第17話 お前、飯なんて作れるのか?
新しい街の入り口。日野は腕につけている時計を確認した。時刻は十八時を過ぎていた。
小さな街だったが、少し歩くと宿屋も見つかった。三人はそのまま宿屋へ入り、グレンが受付に声をかけた。
「二部屋空いてるか?」
「申し訳ありません。本日は予約が多くて、三人部屋でしたらひとつ空いておりますが……」
「それでいい」
「……ショウちゃん大丈夫?」
「あ、うん。私は平気だよ」
グレンが日野だけ部屋を別にしようとしたが、この街は、アイザックのいる街と次に向かう大きな街のちょうど真ん中に位置する。
そのため、宿泊客がわりと多かった。他の宿屋も既に埋まっているらしい。
三人は受付を済ませると、借りた部屋へ荷物を置きに向かった。
「疲れたー」
そう言って、部屋に入るなりハルがベッドへダイブした。
ベッドが三つに大きめのテーブルと小さなキッチンが付いていて、お風呂もある。快適そうな部屋だった。
日野とグレンがテーブルにリュックを置くと、ベッドに寝転がったまま、ハルが二人に尋ねた。
「今日、ご飯どうするの?」
缶詰めは嫌だなー、とハルはベッドの上で左右にゴロゴロと転がった。
その様子を見て、日野はふと思った。
二人にはお世話になりっぱなしで迷惑ばかりかけてしまっている。自分も何か二人に喜んでもらえるようなことが出来ないだろうか。
「私、ご飯作るよ」
「ほんと!?」
「……お前飯なんて作れるのか?」
日野の言葉にハルはわいわいと喜んでいるが、グレンは怪しむように日野を見ていた。
しかし、彼はポケットから財布を取り出すと、お金を手渡してくれた。
「入り口に食材売ってる場所があったろ。好きなの買ってこい。街を回るのは明日にする」
そう言うと、少し休むと言ってグレンもベッドへ寝転がった。
何だかんだでいつも気を遣ってくれているため、グレンも疲れているようだった。
日野は、自分が旅に加わったことで負担も増えているのだろうと申し訳なく思いつつ、二人にいってきますと声をかけて、宿屋の入り口へと向かった。
宿屋の入り口。部屋に簡易的なキッチンが備え付けられている為か、ここには食材が売ってある売店のような場所があった。
そこで、うーん、と何度も小さく唸り声を上げる日野がいた。先程からずっと目の前の食材と睨めっこしている。
ご飯を作るとは言ったものの、あまり自炊は得意じゃない。
元いた世界では、コンビニに行けばお弁当があるし、スーパーに行けばお惣菜も売ってあった。お昼は外食をしていたし、朝は食べていなかった。
作れるものとすれば肉じゃがとカレーとシチューくらいなものだ。
今まで女子力というものを鍛えてこなかった自分になんだかモヤモヤしてくる。
なかなかメニューが決まらなかったので、ひとまず受付の女性に調味料のことを尋ねに行くと、部屋の戸棚にある程度入っているので使っていいと言われた。お醤油のようなものもあるらしい。
「肉じゃがだね」
悩んだ結果、取り敢えず肉じゃがを作れるだけの材料と米を購入して部屋へ戻った。
扉を開けて中へ入ると、グレンとハルはゴロゴロとベッドで寛いでいた。
日野はグレンにお釣りを渡してそのままキッチンへ向かった。そして、米を炊く準備をして夕食作りに取りかかった。
トン、トン、とぎこちない音がする。
グレンは欠伸をするとベッドから起き上がった。このままゴロゴロしていたら眠ってしまいそうだ。
仕方なく身体を動かすと、隣のベッドではハルとアルが遊んでいた。
トン、トン、トン、トン……
トントン……トン……
グレンが音のする方を見ると、日野がキッチンで玉ねぎを切っていた。
気になってしばらくその後ろ姿を眺めていたが、グレンはフーッと溜め息をつき、立ち上がってキッチンへ近づいた。
「へたくそ」
後ろから声をかけると、日野がビクリと身体を揺らした。それを横目に蛇口を捻って手を洗うと、グレンは引き出しから包丁を取り出し、目の前にあった玉ねぎを手際よく切り始めた。
「ありがとう……グレン、上手だね」
「危なっかしくて見てられん」
玉ねぎで滲みたのだろう。ウルウルと目に涙を溜めながら、感心したように日野が見上げてくる。
その姿に、本当にこいつは二十七歳なのかと疑いたくなるが、本人がそう言っているのだからそうなのだろう。
もう、おばさんと呼ぶのはやめようかなどと考えていると、隣で日野が小さく呟いた。
「グレンは料理上手なんだね。私はあんまり得意じゃなくて……」
「じゃあなんで飯作るなんて言い出したんだ」
「私、お世話になってばっかりだし。迷惑かけてばっかりだから。二人のために何か出来ないかと思って」
そう言うと、申し訳なさそうに日野が小さく笑った。
「ハルが楽しそうだ」
「え?」
「家族を亡くしてから、ずっと俺と二人旅だったからな。母親とまではいかなくても、姉が出来たような感じがするのかもな」
ふと振り返ると、ハルには二人の会話は聞こえていなかったようで、アルと仲良く遊んでいた。
「お前が傍にいるだけでも、ハルにとっては嬉しいんじゃないか?」
そう言うと日野は、そうかな? と切なそうな顔をした。
食材を切り終わり、コトコトと煮込んでいく。穏やかで、ゆったりとした時間が流れていた。
温かい肉じゃがが完成し、テーブルに並べられた頃には空も暗くなっていたが、部屋には、いただきまーす! というハルの明るい声が響いた。
三人と一匹で囲む夕食。こういうのもたまには悪くないな。そんなことを思ってしまった自分にフッと笑いながら、グレンは肉じゃがを食べ始めた。
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