第33話 姫様を楽しませる
それから何日かは他の仕事をして過ごした。
騎士団の教官をしたり、冒険者として緊急の任務に赴いたり、魔法学園の非常勤講師として授業を執り行ったり。
今日は空いていたので、家庭教師に赴くことに。
……こりゃ当分、休みなしで働くことになるだろうな。まあその分、お金には随分余裕が生まれるとは思うが。
城に向かうと、城門前には大勢の人が集まっていた。
跳ね橋から城の中までずらりと列を成している。
「何かあったのか?」
俺は傍にいた顔見知りの騎士に尋ねた。
「カイゼルさん。お疲れさまです。実はですね……。退屈を持て余した姫様が自分を楽しませた者には褒美を取らせると仰いまして。我こそは姫様を楽しませられる、という者が王都中から集まってきているのです」
「そうだったのか」
道理で珍妙な格好をした者が多いわけだ。
きっと芸人や吟遊詩人だろう。
……あれはサーカス団だろうか?
ピエロや猛獣使いがいて、鎖で繋がれたライオンの姿も見受けられた。
――というか、大丈夫なのか? ライオンなんか連れてきて。姫様の前で暴れでもしたらサーカス団ごと首が飛びかねない。
「けど、あれだけいたら姫様も楽しめるだろう」
「いえ。姫様を楽しませられた者はまだ一人もいませんね。私もチャレンジしたのですが大失敗に終わってしまいました」
「へえ。ちなみに君は何をしたんだ?」
「裸踊りです」
「ええ……」
「姫様はゴミを見るような目をしていました。ただ、女王陛下にはバカ受けしたのでクビにならずに済みましたが」
「…………」
女王陛下、結構そういうの好きなのか。
何だか意外だった。
「カイゼルさんもよければチャレンジしてみてください。上手くいけば莫大な褒美が手に入るでしょうし」
「考えておくよ」
俺は騎士と別れると、城内に踏み込んだ。
プリムに出し物をするために並んでいる列の向こうから、出番の終わった者たちがぞろぞろと出口に向かって歩いてくる。
上手くいかなったのだろう。
皆、肩を落とし、意気消沈としていた。
「あ。パパだ」
その中には愛する娘の姿もあった。
「メリル。お前も来てたのか」
「姫様を楽しませたら、いっぱいご褒美貰えるって聞いたから。ボクちゃん、パパと家族の次にお金が好きだもん♪」
メリルは親指と人差し指で丸を形作る。
現金な娘だ。
「どうだったんだ? 首尾の方は」
「んー。ダメだった。姫様、ぴくりとも笑わなかったよー。住民街の子供たちにはいつもウケるのになー」
メリルは不満そうに唇を尖らせる。
「とっておきのを見せれば良かったかなー。例えば時空間魔術で姫様を飛ばすとか、この城を魔法で木っ端微塵にするとか」
「絶対に止めてくれ!」
出し物のレベルを遙かに超えてしまっている。
もうそれは事件だから。
「パパも姫様に出し物を披露するために来たの?」
「俺は姫様の家庭教師を頼まれてるんだよ」
「ぶー。パパ、最近、外の女の子に構ってばっかり。騎士団の子だったり、冒険者ギルドの金髪の子だったり」
「よく知ってるな」
「ボクはずっとパパのこと、見てるからね♪」
俺はメリルの頭を撫でると、再び歩き出す。
王の間の扉の前に立つ。
「うわああ! 大変だ! 誰か来てくれ!」
重厚な扉の向こうから声がした。
俺は弾かれたように扉を開け放つ。
王の間には先ほど見たサーカス団がいた。
猛獣使いはもちろんのこと、ピエロも化粧の上から分かるほど狼狽していた。
と言うのも――。
ライオンを繋いでいた鎖が外れ、野放しになっていた。
騎士たちが剣や槍を構えて、ライオンを取り囲んでいる。
だが、獰猛な獣を前にした彼らは萎縮しきっていた。
女王陛下はニコニコとしながら、
「あらー。凄いパフォーマンスねえ」
と目の前の状況を上手く理解していない。
「これでようやく少し面白くなってきた」
プリムはにやりと口元を歪めていた。
あまり動揺はしていない。
今の状況をコロシアムのように捉えているのか。
「か、カイゼルさん! 加勢してください!」
「我々だけでは心許なくて!」
「姫様と女王陛下を守るためにもお願いします!」
騎士たちは俺の姿に気づくと、必死の形相で救援要請を送ってきた。するとサーカス団も同じような眼差しを向けてくる。
――戦うために来たわけじゃないが……仕方ないな。
俺は騎士たちの前に立つと、ライオンと相対する。
ぐるる……と唸り声を上げている。
その目には爛々とした敵意の光が宿っていた。
「ガルルッ!」
後ろ足を躍動させ、飛びかかってきた。
俺がひらりと身を躱すと、数瞬前までいた空間を爪が裂いていった。ライオンがこちらに踵を返したところで睨みつける。
「――おとなしくしてろ」
「グガッ……!?」
ライオンの目の中に怯えの光が過ぎった。
この一瞬で、圧倒的な力の差を感じ取ったのだろう。全身に張り詰めていた敵意が穴の空いた風船のように萎む。
俺は萎縮したライオンの元に近づいていくと――。
「お手だ」
「クゥン……」
差し出した右手に、ライオンは左手を乗せた。
「おお! 手懐けた!」
「まるで雨の日の捨て犬のようにしおらしい態度だ」
「よし! 今のうちに首輪と鎖を付け直すんだ!」
ライオンは再び、首輪で繋がれることになった。
もう抵抗するそぶりは見せない。
どうやらこれで解決したようだな。
「女王陛下! 姫様! 大変申し訳ございませんでした!」
サーカス団の面々が一斉に土下座をしていた。
「いえいえ。お気になさらないでください~」
ソニアはにこやかにそう応えていた。
サーカス団の面々はプリムとソニアに繰り返し平謝りをし、許しを貰うと、次に俺の元に近づいてきてこう言った。
「助かったよ。姫様や女王陛下に何かあったら、ここにいた者たちは一族郎党、首が飛ぶことになっていた」
「それは良かった」と俺は言った。
「カイゼルよ。やっと来たのだな。お前が来ない間、退屈で仕方なかった。故にこのような催しを開いたのだ」
プリムは言った。
「しかし、私の心が躍るようなことはなかった。多少、さざ波が立つことはあれど、凪のように静まり返っていた」
「私はとっても楽しめましたよ?」
「母上は笑い上戸だからな」
「うふふ。中でも騎士の方の裸踊りは最高でした。今度、他国との会談の場であの方に裸踊りをして貰おうかしら」
絶対に止めた方がいいと思う。
「カイゼルよ。私はとても退屈なのだ。楽しませてくれ」
「楽しませる……ですか」
俺はしばらく考え込んだ後、答えを出した。
「なら、俺に一つ案があります。催しを開く、ということではありませんが、きっと姫様に楽しんで貰えるかと」
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