第23話 人望の差

 また別の日の授業。

 俺はノーマンに連れられて教室へとやってきた。

 すると、生徒たちが口々に声を掛けてくる。


「カイゼル先生。昨日は分からないところを教えてくれてありがとう! おかげでちゃんと理解できたよ!」

「先生が教えてくれた火魔法、オヤジに見せたらびっくりしてたよ。家の跡継ぎはお前にしようかなって言われてさ。今まで偉そうにしてた長男が悔しそうにしててさあ。ざまあみろって感じだったぜ」

「あたしもカイゼル先生に水魔法のコツを教えて貰ってから、ウォータースプラッシュを安定して放てるようになったの!」


 最初の日以降、俺は授業を受け持つことはなかった。代わりに休み時間や放課後に生徒の質問を受け付けていた。


「おい! 休み時間は終わったんだ! 静かにしろッ!!」


 ノーマンは苛立たしげに教卓を叩いた。

 しん……と教室内が静まり返る。

 ノーマンはこほんと咳払いをすると言った。


「では、授業を始めるぞ」

「えー。ノーマン先生かー……」

「カイゼル先生の授業の方が分かりやすいし、楽しいんだけどなあ」

「後でまた質問しにいこうっと」

「き、貴様らァッ……!」


 ノーマンは生徒たちの様子を見てわなわなと奮えていた。手に握りしめていた木の指示棒がぺきりとひしゃげる。


「ま、まあまあ。皆、悪気はないでしょうし」


 俺はどうにか宥めようとする。


「悪気がない方が問題だろうがッ!」


 ノーマンは叫ぶと、ぎろりと敵意の篭もった睨みを効かしてきた。


「カイゼル。確かに貴様は多少は教えることに長けているのかもしれない。だが、調子に乗るんじゃないぞ。魔法使いとしては俺の方がずっと上だ。魔法学園を卒業した俺がお前のような田舎の魔法使いに劣るわけがない」


 ……うわあ。

 めちゃくちゃ敵意を抱かれてしまっていた。

 

 ☆

 

 授業が終わった後、生徒たちが俺の元に駆け寄ってきた。

 次々と質問を投げかけてくる。


「カイゼル先生。魔法の詠唱法についてなんだけど……」

「フレイムランスの魔法構文なんだけど。改良できそうな部分があってさ。先生の意見を聞いてみたいんだけど」

「カイゼル先生ってどこで魔法を学んだんですか?」

「パパー。皆ばっかりに構ってないで、もっとボクに構ってよぉ~。二人っきりでイチャイチャしないと死んじゃう~」

「おいおい。そう一気に来られても対応できないぞ」


 学習意欲があるのは大変良いことだ。

 しかし、俺は一人しかいないから、同時に何人もの相手は出来ない。どう考えても需要と供給が釣り合っていない。


「仕方ない。私が代わりに聴いてやろう」


 ノーマンが片メガネを指で押し上げながら言った。


「「………」」


 生徒たちは互いに顔を見合わせると、


「「いやー。大丈夫です」」


 と示し合わせたように断った。


「おいッ! なぜだッ!」

「だってノーマン先生、俺たちに厳しいし。質問に行ったら『全く。こんなことも分からないのか』って見下してくるし」

「いちいち上から目線だしね」

「説明も分かりにくいんだよなあ」

「その点、カイゼル先生は俺たちを見下すようなことはしないし、教え方も分かりやすいからいいよなあ」

「ぐうっ……!」


 ノーマンは目を剥き、ぎりぎりと歯噛みをしていた。


「あら。随分と賑やかなようですね」


 次の授業を担当するイレーネが教室に入ってきて言った。彼女は髪を一纏めにした知的な美人メガネ教師である。


「イレーネ先生。これはこれは今日もお目麗しい」


ノーマンはイレーネを見ると、表情を繕って恭しく礼をした。

 歯の浮くような台詞を付け加えて。


「どうですか? 今夜、いっしょにお食事でも。私が魔法学園で首席になった時の話でも聴かせてあげますよ」

「ごめんなさい。遠慮しておきます」


 イレーネはあっさりとノーマンの誘いを断ると――。


「カイゼル先生。大人気じゃありませんか」

「そうですかね?」

「ええ。学園内で噂になっていますよ。カイゼル先生の教え方は上手だと。今度私もぜひ授業を見学させて貰いたいです」

「どうぞどうぞ」と俺は応える。

「そうだ。カイゼル先生。その内、お食事でもどうですか? 講師同士、一度詳しくお話をしてみたいので」

「なっ……!?」


 と呻いたのはノーマンだ。


「な、なぜです! こんな田舎の三流魔法使いと! こんな男と話しても、何一つ得るものはありませんよ!」

「そうでしょうか? ノーマン先生の自慢話を聞かされるより、よほど有意義な時間を過ごせると思いますが」


 イレーネは冷淡にノーマンの言葉を切り捨てると――。


「カイゼル先生。どうでしょうか?」

「娘たちの夕食を作った後なら」

「ふふっ。楽しみにしています」

「ぐうっ……!」


 ノーマンは俺とイレーネが談笑する様を見て呻き声を漏らしていた。今にも血管が切れそうなほどの怒りを滾らせている。

 そしてとうとう我慢出来なくなったのか――。


「カイゼルッ!! 私と勝負しろッ!」


 人目も憚らずに大声で叫んだ。


「――はい? 勝負?」

「貴様、ちょっと教え方が上手いからとチヤホヤされおって! 魔法使いとしてどちらが格上なのか教えてやる!」

「別にそんなことをしなくとも……。ノーマン先生が上ということで良いですよ。俺は格とか気にしませんし」

「ダメだッ! お前が気にしなくとも、私が気にするんだ! 周りの者たちにもはっきりと分からせてやらねばならない!」


 ノーマンは完全に頭に血が昇っているようだ。

 魔法学園の卒業生でもない、ぽっと出の非常勤講師である俺に、生徒やイレーネの関心が向くのが耐えられないのだろう。


「あの。カイゼル先生。受けてあげてくれませんか?」


 イレーネが言った。


「一度、実際にどちらが上なのか白黒はっきりつければ、このような不毛な争いをせずに済むでしょうから」


 なるほど。

 それもそうかもしれない。


「ボク。パパの魔法を久しぶりに見たーい♪」


 メリルが腕に抱きついておねだりをしてくる。

 ……娘にそう言われると弱ってしまう。


「分かった。勝負を受けよう」

「ふん。そうこなくては。カイゼル。調子づいていられるのは今だけだ。圧倒的な格の差というものを見せてやる」

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