第12話 魔導器

 貴族街から住宅街へと戻ってきた。

 最初に内見した物件に住むことを決めた。

 三階建ての一軒家。

 村の茅葺き屋根の住宅に住んでいた俺にとっては豪邸だ。

 家の前にある噴水広場へとやってくる。

 何やら人だかりが出来ていた。


「何かあったのか?」

「随分、盛り上がっているようですね」


 俺とエルザが人だかりに近づくと、人壁の間から様子を覗き込む。

 すると、人だかりの中心にはメリルがいた。


 魔女のようなとんがり帽子。

 可愛らしい童顔。

 肩とおへそが外気に晒された露出度の高い服装。下はスカートを履いている。奇人変人がする類のファッション。


 メリルは魔法で生み出した火の玉でお手玉をしていた。

 五つの火の玉が、ひょいひょいと両手の平の上を回る。

 それを見た子供たちは笑顔で手を叩いていた。

 大人たちも口笛を吹いて囃し立てている。


「ほいほいっと♪」


 メリルはそれに気をよくしたのか、今度は水芸を披露し始めた。両手に持った扇子から噴水のように水が噴き出す。

 日光に反射して、キラキラと飛沫が輝きを放っていた。


「いいぞー!」

「凄くキレイ!」


 観客たちはメリルの水芸を見て歓声を上げていた。


「ふふーん。ラスト。とっておきを見せちゃうよ~♪」


 メリルはそう言うと、頭上を見やる。

 建物の屋根に切り取られた空に向かって、火の玉を放った。赤い尾を引きながら天高く舞い上がった火の玉はぱっと弾ける。

 炸裂音と共に、赤い光の花が咲き誇った。


「「おおおおお!」」


 観客たちは花火を見て万雷の拍手を送った。

 メリルは観客たちの感動する様子を見てにっこり満足げな表情を浮かべると、三角帽子を取って深々と一礼した。


「よかったらおひねりお願いしまーす♪」


 観客たちが次々と裏返した三角帽子の中に小銭を入れていく。

 ジャブジャブ。

 三角帽子の中は小銭でいっぱいになった。


「やったー♪ お小遣いゲットー♪」


 メリルは小銭の詰まった三角帽子に頬ずりしながら、


「お金ちゃん。好き好きー♪」


 と愛おしげに呟いていた。


「……メリル。ようやく起きたのですか」


 エルザが呆れ混じりに声を掛けた。


「あ。エルザ! パパも! おはよう♪」

「もう昼過ぎてるけどな」


 俺は苦笑を浮かべた。


「さっきのは大道芸か?」

「うん。パパたちがここに来るまでの間、暇だったからー。おかげで、おひねりたっぷり貰えちゃった♪」

「随分と堂に入ってたな」

「何回もやってるからねー♪ 皆、ボクちゃんの魔法を見て喜んでくれるし。おひねりも貰えるし一石二鳥!」

「メリル、普通に労働するつもりはないのですか? あなたの腕があれば、どこからも引く手あまたなのに」

「やだー。ボクちゃんはずーっとゴロゴロしてたいもん」


 メリルは駄々をこねるように言った。


「仕方のない人ですね……」とエルザは溜息をついた。「それより、よく私たちがここに来ると分かりましたね」

「この前、エルザが家の候補を教えてくれたでしょ? 貴族街と住宅街なら、パパたちはきっとこっちを選ぶと思って」

「メリルは貴族街に住む方が良かったか?」

「全然。ボクちゃんはお金のこと大好きだけどー。お金を持ってるからって傲慢になる人のことは大嫌いだから♪」


 メリルは甘い声で毒のある言葉を吐いた。

 彼女なりに信念があるようだった。


「まあ。ボクはパパといっしょに暮らせたらどこでもいいんだけどね。ボクちゃんはパパのこと大好きだから」


 メリルは俺に抱きついてくると、「久しぶりのパパの匂い~♪」と構って欲しがる子犬のように甘えてきた。


「久しぶりって……。一週間前にも会っただろ」


 メリルは週に一度は村に帰ってきていた。

 Sランク冒険者兼騎士団長を勤めているエルザや、ギルドマスターを勤めているアンナとは違い身軽だからこそ出来る芸当だ。


「大変だ! 誰か来てくれ!」


 どこからか呼び声が聞こえてきた。

 俺たちは顔を見合わせると、声がした方へと向かう。すると、別の噴水の前に大人の男が困ったように立ち尽くしていた。


「どうかしたんですか?」と俺が尋ねる。

「この噴水を動かしてる魔導器の魔力が切れてしまったようで……。このままだと生活用の水が確保できなくなります」


 見ると、噴水の台座に嵌め込まれた球体状の魔導器が光を失っていた。

 そのせいか湧き水が止まってしまっていた。


「メリル。この場合はどうすればいいのですか?」


 エルザが魔導器の生みの親であるメリルに尋ねた。


「簡単簡単♪ 魔導器に魔力を注いであげればいいよ」

「じゃあ、その作業は俺が引き受けよう」


 俺は枯れた噴水の中に入ると、台座に嵌め込まれた魔導器に手を宛がう。

 そして魔導器の中に魔力を注ぎ込んだ。


 パァッ……!

 光を失っていた魔導器が、強い光を放った。


 次の瞬間――。

 再び噴水から綺麗な湧き水が起こり始めた。


「おおっ! 再び水が!」


 男は快哉の声を上げた。


「ありがとうございました! 助かりました!」

「いえいえ」

「あなたは……メリル様のお父様なのですか?」

「ええ。そうですが」

「メリル様が魔導器を開発してくださったおかげで、我々庶民でも魔法の恩恵を受けられるようになりました。おかげで生活の質は飛躍的に向上しました。以前までは生活用水を確保するのも困難でしたから」


 男は俺の手を執ると、深々と頭を下げてきた。


「本当にありがとうございます」

「それは良かったです」


 俺は笑みを浮かべると、男の人と別れた。自宅に向かって歩き出す。その道中、メリルに向かって話しかけた。


「メリルの魔法の技術は、世のため人のためになってるんだな」

「ボク、えらいでしょ?」

「ああ。とってもえらいな。俺には勿体ないくらいの自慢の娘だ」

「えへへー♪ 撫で撫でしてー」


 俺はメリルの頭を優しく撫でてやった。

 メリルは「むふふ♪」と幸せそうな表情を浮かべていた。街の暮らしに革命を起こした天才とは思えないデレっぷりだった。

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