第16話 そんな気がする

 壊れてしまった街。生まれ育った場所が、失くなった。


 ハロルドから全てを奪った金色の瞳の男は、姿を消したらしい。


 街の人々の遺体は、グレンと名乗った栗色の髪の男とアイザックと名乗った白衣を着た男が埋葬してくれた。


 両親と双子の兄の遺体だけは、ハロルドも一緒に埋葬した。


 それからどのくらいの時間が経っただろうか。ハロルドは家族の墓の前に座って顔を伏せていた。


 すると、チチチと小動物の鳴き声のような音が耳に入った。


 呼ばれているような、そんな気持ちになって、少しだけ顔を上げた。


 目の前には、アルバートの墓。その上に、一匹のネズミがいた。


 ネズミはハロルドと目が合うと、クルクルと回って肩まで登ってきた。


「君も、一人なの?」


 そう問いかけると、ネズミは慰めるように、すりすりとハロルドの頬に擦り寄った。


 すると、緑色の大きな瞳から、再び涙が溢れ出した。


「まだ泣いてるのか」


 濡れた頬を拭った時、後ろから声をかけられた。声のした方へ視線を向けると、そこにいたのはグレンで、彼はハロルドの隣に腰を下ろした。


「グレン」

「なんだ」

「……なんでもない」


 歯切れの悪い返事にグレンがチラリと見ると、ハロルドは必死に涙を堪えていた。


「ガキなんだから泣く時は我慢しないで泣け」


 大きな手が、深緑色の髪を乱暴に撫でた。


「ついてこい。分かったか?」

「うん。ねぇ、グレン」

「なんだ」

「ネズミさん連れてっていい?」

「……好きにしろ」


 何もかもを失くした。辛い記憶。目を閉じても、まぶたの裏にこびりついて離れない、金色の瞳。


 全てを奪った刻という存在を絶対に許さない。


 ハロルドは、グレンとアイザックに手を引かれ、アルバートと名付けたネズミと共に、生まれ育った街を出た。




◆◆◆




 静かな森の中、約二年前の出来事が語られた。日野もグレンも、何も言わずそれを聞いていた。


 ハルの言葉が途切れ、三人の足音だけが辺りに響きはじめる。


 すると、今まで黙って聞いていたグレンが口を開いた。


「"鬼塚おにづかとき"、その殺人鬼の名前だ。訪れた街で遊んだ後、その街にいる人間を一人残らず殺すことがある」

「ことが、って……そうじゃない時もあるの?」

「ああ。普段は街ごと消すようなことまではしないらしい。だから街に刻が現れても、見て見ぬふりをする奴らが大半だ」


 下手に手を出して機嫌を損ねて、街ごと潰されたらたまらんからな。


 そう言ったグレンの声は、静かな怒りをまとっていた。


 日野は言い出せずにいた。日野憧子という人間も、青い本の力で異世界から来たということを。


 グレンには伝えてあるが、ハルはまだその事を知らないはずだ。


 そして、アルバートだけが読むことが出来たという青い本の内容。


 "異なる世界を行き来する者、その眼は金色に染まり、全てを破壊する力を手に入れる"


 それが本当なら、刻も異世界から来た人間ということだろう。


 殺人鬼……自分もそんな風になってしまうのだろうか。そして、それをハルが知ってしまったら……。


 得体の知れない恐怖を感じ、背中に冷や汗が流れた。


 すると、ふいに隣を歩いていたハルが立ち止まった。どうしたのかと日野も立ち止まり、前を歩いていたグレンもこちらを振り返る。


 ハルは、日野を見上げながらニッコリと微笑んだ。


「ショウちゃん、異世界の人でしょ? ボク、初めてご飯食べた時に聞いちゃった」

「寝たふりするんじゃねえよ」

「へへ、ごめんねグレン」

「じゃあ、知ってたのね。私が青い本に関わってること。それに、グレンもザック先生も本のこと知らないって言ったけど本当は……」

「まあな」

「でもね、ショウちゃんは大丈夫だよ」


 ハルの小さな手が、そっと日野の手を握った。


「そんな気がする」


 そう言ってハルが笑うと、グレンはフンっと前に向き直り、再び歩き出した。


「明日の夕方までには街に着くぞ」

「はーい!」


 元気よく返事をして、ハルは日野の手を引き歩き出す。


 日野は、これから自身の身に起こるであろう変化に不安を感じながら、ハルと並んで歩き出した。


 自分よりも小さな身体で強く逞しく生きていくこの少年が、なんだかとても大きく見えた。


 ──その時、茂みの中から何かが飛び出した。それは前を歩いていたグレンの顔に命中し、ウッと苦しげな声を出して、彼は立ち止まった。


「……おい、早く取れ」


 そう言って振り返ったグレンの顔には、戻ってきたアルががっしりと捕まっていた。


 その姿に、日野とハルは思わず笑い出した。


「騒ぐな。また襲われても知らんぞ」


 しゃがんだグレンの顔から、ハルは笑いながらアルを引き剥がした。


「おかえり、アルバート」


 小さな手が、無事に戻った相棒の頭をそっと撫でた。


 木々の隙間から星の光が差し込む夜。三人は街へと向かう。


 この小さな笑顔が絶えることのないようにと、日野は満天の星空を見上げて祈った。

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