第10話 王都にやってきた

 俺は娘たちの要望に応えて、王都に移住することを決めた。

 その旨を手紙で彼女たちに伝えると大喜びしていた。

 村を後にすると、馬車に乗って王都へと向かう。

 村から王都までは馬車に乗っておよそ半日という距離だった。

 早朝に村を出ると、昼頃に王都の敷地内に到着した。

 通りには多くの人たちが行き交い、切妻屋根の家が左右に建ち並ぶ。村とは比べものにならないほど活気づいていた。


 ――ここに帰ってくるのも久しぶりだな。十八年ぶりになるだろうか。


 エンシェントドラゴンを討伐するのに失敗し、周りから犯罪者のように扱われ、逃げるように村に戻ってから十八年。

 思えば時間が経つのは早いものだ。

 馬車の荷台から降りると、料金を払った。その時だった。

 俺の周囲をずらりと武装した騎士たちが取り囲んできた。

 剣や槍を手に持ち、屈強な身には甲冑を身につけている。


 ――ええっ!? 俺、何かやらかしてしまったのか?


 騎士たちに取り囲まれるようなことをした謂われはない。

 王都に入るのに身分許可証を提示しなかったからか……? いや、王都は誰であっても入場を許可されるはずだ。

 俺の悪評が残っていて、騎士たちが取り押さえにきたのか? ――などと色々な推測を頭の中で巡らせていた時だった。

 騎士たちが一斉に動こうとするのが分かった。


 ――戦うつもりか? こんな市中で!? 俺は捕まるわけにはいかない。愛する娘たちに会わなければいけないんだ。


「「カイゼル殿! お待ちしておりました!」」

「……え?」


 臨戦態勢に入ろうとした俺は、拍子抜けしてしまった。四方を取り囲んでいた騎士たちが一斉に頭を下げたからだ。

 えーっと。

 いったい何が起こってるんだ?


「本日、エルザ騎士団長の父君がご到着されるということで、我々騎士団一同、お出迎えに上がりましたッ!」

「「ようこそ、王都へ!」」


騎士たちが一斉に声を張った。

 通行人たちが何事かとこっちを見てくる。普通に恥ずかしい。


 ……それにしても。


 この騎士たちはエルザの部下の人たちだったんだな。良かった。俺を捕まえに来たとかそういうのじゃなくて。


「カイゼル殿。お話は兼ねてより伺っておりました。あのエルザ騎士団長に剣術の全てを教え込んだとか」

「あ、ああ。そうだけど」

「「おおっ!」」


 騎士たちの間から歓声が上がった。


「曰く、エルザ騎士団長はカイゼル殿に一度も剣を当てられたことがないとか。あの噂は本当なのでしょうか?」

「え? まあ、そうだね」

「「おおっ!」」


 騎士たちの間から再び歓声が上がる。


「史上最年少でSランク冒険者になったエルザ騎士団長が手も足も出ないとは……カイゼル殿の剣の腕は凄まじいのですね……!」

「剣聖を超える剣聖ですな」

「さきほど、我々がカイゼル殿を出迎えるために頭を下げた時も、気を抜かずに臨戦態勢を保ってらっしゃった。本物だ」


 何やら俺のことを讃えてくれているようだ。

 騎士たちの目には、尊敬と羨望の念が滲んでいた。キラキラと眩しい。まるで剣の教えを乞う時の村の少年たちのよう。


 ――その時だった。


「父上っ!」


 騎士たちの中を掻き分けて、エルザが姿を現した。

 絹のような銀色の髪。

 凛とした顔立ちは、四年前よりもぐっと美しくなった。

 エルザ自身の髪色と同じ白銀の軽装の鎧に身を包んでいる。腰には宝飾の施された立派な剣が差してあった。


「エルザ。……大きくなったな」


 俺がそう言うと、エルザは目を潤ませた。


「頑張ったんだな。自分の夢を叶えるために」

「はいっ……」


 万感の思いを込めてエルザは頷いた。

 俺の元に近づいてくる。

 そして、なだれ込むようにして身を委ねてきた。


「ずっと、ずっとお会いしたかったです……!」

「はは。俺だってそうだよ。でも、今日からはいつだって会えるんだ。エルザにもアンナにもメリルにもな」

「私、本当に嬉しいです……!」


 エルザは人目も憚らずに俺の胸元に頭を預けてきた。ずっと抑えていた感情が再会を機に溢れ出したかのように。

 俺はそっとエルザの頭を撫でてやった。

 エルザは心地よさそうに目を閉じる。この瞬間、彼女はSランク冒険者でも騎士団長でもない娘の表情をしていた。

 騎士団の人たちは微笑まし気にその光景を見守っていた。


「そういえば、アンナとメリルは?」

「アンナはギルドの仕事が忙しいようで……。メリルは来る予定だったのですが、恐らくまだ寝ているんだと思います」

「仕方のない奴だなあ……。メリルはまだ魔法学園の寮に?」

「はい。メリルは特待生として魔法学園に入っていますから。寮に住んでいれば、食事と寝床が無償で付いてきます」

「なるほど。あいつにとっては最高の環境ってことか」


 思わず苦笑を浮かべる。


「もっとも、父上が王都に住むという知らせを受けてからは、いっしょに住むからと寮を出る決心をしたそうですよ」

「俺がいれば、炊事洗濯を全部やってくれると思ってるんだろうな。実質、寮に住んでるのと同じようなものだ」

「メリルは本当に相変わらずですね」


 エルザが呆れたように言った。


「父上。この後はどうされるのですか?」

「まずは住むところを探さないとな。俺一人なら宿屋暮らしでもいいが、メリルも住むとなるといつまでもそうはいかないだろうな」


 だから、と俺は言った。


「取りあえずは宿屋で暮らしつつ、仕事をしてお金を貯めて、それから家を借りることにしようかと思ってるよ」

「でしたら、私に任せてください。妙案があります」

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