第7話 魔法は人々のために

 マスターに挨拶をして酒場を後にし、家に戻る途中だった。

 村を通る道を歩いていた。右手には柵に囲まれた畑が広がっていた。

 農作業をしている人の姿がぽつぽつと見える。


 ――例年だと、この時期になると魔物が農作物を狙って襲ってくるんだよな。この前の魔猪も恐らくはそうだろう。


 村には一応、剣の心得がある者もいる。

 しかし、ちょっと強い魔物が出るとまるで太刀打ちできなかった。だから今は俺がこの村の用心棒を引き受けている。

 今のところ、全ての魔物を撃退することが出来ていた。

 とは言え、俺一人がずっと村中を警備するのは到底不可能なので、用心棒を育成しようと子供たちに剣の指導をしていた。

 もちろん、その中にエルザももいた。

 俺が村を通る道を歩いている途中だった。いきなり目の光を奪われた。後ろから伸びてきた手がまぶたを塞いだのだ。


「だーれだっ♪」


 笑みを含んだ甘ったるい声が耳元で聞こえた。

 もちろん、誰かはすぐに分かった。けれど、すぐに答えるのは面白みがない。少しこのやりとりを続けてみてもいいだろう。


「ヒントをくれないか」

「ヒントはー。あなたのことが大好きな人でーす♪」

「うーん。誰だろう」

「ふふふ。あなたのことが好きな人はいっぱいいるからねー。ただ、その中でも一番好きの気持ちが強い人だよ?」

「……そのヒントを出されると、答えにくくなるんだが。自分で自分のことを大好きだと思ってる人を言うのは辛い」


 それに外した時の恥ずかしさが尋常じゃない。

 凄い片思いに終わってしまう。


「そっかー。恥ずかしがり屋さんだねえ。そういうところも好きー。じゃあ、更にヒントをあげちゃおうっかな」


 俺の目を隠してるその人は歌うように言った。


「ボクはパパの娘たちの内の一人でーす♪」

「ボクって言っちゃってるじゃないか……」

「さあ。パパ。答えて? パパのことを世界で一番愛してる、三姉妹の末っ子である天才魔法使いの名前は?」

「もうほとんど答え合わせじゃないか! ……メリルだろ」

「ピンポーン♪」


 ぱっ、と目元を覆っていた手が取り払われた。

 視界に光が戻ってくる。

 振り返ると、愛娘であるメリルが後ろ手を組みながら立っていた。ニマニマと嬉しそうな笑みを浮かべている。


「やけに嬉しそうだな」

「パパとイチャイチャできて楽しかったから♪」

「それより魔法学校はどうしたんだ? 今は授業の時間のはずだけど。もしかして、またサボったのか?」

「てへっ♪」


 メリルがぺろりと舌を出した。


「全く……。先生から苦情が来てたぞ。メリルの素行が悪いって。授業中は居眠りばかりして先生の話を聞かない。演習では教えてない魔法ばかり使う。挙げ句の果てには先生に決闘を申し込んで負かしたとか」

「だってー。先生がガミガミうるさかったんだもん。ボクの方が強いって教えてあげれば何も言ってこないかなって」


 メリルは得意げにそう言うと、


「ボク、先生に余裕で勝っちゃったんだよ。凄いでしょー。えへへー。パパ、ボクのことをたくさん褒めてー♪」

「はあ……」


 俺は深い溜息を吐いた。


「この件に関しては、メリルを褒めることはできないな」

「えっ? どうして?」

「確かに先生に勝ったのは凄いことだと思う。メリルが天才なのも認める。でも魔法は人を傷つけるためのものじゃない。魔法は人の生活を豊かにするためにあるんだ。人のためになるからこそ価値があるんだよ」


 俺がメリルにそう話していた時だった。


「おお。カイゼルじゃないか」


 農作業をしていた男が、俺に気づくと近づいてくる。

 農民のノーマンだった。

 頭巾を被り、亜麻製の服に身を包んでいる。

 足首のところを紐で結び、底の分厚い農民靴を履いていた。


「精が出てるみたいだな」と俺が言う。

「今年は凄いぞ。過去最高の豊作になりそうだ。やっぱり魔物の襲撃を抑えられたというのが大きいな」


 ノーマンは畑の方に視線を向けた。


「カイゼルが用心棒になってくれたのもそうだが、何より、お前が作ってくれたこの魔法の柵が役に立ってるんだよ」

「魔法の柵?」とメリルが小首を傾げた。

「ああ。この柵には雷魔法が込められていてな。作物を狙う魔物が接触すると、高圧電流を流す仕様になってるんだ。おかげで作物を荒らされることもなくなってな。あの忌々しい魔猪が尻尾を巻いて逃げていく様は痛快の一言だ」


 ノーマンはそう言うと、気持ちよさそうに笑った。


「収穫できたら、カイゼルの家にお裾分けにいくからな。うちの野菜はこの村でも一番美味いから楽しみにしておけよ」

「いいのか?」

「もちろん。お前には世話になってるからな。そのお返しだ。世の中、持ちつ持たれつの関係でいないとな」


 ノーマンはぐっと親指を立てると、メリルを見る。


「うちの野菜を食べて、メリルも大きくなれよ」


 歯を見せて笑うと、じゃあ、とノーマンは畑の方へと歩いていった。メリルはその後ろ姿を呆然としながら見送っていた。

 俺はメリルの方に向き直ると、逸れた話を戻そうとする。


「えっと。さっきは何の話をしてたんだっけか」

「ううん。もういいよ。パパの言いたいこと、何となく分かったから。パパの魔法は人の役に立ってるんだね♪」


 メリルは俺に向かってそう言うと、


「ボクが魔法を人の役に立てたら、パパは褒めてくれる?」

「ああ。もちろんだ」

「えへへ♪ だったら、ボクちゃん、頑張っちゃおうかな」


 メリルはほっぺたに指をあてがうと、にこりとはにかんだ。

 俺とのこのやりとりによって、後の世は魔法によって発展することになるとは、まさかこの時は思ってもみなかった。

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