第27話 家族でイチャイチャ

 エルザは試着した先ほどの服を購入することにした。

 今は鎧姿ではなく、白いブラウスに花柄のロングスカートという出で立ち。ただ腰には相変わらず剣を差していた。


「有事の際には必要になりますから」


 ということらしかった。

 可愛らしい服装の中、腰に差された剣が異彩を放っていた。ただこれはこれでおしゃれに見えないこともない。


「それにしても、まさか定価の半額近くの値段で買えるとは」

「ふふ。私の値切り、凄かったでしょ?」

「ああ。ここまで弁が立つ人間というのを、俺はこれまで見たことがない。まるで魔法を見ているようだったよ」


 アンナは先ほどの服屋で値切り交渉をした。

 最初、店員は「ムリです」の一点張りだったが、手練手管を弄している内に、みるみると値段は下がっていった。

 店員が納得するような形で、こちらの要求を呑ませる。

 アンナの交渉術は村にいた時より、遙かに研ぎ澄まされていた。さすが最年少でギルドマスターに上り詰めるだけのことはある。


「パパ。アンナばっかり褒めてる! ボクだって、魔法であの店員さんを洗脳すれば値段を下げられるのにー」


 メリルがさらりと物騒なことを言う。洗脳って。


「それだと無理矢理になっちゃうでしょ。あくまで向こうが納得したって形のまま、値段を下げて貰うのが大事なの」


 アンナがちっちっちと指を振った。


「正直、やろうと思えばタダにすることもできたけど。そこはビジネスだから。お互いに利益が出ないとね」


 アンナの言葉を聞いて、俺は背筋が冷たくなった。

 その気になりさえすれば、詐欺師や宗教家になれるのではないか。もっともアンナは根が良い子なのであり得ないが。

 ……神様が正しい人間に才能を与えてくれてよかった。


 俺たちは市場を歩いていた。


「パパ~。ボクちゃん、歩くの疲れちゃった~」


 メリルはぺたんとその場に尻もちをつくと、俺に向かって両手を開けてきた。

 甘えん坊の面を全開に出してくる。


「だから、お願い。おんぶして~。おんぶ~」

「おいおい。こんなところに座り込んだら、他の人の通行の邪魔だろ」

「うん。知ってる♪」


 なるほど。

 ここで俺がおんぶしないと他の人に迷惑になることを見越して、おねだりをしてきたというわけか……。

 メリルめ。考えたな。


「仕方ないな……」

「やったぁ♪」


 俺は渋々、メリルをおんぶすることにした。

 メリルが俺の背中におぶさってくる。軽いもんだ。


「パパの背中、あったかーい♪」

「全く。パパはメリルに甘いんだから」


 アンナは呆れたように溜息をつくと、両肩を竦めた。

 俺が苦笑していると――。

 アンナは俺の右腕へと自分の両腕を絡ませてきた。


「ええっ?」

「せっかくの休みだもの。私もパパに甘えちゃおうっと。ワガママだってたくさん聞いて貰うんだからね」

「エルザもパパと腕組んで貰ったら?」

「わ、私は別に……。父上と腕を組むと、両手が塞がってしまいますし。剣士として軟弱な行いはできません」

「またまたー。強がっちゃってー」

「そうよ。今日くらいは良いんじゃない? 私もそうだけど、上の立場になると他の人に甘えたりできなくなるでしょ? 毎日毎日、気を張って神経をすり減らして。甘えさせてくれるのなんてパパだけよ?」


 アンナの言葉がエルザの胸に響いたのかもしれない。

 エルザは口元に手をあててもじもじとしながら――。


「父上。その……腕を組んでもよろしいでしょうか?」

「もちろん。いいに決まってる」

「ありがとうございます。では、失礼します……!」


 エルザはおずおずと俺の左腕に自身の両腕を絡めてきた。

 そっ……と甘えるように頭を俺の腕に委ねてきた。


「父上に身を委ねていると、凄く安心します……」

「それは良かった」


 俺たちは家族皆、身を寄せ合いながら歩いていた。

 周りの通行客はその姿を見て――。


「見ろよ。あの男。美女を三人も侍らせてるぜ」

「ハーレムだよ。ハーレム」

「美男美女で羨ましいことだ。俺もハーレムの一員になりたいぜ」


 どうやら親子だとは思われていないようだった。

 後、最後の人は何か危険な香りがする……。


「俺たち。親子じゃなくて恋人だと思われてるみたいだな」

「こ、恋人同士ですか……!?」

「ふふ。パパ、見た目が若いから。そう思われるのもムリはないかもね。私としては気分が良いことだけど」

「ボクとパパが恋人同士だってー。ふへへ♪」


 娘たちはまんざらでもない様子だった。

 てっきり嫌がると思っていたが。


「あ。屋台だ。パパ。ボクちゃん、クレープ食べたい! 生クリームとイチゴがたっぷりと載ったやつがいい!」


 メリルがクレープの屋台を指さして言った。


「ふふ。いいわね。私も食べようかしら」

「そうだな。エルザはどうする?」

「わ、私は遠慮しておきます。甘い物を食べると太ってしまいますから。そうすれば俊敏な動きが出来なくなります」


 エルザはそう言うと、


「というか、アンナとメリルはよく家でも甘い物を食べていますが……どうしてそれで太らないのですか?」

「んー。私は仕事で毎日頭を使ってるから?」

「ボクちゃんは食べても太らない体質だから」

「アンナはともかく、メリルは羨ましいです……! 私は食べたら食べただけ、身体に肉がついてしまうので」

「エルザの場合は、元々が絞ってるからな」


 俺はそう言うと、


「まあ。今日くらいは良いんじゃないか?」


 と購入したクレープを差し出した。

 エルザは元々、食べたいとは思っていたのだろう。

 そこに俺の誘いがあると、心が傾くのは必然とも言えた。


「父上が言うのなら……。お言葉に甘えて」


 エルザはおずおずとクレープを受け取ると、ぱくりと食べた。その瞬間、驚いたように目を大きく見開いた。


「これは――軟弱です! 凄く軟弱な味がします!」

「どういうこと?」

「美味しいってことなんじゃないか?」

「ねー。皆で一口ずつ交換しよー♪」


 俺たちは互いにクレープを一口ずつ食べさせ合った。

 娘たちの口元についたクリームを見て思わず目を細めてしまう。やっぱり王都に越してきて良かったと思った。

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