第37話 馬車に乗る

 エルザとメリルを連れて冒険者ギルドへと向かった。

 アンナにこの二人が付いてきてくれることになったと告げると、アンナは呆れたように我が家の長女と三女を見やった。


「あなたたちねえ……。騎士団長と魔法学園の首席でしょう? なのに一銭にもならない調査によく参加したわね」

「他ならぬ父上の要請ですから。当然です」

「そうだよー。それにエルザとアンナだけパパといっしょなんて許せないー。ボクちゃんも混ぜてくれないと!」

「まあ。あなたたちの実力が申し分ないことは誰よりも知ってるし。パパと同行すること自体に異論はないけど。現時点で考えられる最強のパーティだし。パパにエルザとメリルが加勢すれば鬼に金棒だもの。ただ……」

「ただ?」

「王都の最高戦力が揃ったパーティだから、私たちが不在の間、王都の戦力は随分手薄になっちゃうわね」

「問題ないだろう。二、三日空けるだけだ。それに騎士団や魔法学園の生徒、冒険者たちがいればどうにかなる」

「んー。それもそうね。最悪、私たちが帰ってくるまで持ちこたえることができれば、後は解決できるだろうし」


 俺たちは王都の大通りへと向かった。

 馬車が停まっている。

 人を運搬するための馬車を探し、御者に声を掛けた。


「どこまで行くんだ?」

「ドゥエゴ火山まで頼むよ」


 行き先を告げると、御者の表情が曇った。


「ドゥエゴ火山か……。今、あの辺りは魔物が活発になってるからな。護衛なしに馬車を出すのは危険だよ――」

「大丈夫です。私と父上は冒険者ですから。それなりに腕が立ちます」


 御者はそこで俺たちに目を凝らした。はっとしたように目を見開く。


「あ、あんたは騎士団長のエルザ!? それにギルドマスターのアンナに、賢者のメリルもいるじゃねえか!?」


 娘たちはいずれも王都の有名人だ。

 頻繁に王都に出入りする御者であれば、噂を耳にしたことがあるだろう。


「いやあ。あんたたちが乗るのなら、護衛なんて不要だな。例えドラゴンが襲って来ようと何とかできそうだ」


 御者はさっきとは態度を一変させていた。

 へらへらとした笑みを浮かべながら、揉み手をしてすり寄ってくる。


「それに騎士団長やギルドマスター、賢者を乗せたとなると、この馬車の価値が上がって繁盛するかもしれねえ。こりゃあ商機だぜ」

「結局、乗せて貰えるのか?」と俺は尋ねる。

「もちろんだ。あんたたちの実力なら申し分ない。運んでやろうじゃないか。ただ、料金は割高になっちまうがな」

「えー。ぼったくりだー」


 メリルが不満そうに唇を尖らせる。


「いくらあんた方の腕が立つとは言え、危険な旅になるのは変わらないからな。あっしとしてもそれなりの対価は貰わないと」

「じゃあ、おじさんは来なくていいから。馬と馬車だけ貸して♪ ボクちゃんたちが運転して勝手に行くから♪」

「あんた、馬のことを舐めてるな? そう簡単に乗りこなせるものじゃない。それなりに技術が必要とされるんだ」

「別に問題ないんじゃない? エルザは騎士団で馬術の鍛錬をしてるし、パパも馬の操縦くらいは出来るでしょ?」とアンナが言った。

「まあ。それくらいなら」

「いいや。ムリだな。絶対にムリだ」


 御者の男は頑なにムリを強調した。


「うちの愛馬、キャサリンはじゃじゃ馬だからな。あっし以外の人間に乗りこなすなんてのは絶対に不可能だ。ムリに乗ろうとすると立ちどころに暴れ出す。後ろ足で蹴られようものなら内臓が破裂して死に至ることもあり得る」

「いや、そんな馬、場所に起用したらダメでしょ」


 アンナがもっともなツッコミを入れた。


「キャサリンは人間を格付けして、適した人間しか操縦を許さない。あっし以外の人間が近寄ろうものなら途端に暴れ出すだろうよ」

「そうですか? 私に懐いているように思えますが」


 見ると、エルザは馬車の馬――キャサリンのたてがみを撫でていた。キャサリンは心地よさそうに目を細めている。

 暴れるどころか、すっかり懐いていた。


「な、何ィ――――ッ!?」


 御者の男は驚愕の声を上げた。


「キャサリンがあっし以外の人間に懐いているだって……!? エルザ騎士団長の人間としての格にひれ伏したのか……?」

「よければ、父上もぜひ撫でてあげてください」

「馬に接するのは久しぶりだな」


 俺はキャサリンの元へと歩いて行く。目が遭った。

 すると――。


「――っ!」


 キャサリンは怯えたように体躯を震わせると、その場に座り込んだ。

 粛々とした様子で俺に頭を差し出してくる。


「ひ、跪いただとォ――!?」

「素直で可愛らしい馬じゃないか」


 俺はキャサリンのたてがみを優しく撫でてやる。


「ほらね。エルザとパパだったら問題ないでしょ。私たち、勝手に行くから。おじさんは王都で待っていて貰える?」

「そうはいくか! これはあっしの馬なんだ!」

「なんでこのおじさん、こんなに必死なの?」

「要はお金が欲しいんでしょ」

「ほえー。ボクと同じで俗物なんだねぇ」

「この馬の所有者はこの方なんだ。付いてきて貰った方がいい。馬に何かあった時に責任を取れないというのもあるし」


 俺はそう言うと、


「これでドゥエゴ火山までお願いできるか」


 御者の男に麻袋を渡した。

 その中身を見た御者の男は目の色を変えた。


「そ、相場の十倍の金……!? こんなにいいんですか!?」

「危険な旅になるのは間違いないから。ほんの気持ちだよ」

「旦那! 一生ついていきます!」


 旦那って……。

 この御者、中々に現金な人間らしい。

 とにかく、これで出発することが出来るようになった。

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