第11話 家の内見
エルザは自分に妙案があると言った。
「父上の住居探しですが、力になれるかもしれません」
「エルザ。その申し出はとてもありがたいんだが。……その、情けない話、持ち合わせはかなり少ないぞ?」
村から一応金を持ってきたとは言え、家を借りられる額はない。
「お任せください。お金など必要ありませんから」
「えっ? どういうことだ?」
「私は一応、この国の騎士団長を勤めている身です。私の紹介があれば、無償で空き家を提供して貰えます」
エルザは胸当てに手を置くとそう説明してくれた。
彼女は冒険者ギルドのSランク冒険者であり、この国の騎士団長――おまけに姫君の近衛兵を勤めているという身分。
家の権利の一つや二つはお手のものということらしい。
「父上が王都に引っ越してくるという報せを受けてから、王都内で空き家になった物件をいくつかリストアップしました。貴族街や住宅街など多岐に渡ります。ですので、今から私と共に内見に向かいましょう」
「す、凄いやる気だな……」
「当然です。これから父上たちといっしょに暮らす家ですから。最高の住居を選ばないとと張り切りもしますよ」
エルザの先導に従って俺は王都の道を歩いて行く。
王都の居住区は大きく分けて二つに分かれている。
貧しい者や中層の者たちが集まる住宅街。
そしてもう一つは、選ばれた貴族階級の国民たちだけが住む貴族街だ。
まず向かったのは住宅街だった。
辺りには切妻屋根のレンガ造りの建物が建ち並ぶ。
王都全体が巨大な石壁に囲まれており、敷地が限られていることもあるからか、建物は横ではなく縦に伸びたものが多い。
それらの建物は道路に面した土地に無計画に建てられていて、せり出した屋根が道路に暗い影を落としていた。
迷路のようになっている場所もある。
「父上。住宅街の空き家はここです」
エルザが立ち止まったのは三階建ての家の前だった。
「立派な家じゃないか」と俺は呟いた。
早速、中を見て回ることにした。
居住スペースは家族四人が住むには十分な広さだ。
居間、台所、後は仕事場に使えそうな空間も確保されていた。
内見を終えると、俺は家から外に出た。
家の前には噴水のある広場があった。綺麗な水が湧いている。幼い子供たちがその周りを楽しげに走り回っていた。
ベンチに座った老人が、杖をつきながら、走り回る子供たちを目を細めて、微笑ましげに遠くから見守っていた。
――和やかな光景だ。
「父上。次は貴族街の物件です。参りましょう」
「ああ。そうだな」
住宅街を後にすると、貴族街へとやってきた。
貴族街へ続く入り口の門の両脇に騎士たちが立っていた。
エルザの姿を認めると、問答なしに門を通してくれた。
「へえ。貴族街には見張りがいるのか」
思わず呟いていた。
「はい。何かあれば、すぐに騎士たちが駆けつけるようになっています。なので、門前には騎士が常駐しています」
貴族街に立ち入ると、街並みががらりと変わった。
住宅街が無秩序に住宅が建ち並び、入り組んだ狭い迷路のようだったのに対し、貴族街の建物は整然と建ち並んでいた。
建物は縦ではなく、横に広々と伸びていた。
「物件はここです」
「ははあ……」
エルザが案内してくれた物件を目の当たりにして驚いた。
完全に豪邸だった。
二階建てのその建物は、広々とした敷地を構えている。
中庭があり、防衛のための石塔までもが付随していた。
内装も凄かった。
チェストや寝台、食器類や調理道具、テーブル、椅子など、全ての家具が高級感に溢れた上等な代物ばかり。
内見を終えると、俺たちは家の外に出た。
「父上。いかがでしたか?」
「貴族の住居っていうのは凄いんだな」
――その時だった。
「あなた! 何をしているの!?」
耳をつんざくような声が聞こえた。
見ると、道路のところに日傘を持った貴族の貴婦人が二人いて、道に蹲っている少年に罵声を浴びせているようだった。
「あなた、住民街の子供でしょう! 許可もなしに勝手に貴族街に忍び込んで! まるでドブネズミのようね!」
「大方、泥棒に入ろうとでもしたんでしょう!?」
「ち、違います。散歩中の僕の犬が貴族街の方に入っていっちゃったから。連れ戻そうとしてお邪魔しただけで……」
少年がそう呟いた時だった。
「くぅん……」
傍にあった植え込みから、茶色い毛並みの子犬が姿を現した。
「あっ! ペロ!」
どうやら、少年が探していた飼い犬のようだった。
「まあ! 飼い主に似て汚らしい犬!」
貴婦人の内の一人が嫌悪に顔を歪めた。
子犬が貴婦人の方に近づくと、彼女は悲鳴と共に子犬を蹴飛ばした。
「キャイン!」
「な、何するんですか!」
「汚らしい犬畜生の分際で、私に近づこうとしたからです! ここは貴族の街! 卑しい者は即刻出ていきなさい!」
「騎士たち! 来なさい!」
呼び声に応じて、騎士たちが慌てた様子で駆け寄ってきた。
貴婦人たちから説明を聞くと、少年たちに同情したような表情を見せてから、仕方なく彼らを連行していった。
俺たちが呆然としていると、貴婦人たちはこちらに気づいた。エルザを見るなり、その表情を嘘のように華やがせる。
「あら。エルザ騎士団長様じゃありませんか。今日は何の御用で?」
少年たちに向けていた険のある声じゃなく、媚びたような声。
とても同じ人物の発声とは思えない。
「住宅の内見のために来ていまして。こちらは私の父上で。王都でいっしょに住むことになったのです」
「そうだったの。素敵なお父様ですこと」
貴婦人は「ほほほ」とおべっかを使う。
「先に住宅街の物件を見てきて、さっき貴族街の物件を見てきたところです。どちらかに住むつもりでいます」
「なら、絶対に貴族街に住んだ方がいいですわ。住宅街なんて下々の場所、エルザ様たちには似つかわしくありませんもの。それに貴族街に住んでくだされば、同じ貴族街の住民として私たちも鼻が高いですわ」
「いえ。俺は住宅街に住むつもりです」
俺が言うと、貴婦人たちの表情が凍った。
「ど、どうしてです?」
たじろぎながら尋ねてくる。
「あなた方は俺たちがここに住めば鼻が高いのかもしれませんが、俺にとってはあなた方のような人種と同じ場所に棲んでいるというのは、恥以外の何者でもないからです。品性はお金では買えませんよ」
俺がそう言うと、貴婦人たちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。しばらくして恥辱に表情を真っ赤に染めていた。
「それでは、失礼いたします」
エルザは謝るでも咎めるでもなく、そう言うと踵を返した。
俺たちは貴婦人を残すと貴族街を後にした。
「すまなかったな。エルザ。勝手にあんなことを言ってしまって。もしかして、貴族街に住みたかったか?」
「いえ。私も父上と同じ気持ちです。仰って頂いてすっきりしました。あのような方々と同じ街には住みたくありません」
エルザはふっと微笑みを浮かべた。
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