第17話 魔法学園からの誘い
俺たち家族の朝は、王都の一般的な人よりも早い。
まず娘たちの中で一番最初に目覚めるのはエルザだ。
まだ日が昇りきらない、夜の残滓が残った頃に布団から起きてくる。
彼女の朝の鍛錬を日課としている。村にいた頃から一日も欠かしたことはない。それが今の強さを支えているのだろう。
次に目が覚めるのはアンナだ。
彼女は朝食までの間、王都の新聞全紙を読み込んでいる。
ギルドマスターとして世の中の動きに目を配る必要があるのだろう。日頃の努力が彼女の今の地位を築き上げたのだ。
ちなみに俺はと言うと――。
娘たちよりも前に起きている。朝食の支度があるからだ。娘たちが今日も一日、元気に活動できるように腕によりを掛ける。
そして、最後に起きるのはメリルである。
エルザが日が昇る前、アンナが日が昇ると同時に目覚めるとするなら、メリルは日が昇りきった後も未だ布団の中だ。
エルザとアンナが出勤した後、俺はメリルの布団に向かう。
「メリル。そろそろ起きろよ」
「んにゃ~。もうちょっと……。後十分だけ~」
「その問答、二時間前から繰り返してるんだが……。朝食も作ってあるんだ。早く起きて食べないと冷めちゃうぞ」
「パパ。ボク、口を開けてるから食べさせて♪」
「おいおい……」
俺はメリル専属の世話係じゃないんだから……。
いや、実質そんな感じだけれども。
「このままだと、魔法学園に遅刻するぞ」
「今日は良いお天気だからお休みする~」
「なら、雨の日なら行くのか?」
「雨の日は濡れて風邪引いちゃうからお休みする。雨にも負ける。風にも負ける。そんな人にボクちゃんはなりたい……」
「結局、どの日も行かないじゃないか!」
はあ、と俺が溜息をついていた時だ。
コンコン。
玄関の扉がノックされる音が響いた。
「はい?」
扉を開けると、玄関先には大人の女性が立っていた。
結った髪を纏めたメガネのクール美人。
制服姿に身を包んでいる。
何やら生真面目な雰囲気を醸し出していた。
「えーっと。あなたは……?」
「初めまして。私、イレーネと申します。魔法学園の講師を務めています。こちらメリルさんのお宅で間違いないですか?」
「はい。メリルは俺の娘です」
「というと……」
「俺はメリルの父親です。カイゼルと言います」
「そうでしたか。見た目がお若いから、お兄さんかと思いました。カイゼルさん。お噂はかねてより聞いておりましたよ」
「噂……ですか?」
「はい。メリルさんがよく話しておりました。大好きなパパがいると。将来は絶対にパパと結婚するんだと言っていました」
「はは……」
メリルの奴、そんなことを吹聴していたのか。
気恥ずかしくなる。
「それでイレーネさんはどうしてうちに?」
「サボり魔のメリルさんを迎えに参りました」
「そういうことでしたか」
俺は得心すると、室内の方を振り返って呼びかけた。
「メリル。魔法学園の先生が迎えに来てるぞ」
「ボクはいないって言ってー」
「聞こえていましたよ、メリルさん」
「うひゃあ!? びっくりしたぁ」
いつの間にか枕元に立っていたイレーネに、メリルは驚き跳ね起きた。
よれたパジャマからは肩が覗いていた。
「さあ、学園に行きましょう。特待生であるあなたには登校する義務があります。行くというまでは帰りません」
「いーやーだ! ボクは学園には行かないもんねー」
「なぜですか?」
「せっかくパパといっしょに暮らせるようになったんだもん。学園に行ったら離れ離れになっちゃうからね」
メリルは俺の傍に来ると、腕にぎゅっと抱きついてきた。
「とんだファザコン娘ですね」
イレーネさんは呆れたようにメガネの蔓を持ち上げた。
親の俺としては、すみませんと平謝りをする他なかった。
イレーネさんはしばらく顎に手を当てて考え込んでいた。
そして、ふと何かを思いついたかのように言った。
「では、こうしましょう」
「ん?」
「メリルさんはお父様と離れ離れになるのが嫌なんでしょう。なら、お父様が学園にいれば登校するのですね?」
「「えっ?」」
俺とメリルは揃って声を漏らした。
「イレーネさん。いったいどういう……」
「カイゼルさん。魔法学園の講師になってくださりませんか? そうすればメリルさんも学園に通うと思うので」
「こ、講師ですか?」
「もちろん。相応の給与はお支払いいたします。魔法の腕は問いません。最低限、魔法を行使さえできれば大丈夫です」
「一応、魔法の心得自体はありますが」
「では、問題ありませんね。カイゼルさんは今、お仕事は何を?」
「定職にはついていませんが……。騎士団の教官と、冒険者を少々」
「なるほど。でしたら、非常勤講師という形で勤務をお願いします。それなら他のお仕事と両立できるでしょうし」
イレーネはそう言うと、
「どうでしょう? 受けて頂けますか?」
「うーん……」
「パパが講師になるの? だったら、学園でもイチャイチャできるね! それならボクも学園に通っちゃう♪」
メリルは弾んだような声でそう言ってきた。
「メリルがこう言ってますし、この仕事、受けさせて貰います」
それでメリルも学園にちゃんと通うのなら。
「ご協力して頂いて助かります。講師業ですが、基本的には常任の講師の傍にいてくだされば問題ありません。ただ、魔法学園ですから。魔力を持たない者が長時間いると、体調に異変を来してしまう場合があります。なので、カイゼルさんが魔力をお持ちかどうかはチェックさせてください」
「分かりました」
「では、この水晶に手を触れてくださいますか? 魔力を持つ者であれば、その魔力量に応じて光ります」
イレーネは取り出した水晶玉を、俺の前に差し出してきた。
俺は水晶玉に両手で触れた。水晶玉は魔力を感知して光を放ち出す。中心に生まれた光は瞬く間に玉全体に広がった。
「な、何という光の強さ……! 信じられない! この魔力量は――私や他の講師たちを遙かに凌いでいる……!?」
イレーネは信じられないものを見る表情をしていた。
「カイゼルさん! 至急、学園までご同行願えますか!? あなたのことを、一度学園長に紹介しておきたいので!」
「え? あ、はい」
俺は急遽、魔法学園に向かうこととなった。
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