらい好きなんだから……」

「アンナ……」


 アンナはテーブルの上に組んだ腕に頭を乗せると、


「すぅ……」


 と寝息を立て始めた。


「あらら。アンナさん、寝ちゃいましたね」

「俺が家までおぶっていくよ」

「私、アンナさんがあんなに誰かに甘えてる姿、初めて見ました。職場ではずっとクールなイメージでしたから」

「そうなのか」

「アンナさん、本当にカイゼルさんのことが大好きなんだなあ……。確かにカイゼルさん格好良いですもんね」


 モニカがニコニコしながら言った。


「お会計しましょうか」

「そこまで言われたら、割り勘で帰すわけにはいかないな」

「やったっ! 作戦成功!」

「はは。一本取られたよ」


 俺は支払いを済ませると、アンナをおぶったまま外に出た。モニカと別れてから、自宅の方向へと歩き出す。


「……パパ。好きよ」


 寝言のようにぽつりと漏らした言葉。


「ったく。弱ったな」


 俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 親としては、娘が親離れ出来ていないことを危惧するべきなのだろう。けれど娘に好きと言われて悪い気はしなかった。

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