第14話 家族団らん

 アンナを迎えに行った後、自宅へと戻ってきた。

 貴族街と住宅街の空き家に内見に行き、結局住宅街に住むことにしたという話をアンナにすると彼女はくすりと笑った。


「ふふ。パパらしいわね」


 そうだろうか?


「私も住宅街に住む方がいいわ。貴族街だと息が詰まりそうだもの。職場以外で面倒な人と関わりたくないし」

「アンナはこれまでどこに住んでたんだ?」

「私は冒険者ギルドの傍のアパートを借りてたの。でも、パパたちと住むって決めてからはすぐに引き払ったけど」

「悪いな。ちょっと職場までの距離が遠くなって」

「ううん。気にしないで。それにパパが毎日送り迎えしてくれるんだもの。夜道だろうが全然怖くないわ」

「え? 送り迎えを? 俺が?」

「ふふ。冗談よ。メリルじゃないんだから」


 アンナはいたずらっぽく微笑む。

 村を出る前よりもぐっと大人っぽくなった。

 俺たちが家に戻ると、エルザやメリルが出迎えてくれた。

 家族が一堂に会する。

 それは実に四年ぶりのことだった。


「パパ。ボクちゃん、お腹ぺこぺこ~」

「すぐご飯にするからな」


 俺は新しい台所で夕食の支度に取りかかる。


「父上。手伝いましょうか」

「エルザ。気にするな。仕事で疲れたろう。ゆっくり休んでるといい。お前の好きな兎肉のシチューにしてやるからな」

「う、兎肉のシチュー……!」

「ねえ。パパ。パイもあるわよね?」

「ああ。もちろんだ」


 兎肉のシチュー。ミートパイ。

 オートミールに白身魚のムニエル。

 それに村で取れた野菜のサラダ。

 娘たちの大好物ばかりが食卓に並んだ。


「よし。出来たぞ」

「凄く美味しそうですね……!」

「一人暮らしだと、どうしても食事が簡素なものになるから。こんなにちゃんとした料理を食べるのは久しぶりね」

「わーい。パパの手料理だー♪」


 娘たちも喜んでくれているようだ。


「「いただきます」」


 俺たちは手を合わせると、夕食を食べ始めた。


「やっぱり父上の作る兎肉のシチューは最高です……! これを食べると、他の料理では満足できなくなります」

「仕事が終わったら、家にパパの作った美味しい料理が用意してあって……。ダメ人間になっちゃいそうね」

「ボクは元々ダメ人間だからセーフ♪」 


 賑やかな食卓だ。

 娘たちが村を出てからは、普段、一人で食事を取ることが多かった。やはり食事は大勢で摂った方が楽しい。

 そのことを改めて実感する。

 食事を終えた頃、エルザがふと切り出した。


「父上は明日からどうなさるのですか?」

「そうだな……。取りあえずは職探しだな」

「えーっ。パパ、働いちゃうの!? 別に働かなくてもいいのにぃー。エルザとアンナのお金で食べていけるよ?」

「メリル。あなたは含まれてないのね」

「だってボク、働いてないもーん♪」


 俺は苦笑を浮かべると、


「働くさ。娘に食わせて貰うわけにはいかないからな。ツテこそないが、どうにか就職先を見つけてみせるさ」


 王都での職歴がない三十代は、選べる職は限られている。

 くず鉄拾いか、肉体労働か……。

 どちらにせよ娘たちを食わせるためなら何だってやる。

 泥水を啜ることも厭わない。

 父親として、それくらいの覚悟は出来ていた。


「あの。父上。そのことなのですが」

「ん? どうした。エルザ」

「騎士団の皆から、ぜひ父上に剣の稽古をつけて欲しい、という要望がありまして。騎士団の教官になって欲しいと」

「ええ? そりゃまた、どうして俺に白羽の矢が」

「決まってるでしょ。パパが凄腕の剣士だからよ」


 アンナが俺の疑問に答えるように言った。


「エルザは再三、父上に剣の全てを教えて貰った、未だに私は父上に一撃も当てられないって喧伝しているもの。言わばパパは剣聖の生みの親。そりゃ騎士団の人たちからすると指導して貰いたくもなるわよね」

「ははあ」


 エルザはそんなふうに俺のことを話していたのか。

 彼女はSランク冒険者であり、最年少で騎士団長に上り詰めた傑物。周囲からは剣聖と称されるほどの剣士だ。

 そんなエルザに剣を教えたということで、俺が持て囃されているのだろう。一撃も剣を当てられなかったという逸話も込みで。


「だけど、パパには私の仕事のお手伝いもして欲しいのよね」

「手伝いっていうと……ギルドのか?」

「ええ。冒険者としてね。今、依頼が立て込んでるんだけど、人手不足で高ランクの任務をこなせる人がいないのよね。ほら、パパはAランク冒険者じゃない? だから依頼をこなしてくれたら助かるんだけど」

「そうは言われても……。俺には十八年のブランクがあるんだぞ?」

「平気よ。さっき、冒険者ギルドでBランク冒険者を力で圧倒してたじゃない。パパはまだまだ現役で行けるわ」

「無茶を言ってくれるなあ」

「私はギルドマスターになってから数多くの冒険者を見てきたけど、パパよりも腕の立つ人は見たことがないわ」


 アンナは手を合わせると、ぱちりとウインクをした。


「ねっ? お願い!」

「……分かった。俺が協力できる範囲でなら」

「ふふ。ありがと」

「えーっ。ダメだよ。パパはボクといっしょに大道芸をするんだから。二人でメリル一座を立ち上げてボロ儲けするの!」

「ええっ!?」

「メリル。その前にあなたはちゃんと学校に行きなさい。あんまりサボってると退学処分になっちゃうわよ」

「へーきへーき。ボクちゃん、特待生だし。魔法の発明もいっぱいしてるし。退学処分にはならないもーん」


 メリルはそう言うと、俺の腕に抱きついてきた。


「だからパパ、いっしょにいよ?」

「はは……」


 俺はメリルに言い寄られて苦笑いを浮かべた。

 王都に来た初日。

 職探しは困難を極めるかと思っていたが、娘たちや王都の人たちに頼まれて、明日から早速忙しくなりそうだ。

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