第7話 連れて行く

 あれから数時間。辺りはすっかり夜になっていた。日野は借りている部屋のベッドに横になっているが、なかなか寝付けない。


「やっぱ、夜の病院怖い」


 比較的身体は丈夫なほうだったため、入院する機会などそうそうなかった。まして、怪我や病気でもないのに病院に泊まるというのは初めてだった。


 シンとした病室内がやけに広く感じる。窓や扉を見ると不気味で怖さが増すため、布団を被って視界を遮った。


 しかし、それもそれで布団の上に霊が乗ってきたらどうしようなどと考えてしまい、目が冴え渡っていた。無理矢理にでも眠ってしまおうと瞼を閉じる。


 しばらくすると次第に呼吸は深くなり、日野はゆっくりと眠りについた。





 深夜の病院内。真っ暗な一階廊下の奥の厨房から、微かに明かりが漏れていた。


「グレン。日野さんの話、聞きましたか?」

「ああ、ある程度はな」

「ハルは?」

「あいつは寝てたから聞いてねぇよ」


 ホッとしたように微笑むと、グラスにお酒を注ぐ。蝋燭の柔らかい光で辺りを照らしながら、グレンとアイザックは酒を酌み交わしていた。


「あいつが本当に青い本の力で異世界から来たのなら、また何かが起こるかもな。どう思う?」

「どうでしょうね。日野さんって出会った時から無表情というか。驚いたり悲しんだり、そういう表情の変化は多少ありますが……笑わない。似てるんです。初めて出会った頃の"とき"に」


 グラスを回し、カラカラと氷の音を立てながら、アイザックは悲しそうな顔をした。


「そうか? 割と頻繁にニヤついてるけどな、あいつ」

「グレンはそういう小さな変化にもよく気付きますよね」


 医師の自分でさえ気がつかない表情の微妙な変化に、グレンはよく気付く。凄いなあ、と言いながら、アイザックはクスクスと小さく笑った。


「これからどうすべきか。異世界から来た人間は、おそらく数年で力に目覚めます。全てを破壊し尽くす強大な力。まあ、前例は一人しかいませんけど」

「あの殺人鬼みたいになるとは限らないだろ。しかし、街に置いておくのも厄介だな」


 グレンは腕を組み、考え込むように頭を下げた。アイザックも、テーブルに肘をつき俯いている。しばらく、そんな静かな時間が流れた。


「連れて行く」

「え?」


 静かな空間に、グレンの声が低く響いた。


「今は殺人鬼の居場所も分からない。だが、あいつが青い本の関係者とすれば、殺人鬼を見つけて抑え込む方法の手掛かりになるかもしれないからな」

「で、でも日野さんの意思も聞かずに決めるのは……」

「知らん。決めた。もう寝る」


 ガタッと音を立てながら立ち上がると、グレンは欠伸をしながら厨房を出て行った。


 その後ろ姿を黙ったまま見送ると、アイザックはやれやれと困ったように微笑んだ。


 欠けた月が照らす夜。不穏な未来を予兆するかのように、雲が月を覆い隠し、辺りはより一層黒に染まっていった。

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