第8話 旅立ちの時

 それから四年の時が経った。

 子供たちは十四歳になった。

 エルザは剣の道をひた走っていた。熱心に鍛錬に励み、俺が教えてやった数々の剣技を自分の血肉としていった。

 村の剣術大会では例年敵なし。今年を以て俺と同じく出禁となった。


「父上と同じ出禁になれて嬉しいです……!」


 と喜んでいた。

 世の中広しと言えど、大会を出禁になって喜ぶのはエルザくらいだろう。

 エルザは村の用心棒として、魔物との戦闘も重ねた。初戦こそ臆したが、守るべき者を見つけてからは怯えも消えた。

 魔猪や魔狼を相手にも勇敢な戦いぶりを見せた。


 アンナはその経営手腕や交渉術を存分に発揮していた。

 彼女が村の経営に携わるようになってからというもの、村の財政は潤い、以前より村人たちは豊かな暮らしを送ることが出来ていた。毎年、秋になると、アンナに感謝するためのお祭りがわざわざ催されるほどだった。

 村に来る商人たちからスカウトされることもザラだった。しかし、当の彼女にはその気がないようで全て断っていたが。

 あくまでも彼女の夢は冒険者ギルドのギルドマスターになることのようだ。その意志の強さはコールドストーンさながら。


 メリルは相変わらず甘えん坊でサボり魔だったが、魔法を自己顕示のためではなく世のため人のために使うようになった。


「パパー。今日はねえ、土魔法を使って温泉の水脈を見つけたよー♪ おかげでこの村に温泉が出来そうだよ~」

「おお! 凄いなあ! 皆の役に立ったんだな」

「でしょー♪ ボクちゃんを褒めて褒めてー」

「メリルはえらいなあ」

「でへへー♪ 幸せー♪」


 ……世のため人のためというか、俺に褒められたいがためのような気もするが。結果的には人のためになっている。

 娘たちは皆、立派に成長してくれた。

 この世界では十四歳になると職業に就く権利を得られる。

 冒険者やギルド職員になれるのもこの年齢に達してからだ。

 俺も十四歳の時に冒険者に飛びこんだ。

 彼女たちもまた、各々の夢に向かって進むべき時期だった。

 エルザは俺と同じ冒険者の道に。

 アンナはギルドマスターを目指す道に。

 そしてメリルはぐうたらニートの道に……と本人は言っていたが、やりたくないことを廃していった結果、魔法使いの道に。


 明日、娘たちは王都に旅立つことになっていた。

 今日は家族四人で過ごす最後の夜。

 家のリビングで四人揃って、兎肉のシチューにミートパイ、ベーコンに焼きたてのパンなどのご馳走を口にしていた。


「ねー。ホントにパパはいっしょに来ないの?」


 メリルが寂しげな口調で言った。


「ああ。俺は村の用心棒の仕事があるからな。他にも色々と頼まれてるし。この家を守らないといけないからな」

「寂しい~! パパがいないとボクちゃん、生きられない~! パパが村に残るならボクもここに残る~!」

「ダメよ。ワガママ言ったら。パパを困らせないで」


 アンナが窘めるように言った。


「それにメリルが村に残ったら、パパが甘やかしてニート一直線だろうから。王都に出て社会の波に揉まれなさい」

「むぅ~」

「パパ。大丈夫よ。エルザとメリルの面倒は私がちゃんと見るから。月に一度は近況報告の手紙も出すわね」

「ああ。アンナがいっしょだと安心だ。頼むよ」


 俺は微笑みを浮かべる。


「結局……私は父上に剣を当てることができませんでしたね。この年になるまで、何百回と打ち合いをしてきたのに」


 エルザは悔しそうな表情をしていた。


「私も鍛錬を重ねて強くなったつもりでしたが、父上にはまだ遠く及びません。冒険者として更に精進を重ねます」

「強くなったエルザに会えるのを楽しみにしてる」


 俺はエルザに向かって微笑みかけた。

 エルザも微笑を浮かべると、こくりと頷いた。

 食事を取った後は、娘たちといっしょに風呂に入った。

 普段は別々に入っているのだが、今日は最後の日だから……ということで娘たちに懇願されて混浴をすることに。


「あの……父上。背中を流させてくれませんか?」

「え? 俺の?」

「はい。今まで父上には剣を教えて貰いましたから。せめてもの恩返しとして、背中を流させて貰えたらなと」

「そんなこと気にしなくてもいいのに」

「ダメですか?」

「いいや。じゃあ、お願いしようかな」


 俺はエルザに背中を流して貰うことにした。

 泡立てたタオルによって、俺の背中がゴシゴシと洗われていく。ちょうどいい力加減でとても気持ちが良かった。


「ふふっ。エルザ。次は私に代わって」

「アンナが?」

「私だってパパの背中、洗いたいもの」


 アンナはエルザの手からタオルを受け取ると、俺の背中を擦り始めた。

 丁寧で労るような力加減だった。


「ボクちゃんもボクちゃんも~♪」


 メリルは身体に石けんを塗ると、直接俺の背中に抱きついてきた。


「肌と肌とを擦り合わせてキレイキレイしよう~♪」と言っていたが、すぐさまアンナに引っぺがされていた。むべなるかな。


 愛娘たちに背中を流して貰うことが出来て、俺は幸せだった。


 ――けれど、まだ彼女たちに真実を話してはいなかった。彼女たちが俺の本当の娘たちではないということだ。


 この四年間、何度も言おうと思っては言えなかった。

 きっと負い目があるからだ。

 俺がエンシェントドラゴンを倒せなかったせいで、娘たちの本当の両親を死なせることになってしまったという。

 その夜は娘たちと一つ同じ布団で寝た。

 翌朝。俺は王都生きの馬車に乗った娘たちの見送りに来ていた。幌の中から顔を出した娘たちに向かって言った。


「じゃあな、皆、身体に気をつけるんだぞ」 

「――はいっ。必ずや父上と同じAランク冒険者になってみせます」

「パパも元気でね」

「一週間に一回は甘えに帰るからね~♪」


 娘たちを乗せた馬車は進んでいく。

 俺は王都に向かっていく馬車を手を振りながら見送っていた。彼女たちもまた見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

この四年後――。

 そこから俺たち親子の物語が始まる。

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