第26話 ほら、口開けろ

 相変わらず賑やかな街の中、アイザックと別れた三人は飲食店街で食事を取っている。


 この街の情報屋には先程グレンが話をしに行ったため、あとは街中を周りアイザックと落ち合うだけとなっていた。


「パスタなんて久しぶりだね」


 そう言って、美味しそうにズルズルとパスタをすするハルの口の周りには、ミートソースがたっぷりと付いていた。


 隣に座る日野がハンカチでハルの口を拭くと、嬉しそうに微笑んでいる。


 頬を膨らませてもぐもぐと口を動かすハルの頭を日野が撫でていると、グレンが器用にパスタを食べながら二人に目線を移した。


「甘やかすとロクなことないぞ」

「あんまり可愛くって、つい……」

「……グレンもショウちゃんにお口拭いてもらいたいの?」

「んな訳あるか!」


 まるで兄弟のような二人の様子に、可愛いなあ……と思わず顔がほころんでしまう。


 こんな生活が、ずっと続けばいいのに……でも私は異世界の人間で、いつどうなるか分からない。


 私はいつまでこうしていられるのだろうか……皿に残ったパスタを食べながら、日野は寂しそうに少し俯くと、ふと窓の外へ目を向けた。


 街の人々が、楽しそうに歩いている。


 あんな風に自然に笑えていたら、元の世界でも、もっと上手く生きていけていたのかもしれない。


 そんなことを考えていると、その街行く人々の間を歩く小さな子供が目に留まった。


 赤みがかった長い髪はボサボサに乱れ、汚れた服を着ている。


 それは、ところどころ破れているようにも見えた。周囲の大人たちが着飾って歩く中で、そのみすぼらしい子供だけが際立って見える。


 ジッと目を凝らすと、服の中に何かを抱えて歩いているようだった。


「どうした?」

「え? あ、うん。あの子……」


 日野の様子に気付いたグレンが声をかける。


 日野は一瞬グレンの方へ目線を外し、指を指しながらもう一度子供の方へ目線を戻すが、人混みの中に紛れてしまい、そこにはもう子供の姿は無かった。


「……あれ?」

「なんだ」

「えっと……なんでもない」


 あの子は、何だったんだろう。その小さな姿が頭から離れない。


 日野は難しい顔をしたまま皿に残ったパスタを食べ始め、その様子をグレンがいぶかしげに見つめていた。




 それからしばらくして、三人が食事を終えて一息ついていると、店員が日野たちのテーブルの方へやってきた。


「食後にどうぞ、本日のデザートです」

「わ、可愛い」

「苺だ……良かったね、アル」


 目の前に置かれたのは、苺の乗った可愛らしいケーキ。それは、食後でもペロリと食べきることが出来そうな小さなものだった。


 目を輝かせた日野とハルを見て、店員はにこやかに笑うと、空いた皿を下げて戻っていった。


 日野が、さて食べようかと思った時、ふと隣をみると、ハルがケーキから苺を外して丁寧にクリームを取っていた。


 白いクリームが取れた真っ赤な苺を小さな皿に置くと、ハルはそれをアルの前に差し出す。


「はい、食べていいよ」


 ハルの声に、待ってましたと言うようにアルは目の前の苺をガシガシとかじり始めた。


 ハルはその様子を見ながらニコニコと笑っていたが、美味しそうに頬張るアルを見て、何だか少し羨ましそうな表情になっていく。


 本当は自分も食べたい筈なのに、アルに食べさせてあげたくて我慢をしているのか……日野は自分のケーキから苺を外すと、ハルに渡そうとする。


 しかし、それより早く、スッと前から赤いものが差し出された。


「ほら、口開けろ」


 前を見ると、グレンがフォークに刺した苺をハルの口元に差し出していた。


 ハルは一瞬驚いたような顔をしたが、その苺をパクッと口に入れると、嬉しそうに笑った。


「グレン、ありがとう」

「どういたしまして」

「でもボク、好きなのは最後に食べるタイプなんだよね」

「食ってから言うな」

「じゃあ、私のもあげるよ」


 最後に食べて、とハルの皿に苺を乗せると、いいの? と目を輝かせた。


 それがあまりに可愛くて、つい笑ってしまう。


 パクパクと先にケーキを食べ始めたハルを見ながら、日野は再び心の中で、こんな生活が、ずっと続けばいいのに……と願っていた。

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