第26話 エルザの可愛い服を見繕う

 俺たちは家を後にすると、王都へと繰り出した。

 住宅街から大通りへとやってくる。

 王都の大通りともなれば様々な店が建ち並んでおり、老若男女の人が集い、行商人たちの馬車までもが行き交っていた。


「相変わらず、凄い人混みね。目眩がしそう」


 アンナが通行人の波を眺めながら呟いた。


「この王都は周辺の町村の中心にあるからな。色々な人が訪れる。一年中、昼夜を問わず人が途切れることはないらしい」

「光に集まる虫みたいだねー」

「当然、そうなると危険な人物が紛れ込むこともあり得ます。そのために我々騎士団が常に警備にあたっているわけです」

「エルザ。あなたがさっきから周囲を警戒してるのもそのため?」

「ええ。不審な人物がいないかどうか、目を配っています」

「せっかくの休みなんだし、他の騎士の人たちに任せればいいのに。というか、あなたのその服装はどういうわけ?」

「な、何か変でしょうか?」

「そりゃね。私たちが私服を着ている中、あなた一人だけ鎧姿なんだもの。変じゃないと思うほどが難しいわよ」


 アンナが呆れたようにエルザを見やった。

 俺とアンナとメリルがそれぞれ私服に身を包む中、エルザだけが鎧姿だった。その腰には愛用の剣を差している。


「ですが……。一応、軽装備ですよ。普段はもう少し重い装備ですから」

「そういう問題じゃなくて。色気もへったくれもないって言ってるの。それに私服もろくに持ってないでしょう?」

「え、ええ。まあ一二着くらいしか」

「せっかく可愛い見た目をしてるのに。宝の持ち腐れよ」

「か、かわ……」



 エルザは一瞬、嬉しそうな顔をしたが、すぐにはっと我に返った。こほん、と咳払いをすると厳粛な口調で言った。


「私は騎士ですから。可愛さなど必要ありません」

「ふーん。その割にはパパが王都に来るって知った時、やけに身だしなみに気を遣ってたみたいだけど?」

「ななな、なぜそれを!?」

「ナタリーちゃんに訊いたの。あの子、よくギルドに出入りしてるから。まるでデート前のような顔をしてたって」

「う。うう……!」

「あー。エルザ、顔真っ赤になってるー♪ リンゴみたい」


 メリルはエルザの赤面を指摘すると、愛おしげに頬ずりをし始めた。エルザはぷしゅうと蒸気を立ちのぼらせている。


「ねえ。今からエルザの服を買いに行きましょうか」

「私の服を……ですか?」

「ええ。このままだと休みの日もずっと鎧姿で出歩きそうだし。パパもエルザが可愛い服を着てる方がいいわよね?」

「ああ。常に騎士団としての誇りを忘れないのは立派だが、休みの日くらいはおしゃれをしてもいいんじゃないか?」

「お、おしゃれですか……」


 エルザはそう呟くと、不安そうに尋ねてきた。


「私にも出来るでしょうか?」

「もちろん」

「決まりね。じゃあ、早速行きましょう」

 

 ☆


そして俺たちは服屋へとやってきた。


「エルザ。私に任せておいて。あなたに似合う服をコーディネートしてあげる。騎士団のアイドルにしてあげるわ」

「は、はあ……」

「ボクも色々と服を見よーっと♪」


 娘たちは店内に散り散りになっていく。

 アンナが服をいくつか見繕い、エルザに向かって提示していた。

 エルザは可愛らしい服を前に戸惑った顔をしていた。


 ちなみに――。

 俺の服を見繕ってくれているのもアンナである。村にいた頃からずっと。なので俺自身は服に全く詳しくない。

 嫁さんに服を選んで貰う旦那みたいな感じだ。


「パパー。見て見てー」


 試着室のカーテンの隙間から、メリルに呼ばれた。

 俺が近づくとカーテンが引かれ、着替えたメリルの姿が露わになった。ほとんど布地のない水着に身を包んでいる。


「な、何だその格好!?」


 ほとんど裸じゃないか!


「どう? 似合うでしょ♪」


 メリルはそう言うと、「パパのハートを撃ち抜いちゃうよ! バキューン♪」と胸の前で銃を撃つ仕草をしてきた。

 しなやかな身体には、傷や染み一つない。

 白魚のように瑞々しかった。

メリルは昔から、露出度の高い服を好む傾向にあった。露出が多ければ多いほど可愛いと思っているような。


「この水着、可愛いよねー♪ パパも気に入ってくれた?」

「いや、俺は賛成できないな」

「どうして?」

「いくら何でも露出度が高すぎる。その格好で海に行ったら、他の男たちの目のやり場がなくて困るだろう」

「パパ。他の男の人にボクが見られるのが嫌なんだ?」


 メリルはニヤニヤと嬉しそうにしながら、「嫉妬してるんだ~。可愛い~♪」と俺の頬をツンツンとつついてきた。

 別に嫉妬しているわけじゃないが……。


「うえへへ~。そこまで言うなら、この水着を買うのは止めておくね。ボクが全部の肌を見せるのはパパだけだから」

「誤解を招くようなことを言うな」

「どうして?」

「店員さんが凄い目でこっちを見てる」


 女性店員が怪訝そうにこちらを見つめていた。


「ボクとパパは出来ちゃってまーす♪」

「こらこら!」


 煽ってどうする!


「てへっ♪」


 メリルはぺろりと舌を覗かせた。

 俺は苦笑すると、


「アンナ。どうだ。そっちの調子は」


 隣の試着室に呼びかけた。


「ええ。バッチリよ」

「ちょ。ちょっと待ってください……!」


 エルザの制止の声も聴かず、アンナは試着室のカーテンを開けた。


「「おおっ……」」


 俺とメリルは感嘆の声を漏らした。

 目の前に現れたのは――おしゃれな服に身を包んだエルザの姿。白いブラウスに花柄のロングスカートという可愛らしい格好。すらりとしたエルザのモデル体型が、エレガントによく引き出されている。

 エルザはスカートの裾を抑えながら、もじもじとしていた。上目遣いになり、恐る恐るというふうに尋ねてくる。


「へ、変ではありませんか……?」

「いいや。よく似合ってる」


 俺はエルザに向かって微笑みかけた。


「凄く可愛いと思うぞ」

「こんな軟弱な格好、本来、剣士なら忌むべきもののはず……。なのに父上に褒められると凄く嬉しいです……」


 エルザの顔は真っ赤になっていた。

 普段、凛とした表情の彼女しか見たことがない騎士団の面々がこれを見たら、驚くこと請け合いだろうな、と思った。

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