第40話 焚き火の前で

夜も更けてきた頃。

 俺たちは野営をすることになった。


 御者の男は御者台に横になり、他の者たちは荷台で眠る。

 一応、馬車の周りに魔物よけの聖水を撒いてはいるが、念には念を入れて焚き火の前で見張りをすることにした。


 二人一組。

 御者の男は今日一日、運転で疲れているから免除して、俺と娘たちが交互に入れ替わるという体制になった。


 まずは俺とエルザが見張ることに。

 焚き火の前に座る。

 足元には砂時計が置いてあった。上に溜まった砂が下に落ちきったら、次の者と見張りを交代するという決まりだ。


「父上。今日は久しぶりに共闘できて良かったです。私としても、父上の剣を見ることで色々と勉強になりました」

「はは。エルザは騎士団長でSランク冒険者なんだ。今さら俺の剣技を見て学べることなんてあるか?」

「もちろんです。改めて思い知らされました。まだ私の剣の腕では、父上に一撃を当てることすら難しいと」


 エルザは焚き火を眺めながらぽつりと呟いた。


「父上の剣技を見た時……まだ敵わないという悔しさもありましたが、それ以上に嬉しい気持ちになりました」

「嬉しい?」


 エルザはこくりと頷いた。


「私の憧れていた父上が、今もなお、私よりもずっと強くあり続けてくれている。それが堪らなく誇らしかったのです」

「エルザ……」

「私は父上を超えたいと思いながらも、心のどこかでは父上には私より強くあって欲しいと願っているのかもしれません」


 エルザは立派になった。

 騎士団長になり、俺のなし得なかったSランク冒険者になった。

 けれど、まだ親離れは出来ていないようだ。


「そう言われたら、鍛錬をサボることも出来ないな。エルザの超えるべき壁として、俺は立ちふさがり続けよう」


 俺が言うと、エルザはふっと微笑を浮かべた。

 それは迷子になった子供が、ようやく親を見つけた時のような。

 ほっとした、嬉しそうな表情だった。


「ただ見張りをしているだけというのも何だし。話を聞かせてくれないか。エルザが村を出て王都に行ってからのことを」

「はい。ぜひ」


 エルザが村を出て王都に住むようになってからも、月に一度、近況報告という形で俺に手紙を送ってくれていた。

 けれど、紙面からこぼれ落ちた話はたくさんあるはずだ。

 出来事も、そして感情も。

 最近は忙しくて娘たち一人一人と話をする機会が取れなかった。

 今ならゆっくりと話すことが出来るだろう。


 エルザが訥々と語った言葉は、ジグソーパズルのように、俺たちが離れていた間の空白を丁寧に埋めていってくれた。

 それでも埋まらない分は、打ち合いをすることで埋めた。

 エルザの振るう剣の力強さは、彼女が積み重ねてきた時間を、剣への想いを、何よりも雄弁に語ってくれていた。

 俺はエルザとしばらく打ち合いをした後、足元の砂時計を見やる。

 上の部分にあった砂は全て落ちきっていた。


「そろそろ交代の時間だな」と俺は言った。「メリルを起こしてきてくれ」

「分かりました。……やはり父上には敵いませんね」


 そう呟いたエルザの表情には、悔しさ以上の喜色が滲んでいた。


「父上は交代しなくても平気なのですか?」

「大丈夫だ。メリルの様子を見に行ってくれるか? もし熟睡しているようなら、俺一人だけでも構わないし」


 冒険者だった頃は、一人で朝まで見張りをすることもザラだった。

 それを二人一組で娘たちとという体制にしたのは、せっかくの機会だし、娘たちと話をしたいというのが大きかった。

 

 ☆

 

 エルザが馬車の荷台に戻った後――。

 メリルはすぐさま俺の元へとやってきた。


「珍しいな。てっきりもう熟睡してると思ったが」

「だってー。パパと二人きりになれるチャンスなんだもん。明日に支障が出ても、寝てる場合じゃないよね」

「それはちゃんと寝てくれ」


 思わず苦笑する。

 優先すべきところを間違えてしまっている。


「パパ。ボクちゃんと手を繋いで欲しいなー♪」

「ああ。構わないぞ」


 俺はメリルが差し出してきた手を握りしめた。

 メリルは自分の指を、俺の指の間に絡めてくる。一本一本丁寧に。まるで蛇が巻き付く時のようにしっかりと。


「えへへー。恋人繋ぎしちゃった♪」


 メリルは上目遣いになりながら言った。

 うっすら頬が上気している。


「パパの手、大きくて凄く固いね~」

「ずっと剣を握ってきたからな。無骨にもなるさ」

「ボクちゃんは格好良いと思うなあ」

「そう言ってくれるのはきっと、メリルくらいだ」

「やったぁ。ボクちゃん、パパを独り占めできるね」


 メリルはそう言うと、俺の肩にそっと頭を預けてきた。


「むふふー。パパ、好きー♪」

「俺もメリルのことが好きだよ」

「ホント?」

「もちろん」

「でへへ。嬉しい~♪」


 メリルはデレデレとした表情になった。


「ボクとパパは両想いだねっ。死が二人を分かつことになっても、輪廻転生して何度でも巡り会う運命なんだよ♪」

「そこまでは分からないが」

「絶対そうだよ。――あ、でも安心して。ボクがその内、不老不死の薬を完成させて永遠の世界を作るからね♪」

「…………」


 さっきエルザはまだ親離れ出来ていないと言ったが、メリルはその比じゃない。永遠に親離れ出来なさそうだ。

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