第6話 お前この世界の人間か?
「ひっ……」
ガリガリガリ、カリカリカリカリ……一心不乱に何かを
そこには、小さな口で日野のパンプスを齧るネズミがいた。
しかし、ネズミと言うには体が少し大きいような気がした。
長い尻尾をパタパタと振り回しているその姿に、日野が声も出せずに硬直していると、足元にハルが近寄ってきた。
「アル、もうご飯にするから齧っちゃ駄目」
そう言って、ひょいと持ち上げると、ハルはネズミを日野に向け、軽くお辞儀をさせた。
「びっくりさせて、ごめんなさい。この子はアルバート。アルって呼んであげて。よろしくね」
よしよし、とネズミ……いや、アルを撫でながら、ハルはその子を肩に乗せた。どうやらペットのようだ。よく懐いている。
小さな体がクルクルと左右の肩を行き来して遊び、その様子を見ているハルはとても楽しそうだ。驚きはしたが、不思議とアルを嫌いにはなれなかった。
無邪気だな……と思って眺めていると、ガタッと音がして、グレンが腰掛けていたベッドから立ち上がった。
「ハル。飯食いに行くぞ」
黒いリュックを肩にかけ、部屋を出ようとするグレンをハルが追いかけた。すると、戸に手をかけながら、ふいにグレンが振り向いた。
「お前、飯は?」
「え、あ。私は、さっきサンドイッチを食べましたから」
大丈夫です、と日野は両手をひらひらと振るが、身体は正直なもので腹の虫がぐるると鳴った。
咄嗟に誤魔化そうとするが、音は二人に届いていたようだ。ハルがお腹を押さえてクスクス笑っていた。
「お姉ちゃんも一緒にご飯だね」
そう言って駆け寄ってきた小さな手が日野の手を引き、三人は病院を後にして街を歩きはじめた。
◆◆◆
「いただきまーす」
「いただきます」
注文した料理が届くや
「お前、早く食べないと無くなるぞ」
「いつもはこんなに食べないんだけど。ボクたち
「あ、ありがとうございます。いただきます」
二人の食欲に驚かされながらも、目の前に並んだ料理はどれも美味しそうで、何を食べるか迷ってしまう。しかし、モタモタしていたら無くなってしまいそうだ。
取り敢えず、一番近くにあるものから手を付けた。日野がゆっくりと食べている間にも、どんどんと皿の上から消えていく料理たち。アルもテーブルの端でチーズをモリモリと齧っていた。
それから暫く無言の時間が続いたが、ふいにグレンが日野へ声をかけた。
「なあ、お前この世界の人間か?」
「あ、いえ。私は……」
日野は突然の質問に驚いたが、事の次第をグレンに伝えた。グレンは真っ直ぐ日野の目を見つめ、黙って聞いていた。
しかし、元いた世界のことや青い本の事については、知らないなと首を横に振った。
誰に聞いても一様に首を横に振る。落ち込んだら良いのか、悲しんだほうがいいのか。自分の気持ちもよく分からず、話を変えるために気になっていたことを質問することにした。
「あの、グレンさんは何故旅をしてるんですか? その子とは兄弟?」
なぜ彼は子供連れで旅をしているのか。なぜ一箇所に定住しないのか。気になっていた。
「ハルは拾ったんだ」
そう言って、いつのまにか隣で眠りについていたハルの髪を撫でる。ハルを見つめる目はとても優しく、穏やかで、そしてどこか悲しそうだった。
しかし、すぐにフンっと鼻を鳴らし、目つきも元通り悪くなった。
「ま、定住しないのは性格だな。俺には性に合わん」
「そ、そうなんですか」
グレンはグラスに入った氷を口に含むとガリガリと噛み砕いて、立ち上がった。
「ったく、食ってすぐ寝るなっていつも言ってるだろうが」
ブツブツと文句を言いながら、黒いリュックと眠ったハルを抱えると、彼は会計へ向かって行った。日野も、慌ててその後を追うようについて行った。
「あの、ご馳走さまでした」
空が茜色に染まりかけた道を、ズカズカと足早に病院へ戻るグレンに声をかけた。
あの後、日野は会計でお金を出そうとした。しかし、思っていたよりも値段の高い店だったらしく、アイザックからもらったお小遣いでは少し足りなかった。
そのため、結局グレンに奢ってもらったのだ。
「お前、これからどうするんだ。あのおじさんにずっと世話になる訳にもいかないだろ」
振り返ることなくグレンが問いかける。
「あ、それは……なんとか働いて、お金を貯めたりとか。あとは、元の世界に帰る手がかりを調べてみようかと思ってます」
そう答えると、ピタ、とグレンは足を止めて振り返った。驚いて立ち止まった日野をジッと見つめた後、フンっと鼻を鳴らし、またズカズカと歩いて行った。
何か気に食わない事でも言っただろうか? 日野は少し気にしながらも、グレンのうしろを歩き、そのまま三人でアイザックの病院へと戻った。
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