第28話 デートのついでに窃盗団を倒す

 俺たちは和気藹々と市場を歩いていた。

 周囲にはむせ返るような人の群れ。油断するとはぐれてしまいそうだ。娘たちから目を離さないように注意を払う。


 ――と、その時だった。

 視界の端に映った人物に目が留まった。

 それは三人の男たち。

 布の服に身を包み、何の特徴もない格好。

 だが……。

 俺は思わず立ち止まって彼らに目を留めていた。


「パパ。どうしたの?」


 アンナが怪訝そうに尋ねてきた。


「父上。今、すれ違った人たちは……」

「エルザも気が付いていたか」

「はい。何やら不穏な雰囲気を纏っていました」

「ああ。彼らは気配と足音を立てていなかった。自分の存在をこの群衆の中に、極限まで溶け込ませようとしていた」

「二人とも、よく気づいたわね。私、さっぱり分からなかったわ。さすがに歴戦の剣士なだけあるってわけ」


 アンナは感心したように言うと、


「メリル。あなたは気づいてた?」

「むにゃ? 何か言った?」

「この子、お腹いっぱいになってうたた寝してるし……」


 アンナは呆れたように苦笑した。


「これは私の経験則ですが――何やら嫌な予感がします」

「ああ。そうだな」


 俺とエルザはほとんど確信に近い予感を抱いていた。

 今、すれ違った男は何やら良からぬ目論みを抱いている。後ろ暗い感情がほのかに漏れ出しているように思えたのだ。

 その時だった。


「うわあっ! 泥棒だあッ!」


 悲鳴に反応して振り返る。

 宝石店から、先ほどの男たちが出てくるのが見えた。袋を担いでいる。風のような速度で逃げようとしていた。


「やっぱり奴ら、ろくでもないことを企んでいたのか」

「父上。彼らは恐らくここ最近、王都で宝石店を襲う窃盗団です。これまでに何度も被害が報告されています。騎士団でも警戒を強化していましたが、尻尾を掴めずにいて。今日こそは逃がしません!」

「エルザ。俺も手伝う。奴らを追おう」


 俺は背中のメリルをアンナに預けると、窃盗団を追って走り出した。

 エルザもその後をすぐさま追ってくる。

 人混みを掻き分け、窃盗団たちの後ろ姿を追尾する。

 向こうも俺たちが追って来ていることに気づいたようだ。


「バカめ。俺たちの速度に付いてこれると思うなよ」


 窃盗団は地を蹴ると、建物の壁を疾走した。

 周囲にいた通行客たちは曲芸だと思ったのか拍手を送っていた。

 俺たちもまた遅れを取ることなく、建物の壁を駆け上がった。連中に離されるどころかじりじりと距離を詰めていく。


「速い……! このままじゃ追いつかれる……!」

「くそおっ! こうなったら!」


 窃盗団の男の一人が、近くにいた通行客の親子に目をつけた。懐から取り出したナイフを少女に向かって投げ放つ。

 ヒュッ!


「きゃあっ!」「ミーナ! 危ない!」


 ナイフの先端が少女の腹部を貫くよりも前に――俺は射線上に割り込むと、飛んできたナイフの柄を掴んで止めた。


「――っと。間に合って良かった。怪我はないか」

「う。うん……。お兄ちゃん、ありがとう」

「お兄ちゃんって年でもないんだがな……。とにかく無事で良かった。もっとも、奴らの姿は見失ってしまったが」

「子供をダシに使うとは、何たる卑怯な……!」


 エルザは拳をぎゅっと強く握りしめ、怒りを露わにしていた。彼女は女子供、老人などの弱者に手を上げる者を許さない。

 相当、頭に来ているようだ。

 だが、見失ってしまっては――。


『パパ。聞こえる? アンナだけど』

「アンナ? その声はどこから?」

『メリルの魔法を使って通信してるの。この王都全体のマップと、連中の居場所も全部私の方で把握してるから。指示するわ』

「それは頼もしいな」と俺は言った。

「持つべきものは優秀な妹たちですね」

「全くだ」

『その台詞は窃盗団を捕まえてからにしてくれる?』


 俺とエルザはアンナの指示に従って入り組んだ路地を駆ける。

 すると、三つ目の角を曲がったところで、再び窃盗団の姿を補足した。連中は俺たちを見ると狼狽した様子になる。


「な、なぜ、俺たちの居場所が……!」

「俺には優秀な娘がいるんでね。お前たちが王都のどこに逃げ込もうと、娘たちの包囲網から逃れることは出来ない」


 やがて、窃盗団は路地の突き当たりへと追い詰められた。そこは人気がなく、じめじめとして拓けた場所だった。

 非行と暴力をするにはおあつらえ向きだ。


「もう逃げ場はないぞ」と俺が言う。

「度重なる金品の強奪だけでは飽き足らず、自分たちが逃げるために、いたいけな少女を犠牲にしようとする悪辣さ――見逃すわけにはいきません。あなたたちはこの私が責任を持って牢屋へ送ってみせます」

「追い詰められたのは、お前たちの方だ」


 窃盗団の男がにやりと口元を歪めた。

 すると――。

 薄暗い路地の影の中から、何人もの男たちがぬうっと姿を現した。ぱっと見ただけでも十人近くはいるだろうか。


「元々、ここで仲間たちと落ち合う予定だったんだ。嵌めたつもりだっただろうが、お前らは嵌められたんだよ」

「そりゃ好都合だ。なあ、エルザ」


 俺はエルザに向かって微笑みかける。


「ええ。あなたがたが一同に介してくれれば、わざわざ残党を探す手間が省けます。ここで残らず一網打尽です」

「お前ら、目ぇ付いてるのか? これだけの人数差だぜ? たった二人で、俺たち全員に勝てると思ってるのか?」

「それはこっちの台詞だよ」と俺は不敵に笑う。

「抜かせッ!」


 窃盗団が一斉に俺たちに飛びかかってきた。


 ☆

 

 数分後――。

 俺とエルザの眼前には窃盗団の男たちが倒れていた。皆、戦意を喪失し、虫の鳴くような呻き声を上げていた。


「な、なんだお前ら……強すぎる……!」

「まるで化け物じゃねえか……」

「そりゃ。ここにいるエルザは王都の騎士団長だからな。お前らがいくら束になったとしても到底敵わないだろうさ」

「こ、こいつが例のSランク冒険者だってのか……」


 がくり、と窃盗団たちは気を失った。

 

 ☆

 

 窃盗団は一人残らずお縄となった。


「結局、せっかくの休日も騎士団の業務に携わってしまいました」

「そうだな。だけど、窃盗団を野放しにしたまま休日を満喫したとしても、エルザはそれをよしとはしないだろう?」

「当然です。私は騎士団長ですから」


 俺はその言葉を聞いて微笑みを浮かべる。

 誠実で責任感のある、いい娘に育ったものだ。

 俺には勿体ないくらいだ。


「ま。良いんじゃない? たまにはこういう休日の過ごし方も。私も結構、窃盗団を追い詰めるの楽しかったしね」

「アンナはドSだもんねー。人を追い込むの大好きだし」

「ん? メリル。何か言った?」

「何でもなーい♪」


 こうして俺たちのデートは幕を閉じたのだった。

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