第34話 犬探し

 俺はプリムを連れて城の外へと出た。

 近衛兵であるエルザも同行している。

 やってきたのは冒険者ギルドだ。


「おお。ここが冒険者ギルドというところか」とプリムが言った。「品のない粗暴な連中ばかり集まっているな!」

「「ああ!?」」


 余りに率直すぎる物言いに、辺りにいる冒険者たちが凄む。

 しかし、肝が据わっているプリムはどこ吹く風という表情。


「すみません! すみません!」


 代わりにエルザがぺこぺこと平謝りをしていた。

 ……たぶん、普段からエルザはプリムのフォローに勤しんでいるのだろう。頭を下げる速度が尋常じゃなかった。


「父上。なぜ冒険者ギルドにプリム様を……?」

「まあ。ちょっとな」


 俺は中央にある掲示板を眺めると、適当な任務を見繕う。


「お。これこれ」と依頼書を剥がすと受付に持っていった。

「あ。カイゼルさんじゃないですか!」

「モニカちゃん。この任務を受けたいんだけど」

「またBランクとかAランクの任務ですか? ――って、ん? Eランクの逃げ出した飼い犬の捜索ですか?」

「ああ。頼むよ」

「わざわざ低ランクの任務を受けるなんて、カイゼルさん、物好きなんですね。どぎつい性癖とか持ってそう」

「なぜ任務を受けただけでそこまで言われる?」


 俺は任務の手続きを終えると、プリムとエルザを連れてギルドの外に出た。そして二人に向かって言った。


「というわけで――今から飼い犬を探す」

「おい。カイゼルよ。面白いことと言うのはこれか?」

「ええ。姫様の力をお借りできればと思います。――これが似顔絵です。住民街で行方が分からなくなったそうで」


 俺はモニカから受け取った似顔絵をプリムに手渡した。


「とてもじゃないが、犬探しが面白いとは思えんが……」

「まあまあ。騙されたと思って」

「ふむ。お前がそう言うのなら、乗ってやるが……」


 プリムはそう言うと、


「行方が分からなくなったのは、住宅街と言っていたな。では、そこに向かうか。すぐに見つけて終わらせてやろう」


 住宅街へと移動する。

 縦に長い建物が入り組んでいた。

 路地が迷路のように点在している。

 昼間にも関わらず薄暗い箇所が多かった。

 しばらく歩き回る――が、飼い犬の行方が眩んだのは二日前。

 探しても、そう簡単には見つからなかった。


「はあ。はあ……」


 プリムは早々に息切れしていた。


「姫様。お休みになりますか?」


 エルザが気遣ってそう尋ねた。


「う、うむ。座って水を飲みたい――って、ん!? お、おい! 見ろ! あそこにいるのは例の犬ではないか!?」


 憔悴していたプリムの目が、大きく見開かれた。

 彼女の指さした先――路地の奥に中型の雑種犬が歩いていた。プリムは興奮した様子で手元の似顔絵と何度も見比べている。


「間違いありません。例の犬です」


 エルザが応えた。


「プリム様。私にお任せください。捕まえて参ります――」と走りだそうとしたところで俺はエルザの腕を取った。

「いや。ここは手助けしちゃダメだ。姫様に任せないと」

「ですが……。プリム様は威勢の良さとスタミナがまるで釣り合っていません。飼い犬を捕まえるのは難しいかと」

「エルザよ。お前、私のことをそういうふうに思っていたのだな」

「す、すみません! 今のは失言でした!」

「くそう。王族たるもの、舐められたままでいるわけにはいかん。私が直々にあの飼い犬を捕まえてみせるッ!」


 プリムはそう言うと、


「待て――ッ!」


 飼い犬の方に駆け出していった。

 ドタドタドタ……。

 足音が大きいせいで、飼い犬に気づかれた。


「ワンッ!」


 飼い犬は踵を返すと、路地の奥深くへ逃げていく。


「逃がすか!」


 プリムはなおも飼い犬を追いかけようとする――が、温室育ちの彼女の足と野生育ちの犬の足では比べものにならない。

