第24話 決闘

 俺とノーマンは学園の前にある広場へと赴いた。

 クラスの生徒たちやイレーネが対決を見届けるために周囲に集まる。どちらが勝つのかと賭けをしている者もいた。


「それで? 勝負はどんな方法でするんだ?」

「決闘だ」


 ノーマンは身につけていた手袋を俺に投げつけてきた。


「互いに背中合わせに三歩ずつ歩き、振り返って魔法を放つ。相手に魔法を浴びせた方の勝ちというルールでいかがかな?」

「なるほど。それなら魔法の詠唱速度が早く、威力が高い方が勝つ」

「いかにも。否応ナシに魔法使いとしての実力が炙り出される。マグレで勝つというようなことはありえない」

「よし。だったら、その方法にしよう」


 決闘の方法が決まった。

 生徒たちがひそひそと言葉を交わし合う。


「なあ。どっちが勝つと思う?」

「そうだなあ……。カイゼル先生は教えるのは凄く上手いけど。魔法使いとしての実力はノーマン先生じゃないか?」

「だけど、あのメリルの父親なんだぜ?」

「ねーねー。ボクも賭けに混ぜてよー。ん? どっちに賭けるかって? そんなのパパに全財産に決まってるじゃーん♪」


 メリルがいつの間にか俺が勝つ方に全財産を賭けていた。

 これは負けられなくなった。

 いや、元々そのつもりはなかったけれども。


「くくっ。カイゼル。貴様が調子づいていられるのもこれまでだ。衆目の前で圧倒的な力の差を晒し上げてやろう」


 ノーマンは不敵な笑みを口元に貼り付ける。


「私はこの魔法学園を十二年前に首席で卒業した男。五大魔法のうち、三属性もの魔法を習得している。これは一流の魔法使いの証だ。その魔法を駆使し、学園卒業後は宮廷魔術師として華々しい活躍をした。田舎の三流魔法使いとは経歴が違う。当然、これまで切り抜けてきた修羅場の数も比べものにならない」


 ぺらぺらと自分がいかに凄いのかを語るノーマン。

 俺は思わず苦笑を浮かべてしまった。


「ここは面接会場じゃないんだ。自己PRをされても困る。口を動かすより、勝負に集中した方がいいんじゃないか?」

「ぐっ……! どこまでも生意気な奴め……! いいだろう。私の魔法使いとしての実力を身体に教え込ませてやる!」


 俺とノーマンは互いに歩み寄ると、背中合わせに立った。

 互いに足を一歩踏み出す。

 じり……と靴裏が地面を擦る音がした。

 二歩目。緊張感が高まる。

 そして三歩目――靴裏が付くと同時に両者共に振り返った。

 先に動いたのはノーマンだった。奴は右手を俺に向かって掲げると、魔法を発動する際の詠唱を破棄して発動しようとした。


「ははは! カイゼル! 驚いただろう! これが魔法の詠唱破棄! 一流の魔法使いにのみ使いこなせる高等技術だ! 貴様が魔法を詠唱している間に、私のサンダーアローが貴様の身体を突き刺す! 喰らえっ!」


 ノーマンの傍に魔法陣が現れると、そこから紫電を纏った矢が射出される――より早く魔法陣は火炎の渦に呑まれた。


「っ……!?」


 ノーマンの傍に出現した魔法陣は、跡形もなく消え去っていた。

 俺が放った火魔法――フレイムによって。


「ば、バカな……! 今のは……詠唱破棄だと!? カイゼル。貴様も私と同じ高等技術を有しているのか!?」

「いや、詠唱破棄くらいの芸当、高等技術とは言わないだろ。これくらいは魔法を覚えて一ヶ月もしない内に覚えたぞ?」

「い、一ヶ月だと!?」

「ああ。……何かおかしなことを言ったか?」

「私は詠唱破棄を身につけるために血の滲むような鍛錬を……! はったりだ! こんなのははったりに決まっている!」


 ノーマンは狼狽した様子で叫ぶと――。


「な、ならば! 水魔法だ! 火魔法に強いウォーターショットを使えば、奴の火魔法を無力化できるはずだ!」


 またしても詠唱破棄で水魔法を発動させる。

 ノーマンの肩口に青色の魔法陣が浮かび合った。

 そこから銃弾のように水弾が射出された。

 だが――。

 俺の放ったフレイムがその水弾を打ち消した。


「ぐっ!?」

「凄い……! 相性が悪いはずの水魔法を打ち消してしまうなんて……! 相当の威力差があるからこその芸当……!」


 イレーネがメガネの奥の目を見開いていた。


「ノーマン。もう終わりか?」


 俺はノーマンに向かって問いかける。


「せっかくだ。ご自慢の魔法とやらを見せてくれよ。――もっとも、詠唱速度や威力共に俺が上回っているから、勝ち目はないが」


 ノーマンもそのことは理解していたのか、その場に膝をついた。戦意を失ったかのようにがくりと頭を垂れた。


「なぜだ……! 貴様は田舎の三流魔法使いのはずだ……! なのにどうしてこれほどの魔法を使えるんだ……!」

「一応、田舎にいた頃に師匠に色々と教えて貰ったからな」

「……師匠?」

「ああ。エトラっていう魔法使いだ」

「エトラ!? エトラだと!?」

「知ってるのか?」

「知ってるも何も、彼女は王都の歴史に名を残すほどの魔法使い……。メリルと同じ賢者の名を冠する者だぞ!?」

「やっぱり、有名なんだな」

「彼女は才能のない者に掛ける時間が勿体ないからと弟子を取らなかった。だが、貴様は彼女に師事したというのか……」

「勝負あったようですね」


 イレーネがメガネの蔓を押し上げて言った。


「カイゼルさんの勝ちです」

「パパ。格好よかったね~♪」


 メリルは俺の元に駆け寄ってくると、腕にぎゅっと抱きついてきた。


「だけど、どうして手加減してたの?」

「て、手加減だと!?」とノーマンが声を荒げた。

「まあ。本気で撃ったら、殺めてしまうかもしれないからな。だいたい三分くらいの力にしておいたんだよ」

「……私の完敗だ。教え方も、魔法使いとしての力量も違いすぎる。どうやら貴様は本物の魔法使いのようだ」


 その後――。

 ノーマンは俺が出勤している際は、授業の講師を譲ることになった。

 そして彼やイレーネは生徒たちと共に俺の授業を受けるようになった。俺の授業の評判を聞いた他のクラスの生徒もやってくる。

 その盛況ぶりは立ち見が出るほどあった。

 全てが丸く収まったかのように思えたが――。


「パパの凄さが皆に知れ渡ったのは嬉しいけど。そのせいでボクがパパとラブラブになる時間が減っちゃったなあ」


 メリルだけはほっぺたを膨らませて不満そうだった。

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