第6話 アンナの才能
俺は商人が運んできた仕入れの食材を抱えたまま、酒場の裏口に上がり込んだ。酒場のマスターに指定された場所にそれを降ろす。
「――よし。これで全部だな」
ふう、と息を吐くと凝り固まった首を回した。
「いやあ。すまないな。カイゼル。助かったよ」
振り返ると、酒場のマスターが笑みを浮かべていた。
彼の名はジゼルという。
ダンディな髭面の中年男性だ。
「気にしないでください。俺が不在の間、ずっと家の管理を任せてたんですから。恩返しをさせてくださいよ」
「お前は本当に義理堅い奴だな。昔から」
マスターは葉巻を吸いながら、遠くの過去を思うような目をする。
彼とは俺が子供の頃からの付き合いだった。
「今も村の手伝いに尽力してくれてるし。中でも用心棒としての働きだな。お前がこの村に戻ってきてから、俺たちは魔物の脅威に怯えずに済むようになった。おかげで今年の畑は過去最高の収穫量になりそうだ」
「それは良かったです」
「カイゼル、子供たちに剣を教えてるんだって?」
「ええ。次世代の用心棒を育てるために――って言うと大げさですが。剣術は身につけておくに越したことはないですから。それに子供たちも乗り気で。最近は昼前になると家に押しかけてくるんですよ。剣を教えて欲しいって」
「そりゃお前、憧れられてるんだよ。初めて村の剣術大会に参加した時、誰からも一撃も貰わずに完全優勝しただろ。あの雄姿が目に焼き付いてるんだよ。――もっとも、お前は強すぎるせいで以後の大会は出場禁止になったが」
「はは……」
俺は乾いた笑いを浮かべた。
あれはちょっとしたトラウマだった……。
マスターは俺が運んできた荷物に目を向けると言った。
「しかし、やっぱり馬力が全然違うな。俺も腕っ節には覚えがある方だが、この量の食材を一挙に運ぼうとしたら、ぎっくり腰になるだろうよ。それを楽々と……。さすがは元Aランク冒険者様ってわけだ」
「止めてくださいよ。昔の話ですから」
俺は苦笑を浮かべた。
「今はもう冒険者を引退した身です」
「引退って。冒険者にそんな制度ないだろ。お前が戻ろうと思ったら、また王都に戻れば冒険者になること自体は出来る」
「戻りませんよ。子供たちがいますし」
もう冒険者には未練はない。
……いや、正確に言うと未練はある。
子供たちの故郷を滅ぼしたエンシェントドラゴンを打ち倒していない。いずれ奴はまた別の村や街を襲うかもしれない。
俺は奴を目覚めさせた責任を取って、奴を倒さねばならない。
――にも拘わらず、半ば逃げるように王都から村へと舞い戻ってきた。もちろん娘たちの子育てという理由もあったが。
「カイゼル。お前、子供たちに本当のことを打ち明けたのか?」
「本当のこと……ですか?」
「自分があの子たちの本当の父親じゃないってことだよ。母親がいないってことは周りを見てりゃ気づくだろうが」
「……いいえ。まだです」
俺は俯くと答えた。
「子供たちは俺を実の父親だと思ってます。――もちろん、折を見て本当のことを伝えようとは思っていますが」
「隠し通すって選択肢もあるんだぞ」
「――えっ?」
「お前が本当の父親じゃないと知ったら、彼女たちは大なり小なり驚くだろう。だったら最初から言わなければいい。真実を隠すというのも優しさだ。――まあ、どうするのかはお前が自分で決めれば良い」
「……はい」
俺は小さく頷いた。
折を見て本当のことを伝えよう――そう思っていても踏ん切りがつかない。年を経る毎に伝えづらくなっていくのに。
「……そういえば。酒場の内装、変えたんですか?」
「おっ。気づいたか。アンナに助言を貰って変えたんだよ。内装だけじゃなく、入り口の扉も変わってるだろ」
俺は酒場の入り口の方を見やった。
本当だ。
前ははめ込み式の扉だったのに、今はスイングドアになっている。
外からでも店の中を覗くことが出来た。
「何でも席の位置が悪いとか言ってな。それに外から店内が見えた方が、お客さんは安心して入ってこれるとか。で、試しに言われた通りにしてみたんだよ。そしたら、酒場の客がこれまでにないほど増えてな。アンナ様様だ」
「へええ」
俺は感心した声を上げた。
「それに仕入れ価格が適正値より高いとか言ってな。業者と交渉してくれたんだ。おかげで食材を安く仕入れられるようになった。凄かったぜ。商売のプロを相手にアンナは見事に交渉を進めやがった。自分の意見を通しながら、角が立たないようにもする。見ていて惚れ惚れするような手腕だった」
「ははあ。そりゃ凄いですね」
人を上手く使う才能があるというのは知っていた。
炭鉱の親方から絶賛されていたから。
何でもアンナが現場監督とシフトの管理を任されるようになってから、作業効率が飛躍的に上がったとか何とか。
それに加えて商才まで発揮するとは。
アンナは弁が立つのだろう。
「カイゼル、アンナの奴は凄いぞ。ありゃ、将来とんでもない逸材になるぜ。今の内に恩を売っておかないとな」
マスターはにやりと笑みを浮かべながら言った。
「そうすりゃ。俺にも仕事を回してくれるかもしれねえ。才能のある奴とコネがあるっていうのもまた才能だからな」
「はは……。マスターは相変わらず現金ですね」
「当然よ。俺はお金が大好きだからな。――もっとも、お金の野郎は俺にそっぽを向いて振り向いてくれないが」
マスターは葉巻を吹かすと、苦笑を浮かべた。
俺もまたつられて苦笑いを浮かべたのだった。
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