 みるみる距離を離され、やがて見失ってしまった。


「くうっ……! まんまと逃げられてしまった。あの飼い犬め……。私を小バカにするかのように軽快に走っていきおった」

「姫様。ドンマイです」

「やはり私が助力した方が……」

「必要ない。ここまでコケにされたのだ。私は王族の名に掛けて、自分一人の力であの犬を捕まえてみせる!」


 プリムはぐっと拳を握りしめると――。


「犬め。お前の首は私が取ってみせる!」

「姫様。首を取ったらダメです」

 飼い主に生首を渡すわけにはいかない。


 あくまでも生け捕りでお願いしたい。


 ☆


それから再び、飼い犬の捜索を開始した。

 プリムは何度も飼い犬を発見し、その度に駆けずり回ったが、飼い犬の脚力には及ばずに見失ってしまっていた。

 その内、日が沈みかける時間になってきた。


「姫様。そろそろ暗くなってきましたし。今日のところは引き上げませんか? 女王陛下も心配されますし」

「ダメだ! ここまで来て退けるか!」


 プリムはエルザの忠言を退ける。


「さっき、奴はこの路地を通っていった。ということは、この先にある行き止まりに追い込むことができれば……」


 ぶつぶつと作戦を呟いている。

 住宅街の地形を把握したプリムは、犬を捕まえる算段を立てているようだ。欠けている走力を知力で補おうという腹らしい。


 ――いい傾向じゃないか。


 その時、再び犬の姿を見つけた。


「よし! 見つけた! 追うぞ!」


 プリムは飼い犬目掛けて駆け出していく。

 犬は踵を返して逃げ出した。跳ねるような足取りで軽快に走っていく。しかし、それは誘導されているだけだ。

 奴の駆ける路地の先は――行き止まりだ。

 いかに走力が優れていようと、五メートル近い壁を越えることはできない。犬は行き場をなくして立ち尽くす。


「ふっふっふ。追い詰めたぞ!」


 プリムはじりじりと飼い犬との距離を詰めると――。


「――たあっ!」


飼い犬の身体にタックルをかました。

 両手でぎゅっと抱きしめる。


「姫様! この首輪をその犬の首に付けてください!」と俺が投げた首輪を、プリムは悪戦苦闘しつつ犬の首に嵌めた。

 リードがついたことにより、逃げられなくなる。


「取った! 取ったぞ!」


 プリムはキラキラと輝いた表情で俺たちを見てきた。


「お見事です。姫様」

「姫様! やりましたね!」


 俺とエルザは賞賛の言葉と共に拍手を送った。


「ふっふっふ。私はこの国の姫君だからな。これくらいは容易いことだ。体力こそ劣れど知力の差は歴然だったな」


 エルザは誇らしげな笑みを浮かべていた。

 一日中、狭い路地で犬と追いかけっこをしていたせいだろう。来ていたお召し物は汚れに汚れてしまっている。

 けれど――。

 その姿はキラキラと輝いて見えた。


「――むっ。もうこんな時間か。普段は日が暮れるまでが遅いのに、今日は尋常じゃなく早かったな……」

「それほど姫様が熱中していたということですよ」


 俺は言った。


「楽しんで頂けましたか?」

「そうだな……。うん……。今日はとても楽しかった。何より自分で物事を達成したことの充足感が心地よい」

「面白さというものは、誰かに与えて貰うのを待つより、自分から得ようとしないと得られないものですからね」

「なるほど。確かにそうかもしれないな」


 プリムは頷くと――。


「二人とも、今日は私に付き合ってくれて感謝する。おかげでこれまでにない貴重な時間を過ごすことができた」

「良かったです」

「また……私に付き合ってくれるか?」

「もちろんです」

「私もお供いたしますよ」

「うむ」


 プリムは口元に笑みを浮かべた。


「帰ったらまず、母上に今日のことを話してやるのだ。私がいかにして犬を捕まえたのかという冒険譚をな」

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