第18話 講師になるための試験
イレーネに連れられて、魔法学園へとやってきた。
メリルもいっしょに付いてきた。
「パパが行くなら、ボクも行くー♪」ということらしい。
やはりというか、俺がいるなら学園にも通えるらしい。
魔法学園は王都の中心部にあった。
広大な敷地内に、立派な校舎が建っている。
豪奢な彫刻の施された門を潜ると、学園内へと足を踏み入れた。
校舎内の教室では授業が行われていた。
本校舎の四階にある校長室の前に辿り着く。
イレーネが扉を二回ノックした後、両開きの扉を開いた。
室内は落ち着いたデザイン。
応接用のテーブルが手前にあり、奥には仕事用の長机が置いてある。その長机の椅子に小さな女の子が座っていた。
棒付きの飴を咥えながら、ふんぞり返っている。
明らかに見た目は十歳ほどの幼女だが……。
「彼女は我が学園の学園長、マリリンさんです」
イレーネ曰く、学園長ということらしい。
本当に幼女なのか、それとも魔法の力でその姿を保っているのか。
腕のある魔法使いの中には、そういう芸当が出来る者もいる。
恐らく、学園長もその類なのだろう。
……本当に幼女なら、それはそれで驚きなのだが。
「イレーネ。そやつは?」
「メリルさんのお父様――カイゼルさんです。メリルさんを学園に通わせるために、学園の非常勤講師になって貰おうと。私の一存で決めることはできないので、学園長の許可を得ようと思い同行して頂きました」
「ふうむ……」
学園長――マリリンがじろじろと俺のことを眺め回す。
「実はカイゼルさんの魔力量を計測したのですが、私や他の講師陣を凌ぐほどの魔力量を有しているようでして……」
「こやつが只者でないことはすぐに分かったわい。イレーネが儂を学園長だと紹介してもさほど驚くことはなかった。大したものじゃ。並みの人間であれば、こ、この幼女が学園長ですかあ!? みたいなしょーもないリアクションをするものじゃからな。自分の認識に枷を設けていないのは一流の証拠じゃ」
マリリンはにやりと笑うと口を開いた。
「お前。学園の講師になるそうじゃな」
「ええ、まあ」
「魔法はどの程度使える? 五大魔法は? 火・水・風・土・雷属性の内いくつの魔法を習得している?」
「五大魔法は一応、全て習得しています」
「なっ――!?」
イレーネはメガネの奥の目を見開いた。
「一つ習得していっぱしの魔法使い、三つ習得して一流の魔法使いと称される中で、五大魔法の全てを……!?」
「ボクに魔法を教えてくれたのはパパだからねー♪」と俺の腕に抱きついていたメリルが誇らしげに言葉を紡いだ。
「この学園始まって以来の天才であるメリルさんに魔法を教えた……? カイゼルさんはそれほどの使い手……!?」
イレーネは狼狽を隠しきれないように言った。
「しかし、風の噂では、あの騎士団長エルザさんに剣を教え込んだのも、カイゼルさんだとお聞きしましたが……?」
「そうだよ♪ パパはボクに魔法を教えてくれて、エルザに剣を教えてたの。パパは剣も魔法も出来るんだよ~」
「二人の天才を生み出したというのですか……!」
「なるほど。講師になる素養は十二分にあるということじゃな。すでに二人の育成に成功しているのだから」
マリリンは口元に薄笑みを滲ませる。
「――せっかくじゃ。お主の魔法を儂たちに見せてくれるかの。演習場なら、強大な魔法にも耐えられる仕様になっておる」
「分かりました」
☆
俺たちは演習場へとやってきた。
俺の目の前には――デコイのような的が立っていた。
魔法を吸収し、その威力を数値化することが出来るらしい。
マリリンは腕組みしたまま俺に言った。
「五大魔法をただ見るだけではつまらん。何か応用魔法を見せてくれ。お主の一番自信のあるものをよろしく頼む」
「一番、自信のあるものですか……」
さて。どうしたものか。
「パパ~ 頑張れ~♪」
「賢者――メリルさんに魔法を教え込んだ方の魔法。このイレーネ。あなたの魔法を見て勉強させて頂きます!」
メリルとイレーネが俺のことを見守る。
よし。これにしよう。
俺は披露する魔法を決めると、的の正面に向き合った。
相手は的なので動くことはない。なので、普段なら無詠唱で放つところが、より威力を高めるために詠唱をする。
「灼熱の業火たる焔よ、我が手に集い、全てを滅ぼせ!」
右手を的に向けて掲げる。
「アブソリュート・バースト!」
その瞬間――集約された焔が大爆発を起こした。
的の周りの地面がクレーター状に大きくえぐり取られる。砂煙が晴れた時、さっきまではあった的が消滅していた。
「なっ……!?」
イレーネが驚愕の面持ちを浮かべた。
「ほう。的ごと吹き飛ばしてしもうたか」
マリリンは不敵な笑みを浮かべた。
「それも今のは爆裂魔法――火魔法の応用じゃな。大したものじゃ。講師のレベルを遙かに超えておる」
「パパは合格?」とメリルが尋ねた。
「もちろん。非常勤講師どころか、講師になって欲しいレベルじゃ。カイゼルよ。今、他の仕事は何を?」
「騎士団の教官と冒険者です」
「ほう。騎士団の教官か。いくら貰っておる?」
「えっ?」
「謝礼じゃよ。謝礼。うちの学園はその三倍を出そう」
「さ、三倍ですか!?」
「優秀な人材を確保するためには金は惜しまん。お主ほどの逸材、騎士団の連中にくれてやるには勿体ないでな」
マリリンは俺のことを買ってくれているようだった。
結局、常勤ではなく、非常勤講師になることにした。
週に二日か三日の勤務。
それでも報酬額は破格のものだった。
下手すれば常勤の講師よりも貰っているのではないか。
もし常勤講師になっていたら、三ヶ月で家が建つレベル。
なのに非常勤を選んだのは、娘たちのことがあるからだ。
俺が常勤講師を断った時、マリリン学園長に理由を訊かれた。
報酬面で不満があるなら言い値で雇おうとも。
「お金の問題じゃないんです。これは俺の信念の問題です」
俺はマリリンに向かってそう答えた。
エルザに頼まれた騎士団の指導をないがしろにするのは出来ない。
それに冒険者としても動けるだけの時間の余裕は確保しておかないと。アンナの仕事の手助けをすることも出来なくなる。
「なるほど。ますます気に入ったわい」
俺の返答を聞いたマリリンは、口元の笑みを深めた。
そしてそれ以上、引き留められるようなことはなかった。
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