第15話 終わりと始まり

 小さな双子の兄弟が、騒ぎの大きな場所を避け、隠れるように街の中を走っていく。


 もうすぐで家に着く。パパとママを探さなくては。


 二人は瓦礫で狭くなった道を抜けて、家の前の道に出た。


 すると、突然ピタリとハロルドが立ち止まり、その背中にアルバートがぶつかった。


「ハル、どうしたの?」


 ぶつかった衝撃でジンジンと痛む鼻を押さえながら、アルバートが顔を上げると、ハロルドの背中が震えていた。


 そして、弟の見つめる先には、全身を切り刻まれ、身体中から血を吹き出した、変わり果てた男女の遺体が転がっていた。


「パパ!」

「ママ!」


 二人は駆け寄り、その身体を揺さぶった。小さな手が、お揃いの服が、真っ赤に染まっていった。


「なんで!? パパ! ママ!」

「起きてよ! どうして!?」


 必死に呼びかけた。しかし、ぐったりとしたその身体が反応を示すことはなかった。


「……パパ、ママ」

「誰が……誰がこんなこと……」

「なんだ、まだネズミがいたのか」


 二人の小さな肩が同時にビクリと揺れた。振り向くと、背の高い血塗れの男が立っていた。


 鮮やかな金色の瞳がジロリと二人を睨みつけた。


「……お兄ちゃん?」


 血に染まった白髪、見覚えのある美しい顔立ち。


 出会った時と目の色は違っていたが、隣町でアルバートに本を渡した男がそこに立っていた。


「あとはお前たちだけだ」


 そう言って近寄ってきた男は、アルバートに手を伸ばした。


 その時、ハロルドがアルバートを思い切り引っ張った。男の手がアルバートをかすめる。


 震える足を無理矢理動かし、ハロルドはアルバートを連れて逃げ出した。


「チッ、ネズミがちょこまかと……」


 双子の兄弟は必死で走った。しかし恐怖で震える足はうまく言うことを聞いてくれない。


 二人は小さな路地を見つけ、隠れるように逃げ込んだ。


 しかし、男は速かった。すぐに見つかり、追い詰められた。


 もう逃げられない。そう感じたアルバートは、ハロルドを庇うように前に立った。


「助けて……」


 男から貰った青い本を抱きしめ、震える声で懇願した。


「助け……」


 男の手がアルバートの首を掴んだ。小さな身体が浮いていく。首を掴まれ息ができない。


 必死に空気を吸い込み、もがきながら、アルバートの唇が微かに動いた。


 しかし、首を締め付ける男の手はどんどんと力を増していった。


「やめろ……やめろ! アルを離せ!」


 ハロルドは男に飛びかかった。男は足元のハロルドを見て、ニヤリと笑みを浮かべると、その長い爪で、アルバートを引き裂いた。


 愉しそうに笑う金色の瞳が、脳に、記憶に、こびりついた。


 飛び散ったアルバートの血液は、ハロルドに降り注いだ。その時、


 ──ガウン


 一発の銃声が鳴った。銃弾が男の腕をかすめ、アルバートが地面に落ちた。


 その瞬間、思い切り力を込めた拳が、男の顔にめり込み、その勢いで男は後ろへ吹き飛んだ。


「よお、殺人鬼。また会ったな」

「……貴様」


 口元の血を拭いながら男が立ち上がった。


「私もいますよ、"とき"」

「……アイザック」


 突如現れた二人の男は、金色の瞳の男に殴りかかった。人々の叫び声が消え、静まりかえった街中に、再び爆音が鳴り響く。


 刻と呼ばれた金色の瞳の男は、その拳ひとつで建物を次々に破壊して、二人の男を追い詰めていった。


 とても人間とは思えないような力だったが、負けじと戦う二人の男たちも相当に強かった。


 遠くにその音を聞きながら、ハロルドはそっとアルバートを抱き寄せた。


 アルバートが大切に抱えていた青い本は、いつの間にか消えていた。




 しばらくすると、街の中は静かになった。


 しかし、じっと兄を抱きしめたまま、弟は動かなかった。そこに、二人分の足音が近づいてきた。


「おい、お前」


 栗色の髪の男が、ハロルドの肩に手をかけた。


「……なんで」

「あ?」

「なんで! なんでもっと早く来てくれなかったんだ! あと少し……あと少しでも早ければ……もう少し早く助けてくれてたら、アルは……アルは……アルは死ななかったかもしれないのに!」


 瓜二つの小さな身体を抱きしめながら、ハロルドは泣き叫んだ。


 そして、大きな瞳から大粒の涙を溢しながら、男たちを睨みつけた。


「すみません」


 そう言うと、白衣を着たもう一人の男がハロルドの前に膝をついた。


ハロルドとアルバートをそっと抱きしめ、何度も何度も謝りながら、白衣の男は涙を流した。


 ハロルドはその腕の中で、声が枯れるまで泣き続けた。

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