第41話 真実
砂時計の砂が全て下に落ちた。
見張りの交代の時間だ。
メリルはずっとパパといっしょにいたいとゴネていたが、明日の戦闘に響くからと説得して荷台へと戻らせた。
アンナが入れ違いで俺の元へやってくる。
「メリル。相当不満げだったけど」
「だろうな」
「ふふ。パパも苦労させられるわね」
「アンナほどじゃない。普段、冒険者たちの相手をしてるんだからな。我の強い彼らの相手をするのは大変だろう」
「まあね。皆が皆、パパみたいだったら良かったのに。王都に来てから、パパが冒険者としては異端だったと知ったわ」
「はは。まあ座ってくれ。積もる話もあるだろう」
「そうね。私もパパと話したいと思ってたし。ちょうど良かったわ。今なら他の子たちの耳に入れずに済むもの」
「何だ。悩み事でもあるのか?」
「ううん。そんなのじゃない。私の中ではもう解決したことだし。ただちょっと、パパに確認しておきたいだけ」
「確認?」
アンナは小さく頷いた。
「ねえ。パパ。エンシェントドラゴンの討伐にこだわってるのは――私たちの故郷の村を守れなかった負い目があるから?」
「…………」
俺は言葉をなくしてしまう。
温い風が吹いて、焚き火の炎がゆらりと重たげに揺れた。赤い光がアンナの顔の輪郭を闇に浮かび上がらせている。
「……どういうことだ?」
「パパは元々Aランク冒険者として王都で活躍していた。剣を握れば剣聖、魔法を使えば賢者と称されるほどの実力者だったのよね。Sランク冒険者に昇格するのは時間の問題だと言われていた。けれど――とある任務の後、カイゼル・クラウドは事実上、冒険者を引退することになった」
アンナは焚き火を見つめたまま、息継ぎをした。
「私が王都に来てギルド職員になった後、過去の文献を色々と調べてたの。最初はただ単に冒険者時代のパパのことを知りたかったから。けれど、調べていくうちに、あの任務の記録に辿り着いた。火山でのワイバーン討伐任務。討伐自体は成功したものの、その際にエンシェントドラゴンを目覚めさせてしまった。そしてそのドラゴンは、ふもとにある村を丸ごと焼き尽くしてしまった」
「…………」
「パパはその後、冒険者としての活動を引退している。任務の際、再起不能なほどの怪我を負ったわけでもないのに。当時のことを知っている人たちに話を聞いたら、あの任務の後に三人の赤ん坊を連れ帰ってきたって。結婚もしていなかったのに。焼き尽くされた村の生き残りを引き取ったって言ってたそうよ。ねえ、パパ」
アンナはそこでようやく、焚き火に向けていた目を、こちらに向けた。
「その三姉妹が私たちなんでしょう?」
パチッ……と焚き火の中の枝が爆ぜる乾いた音が聞こえる。
濃い闇に包まれたこの場所で、その声ははっきりと浮かび上がっていた。それは確信があるからこその芯のある声色だった。
アンナは真実にたどり着いていた。
俺が彼女たちの本当の父親ではないということに。エンシェントドラゴンの討伐に執念を燃やす本当の理由に。
これはもう、誤魔化しても無駄だろうな……。
「……ああ。そうだ」
観念した俺は、そう呟いた。
認めた瞬間、今まで胸の内側に溜めていた澱が解けていく気がした。
その時に改めて気づかされた。
俺はずっと、罪悪感を抱いていたんだな。
「やっぱりそうだったのね。パパの口から直接聞けてよかった」
「……エルザやメリルはこのことを知ってるのか?」
「ううん。私しか知らない。二人には教えなかったわ。もしかすると、ショックを受けてしまうかもしれないから」
アンナは膝を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「パパはずっと、このことを胸に秘めていたのね」
「……すまなかった。何度も打ち明けようと思ったんだ。でも、できなかった。そのままズルズルと今まで来てしまった」
負い目があった。
俺がエンシェントドラゴンを打ち倒すことができなかったせいで、娘たちの本当の両親を死なせてしまったという。
ある種、俺は彼女たちの親の仇でもある。
「アンナ。ショックだっただろう……?」
「ええ。元々、周りの家と比べると、母親がいないとは思ってたけど、まさかパパとの血の繋がりもなかったなんて思いもしなかったから。驚いたわ。子供の頃に告げられていたらまだマシだったかもしれないけど」
「……怖かったんだ。君たちに本当のことを告げるのが。そうすれば、俺たちは家族ではなくなってしまう気がして」
「パパ……」
「……アンナ。俺のことを恨んでいるか?」
「……そうね」
アンナはぽつりと呟いた。
「……たぶん、本来なら、恨むべきなのかもしれない。パパは本来、私たちと本当の両親を引き離した張本人だから。でも」
「でも?」
「パパのことを恨むには、嫌いになるには、たくさんの愛情を貰いすぎたから。かけがえのない思い出を作りすぎたから。だから……恨むことも、嫌うこともできない。私はパパのことが今も大好きだもの」
「アンナ……」
「今日、森でブラッドウルフが現れた時。パパたちが戦っている姿を、私は馬車の荷台でずっと見ていたわ。エルザの剣筋や立ち回り、パパにそっくりだった。剣を鞘に収める時のちょっとした仕草も。メリルが魔法を発動する時の魔力の練り方も。パパが魔法を使う時の無意識の癖がそのまま出てた」
アンナは言った。
「それを見て、私、思ったの。私たちは血縁上は家族じゃないかもしれない。でも、パパから受け継いだものはたくさんある。血の繋がりとか、遺伝子とか、そんな些末なことは何の関係もないこと。私たちが過ごしてきた時間が、楽しかった思い出が、私たちを本当の家族にしてくれるんだって。……きっと、エルザやメリルも、私と同じことを考えるんじゃないかしら」
「……ありがとう。アンナ」
視界が涙でぼやける。
赦しの言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
そして、こんなに優しくて立派な娘を持ったことが誇らしかった。傍から見ると親ばかだと揶揄されるかもしれない。
けれど、俺はそれでも胸を張り続けるだろう。
この子たちの父親として。
家族として。
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