第2話 長女のエルザ

 王都を追われた俺は故郷のユズハ村へと戻った。

 俺が生まれ育ち、そして冒険者になるために後にした場所。

 両親は俺が幼い頃に逝去したのだが、実家はまだ残っていた。

 村の人たちがいつか俺が帰ってきた時のためと、時々掃除してくれていた。そのおかげですんなりと生活出来るようになった。

 冒険者の夢を諦めて出戻った俺を、村の人たちは快く出迎えてくれた。

 ただ三人も赤ん坊を連れて帰ってきたことには驚いていた。村の人たちには彼女たちの事情を包み隠さずに打ち明けた。


 そして十年後――。

 拾った娘たちは十歳になっていた。


「やあっ!」


 銀色の髪の少女――エルザが俺に木剣を振るう。

 三姉妹の長女である彼女は凛とした顔立ち。

 同世代の子たちに比べて高い背丈。

 振るう剣筋は、とても十歳児とは思えないほどの鋭さと力強さがある。


 ――とは言え、まだまだ子供だ。


 俺は彼女の放った一撃を木剣で難なく受け止めた。


「えいえいっ!」


 エルザは掛け声と共にドンドンと攻め込んでくる。

 思い切りの良さは彼女の長所だ。

 俺は踏み込んできた彼女の一撃を躱すと、右足を彼女の脚に引っかけた。

 重心がぐらりと前につんのめる。


「わわっ。わっ。わっ」


 エルザは片足でぴょんぴょんとバランスを取ろうとする。

 俺はその頭に向かって――ポカリ。

 木剣の先端を優しく振り下ろした。

 それが決め手となってエルザはべちゃりと地面にこけてしまった。お尻をこっちに突き出した不格好な体勢になる。


「いたた……」と頭を抑えている。

「勝負アリ、だな」


 俺は笑いかける。


「うぅ……。さすが父上。また一発も剣を当てることができませんでした。今日こそはと張り切っていたのに……」

「ふふ。まだ愛娘に一撃を貰うわけにはいかないからな」


 俺はエルザに微笑みかける。

 いくら冒険者を引退したと言っても、未だに鍛錬は欠かしていない身。十歳の娘に一撃を貰うには早すぎるだろう。

 年齢もまだ二十七だしな。


「けど、エルザも中々良い線いってたぞ。前よりも剣筋が良くなった。この調子なら凄い剣士になれるかもしれない」

「私もパパ……父上のような剣士になれますか?」

「ああ。きっとな」


 俺はエルザの銀色の髪を優しく撫でた。


「それと、呼び名は別にムリに固くしなくてもいいんだぞ。素直にパパって呼んでくれていいんだからな?」

「――っ!」


 エルザの頬にさっと朱が差した。


「……そ、それはできません。私は剣士ですから。軟弱なものとは距離を置いて剣の練習を頑張らないとっ。一流の剣士にはなれません」

「パパって呼び方は軟弱なのか?」

「はい。パパと言う呼び方をしたり、デザートを食べたりするのは軟弱です。剣士は常にすといっくでいなければ!」


 エルザの中には自分なりの理想の剣士像があるようだ。たぶん、家にある剣士の英雄譚を読んで影響されたのだろう。


「そうか。残念だなあ。今日のおやつはアップルパイなんだけどなあ。軟弱なものがダメなら食べられないな?」

「――ぱ、パイ!?」


 エルザはきゅぴんと目を輝かせた。物欲しそうな表情になると、両手の人差し指をつんつんと合わせながら呟いた。


「……今日の私は、ちょっぴり軟弱になります」


 自分に甘いエルザだった。

 俺は苦笑すると、エルザの手を引いて歩き出す。

 彼女の小さな手の平には、剣を振ったことによるマメがあった。

 彼女――エルザは三姉妹の中で剣に興味を持った子だった。

 俺が家の庭で素振りをしている光景を見て、キラキラと目を輝かせていた。

 剣を振ってみせる度、キャッキャと手を叩きながら喜んでいた。

 夜泣きした時も、木剣を与えるとおとなしくなった。

 赤ん坊だった頃も、10歳になった今も、エルザは寝る時には必ず俺の使っている木刀を抱きしめながら眠りについていた。

 そうしていると、心が落ち着くらしかった。


「私も大きくなったら父上のような冒険者になりたいです。そして、父上が倒せなかったドラゴンを倒してみせます」


 エルザは鼻息を荒くしながら、俺にそう宣言した。

 娘たちは俺が冒険者をしていたことを知っていた。

 村の人たちが話したのだ。

 カイゼルは村一番の剣の使い手で、冒険者になった後も史上最年少でAランク冒険者になった天才だったのだと。

 少々、脚色しすぎなきらいはあるが……。

 それを聞いたエルザは冒険者に憧れの念を抱いた。

 そして俺が倒すことが出来なかったと村人たちが話したエンシェントドラゴンを、自分が代わりに倒してみせるのだと息巻いている。


 俺としては複雑な気持ちだった。

 親としては娘を危険な冒険者にはしたくない。

 それにエンシェントドラゴンは俺が倒せなかった魔物であると同時に、エルザの故郷を焼き払った元凶でもあるのだ。

 エルザまでやられることになったら――。


「……いや、これは親のエゴだな」


 俺は首を横に振ると、思考を頭から振り払った。

 エルザの人生を決めるのは俺じゃない。エルザ自身だ。

 彼女が剣士に、冒険者になりたいのなら止める理由はない。それは親の勝手な都合を押しつけるだけにしかならない。

 だとすれば――。

 せめて少しでも強くなれるよう、剣の指導をしてあげよう。剣士として、自分や大切な人の身を守れる力を付けるために。

 それが俺が親としてエルザにしてあげられることだ。

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