Sランク冒険者である俺の娘たちは重度のファザコンでした
友橋かめつ
第1話 赤ん坊を拾った
俺――カイゼル・クライドは冒険者だった。
十四歳で初めて冒険者ライセンスを貰った時から頭角を現し、歴代でも史上最高の速さでAランク冒険者に上り詰めた。
剣を扱えば剣聖と呼ばれ、魔法を扱えば賢者と呼ばれた。
冒険者ギルド始まって以来の神童。
それが周りからの俺の評価だった。
しかし、俺は周囲の賞賛に浮かれることはなかった。目的はあくまでSランク冒険者になることだったから。
毎日剣や魔法の稽古に明け暮れ、任務をこなした。
誰もが将来、カイゼルはSランク冒険者になると信じて疑わなかった。それは他ならぬ俺自身もそうだった。
だが――。
十七歳のある日、俺は全てを失ってしまった。
とあるAランク任務に赴いた時だった。
火山に生息するワイバーンを討伐する任務だった。
ふもとの村から火山に登山した俺は、ワイバーンを無事討伐した。本来ならそこで任務達成となるはずだった。
しかし――。
イレギュラーが起こってしまった。
俺とワイバーンの激しい戦闘によって、火山の奥底に眠っていたエンシェントドラゴンが目を覚ましてしまったのだ。
ドラゴンは災害級の魔物――Sランク級だった。
奴は雄叫びと共に火口から飛び立つと、麓の村の方へ飛び立った。マズイと思って村に急いで戻った時には遅かった。
目の前には夥しい数の死が横たわっていた。
村一つが丸々壊滅していた。
建物も、人も、大地も、全てが蹂躙されていた。
辺りのそこかしこから黒い煙が上がる。
肉の焦げる死臭が鼻をついた。
ドラゴンは焼け野原になった村の真ん中で、雄叫びを上げていた。その禍々しい巨躯に向かって俺は駆け出した。
丸一日に渡る死闘の末、ドラゴンは逃げ去っていった。
追いかける気力はなかった。
「誰か! 誰かいないのか!」
俺は誰もいなくなった村で、叫び声を上げた。
村人たちは死んでしまった。
俺を快く迎えてくれた村長も、夜通し酒を酌み交わした筋肉質の大工も、俺に好意を抱いてくれた宿屋の看板娘も。
全員、焼き尽くされてしまった。
「そんなバカな……」
俺は絶望に呑まれてその場に膝をついた。
全部、俺のせいだ。
ワイバーンをもっと迅速に倒すことができていれば。火口の奥に眠っていたドラゴンを起こさずに済んでいた。
何がAランク冒険者だ。
何が剣聖だ。何が賢者だ。何が神童だ。
守るべき人を守れなかったら、地位や名誉なんて何の意味もない。これじゃ俺はとんだ大馬鹿ものじゃないか――。
その時だった。
「あああん」
どこからか声が聞こえた。
死の匂いがする風に吹かれて、香ってきた。
俺ははっとして立ち上がると、その声がする方に歩き出す。
駆け出す。
縋るように全力で声の方へと向かっていく。
その声の距離は次第に近づいていく。
――あの瓦礫の辺りからだ。
俺は足元に散らばる瓦礫を掻き分けていく。
どうか。
どうか生きていてくれ。
そう願いながら。
指先がボロボロになるほど瓦礫を掻き分けた頃――一枚の瓦礫の下の隙間に可愛らしい赤ん坊の姿が覗いた。
それも一人じゃない。三人だ。
「「「おぎゃあ」」」
皆、顔をくしゃくしゃにしながら泣いている。
不安に、恐怖に震えながら。
甲高い声を張り上げて、泣いていた。
けれどそれは――。
この子たちが生きているという証でもあった。
「よかった。本当によかった……」
俺は三人の赤ん坊たちを拾い上げると、ぎゅっと抱きしめた。
この子たちの不安や恐れを一身に引き受けるように。
皆、死んでしまったのだと思っていた。
だけど、守ることの出来た命もあった。
「君たちは俺が責任を持って育てるから。死んでしまったこの村の人たちの分も、幸せにしてみせるから……!」
その日、俺は救えなかった村の人たちに誓った。
この子たちは俺が立派に育ててみせると。
そして、救えなかった人たちの分まで幸せにしてみせるのだと。
俺は任務から戻った後、人生が変わった。
ワイバーン討伐の任務こそ成功したが、目覚めさせたドラゴンによって村を壊滅させた責任を問われて俺は皆に責められた。
今までは俺のことを讃えてくれていた人たちも、手の平を返した。まるで犯罪者のような扱いを受けるようになった。
「あいつはいつか、こういうことになると思ってたんだよ! 神童とか呼ばれて、調子に乗ってやがったからな!」
「何がAランク冒険者だよ。村を一つ壊滅させておいてよ! 今すぐあいつから冒険者ライセンスを剥奪しろ!」
「まだドラゴンは討伐されてないんだろ? あいつを生け贄にして、ドラゴンの奴をおびき寄せてやればいいんだ」
誰もが皆、俺に対して辛辣な言葉を投げてきた。
けれど、俺は反論する気にもなれなかった。彼らの言葉は苛烈だが、俺が村の人たちを殺したのも事実だったからだ。
そして――。
俺は冒険者稼業を引退することになった。
ギルドの受付嬢は唯一熱心に引き留めてくれたが、引き取った赤ん坊たちの傍にいてあげたいと言って固辞した。
「そうですか……。カイゼルさんは何も悪くありません。あなたはただ、その場で最善の行動をしただけですから」
「ありがとうございます」
慰めてくれているのだろう。
俺は頭を下げると、冒険者ギルドを後にした。
両開きの扉が閉まる。
Sランク冒険者としての夢が閉ざされた音だった。
十七歳の俺はこの日、三人の赤ん坊の父親になった。この子たちを立派な大人に育てるために命を捧げようと胸に誓った。
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