第35話 まあ、一応商売だからな

 空を見上げると、既に太陽がギラギラと街を照らしていた。


 日野たちは足早に情報屋の元へと向かう。


 暫く歩くと、立ち並ぶ飲食店の間に、古びた喫茶店があった。


 明るく綺麗な街中では少し目立つその店の扉をグレンが開けると、まだ客が誰もいない店内のカウンターで新聞を読んでいた店主が顔を上げる。


「おや? お前さんは昨日の?」


 グレンの顔を見るなりそう言うと、年老いた店主は固まった身体を伸ばし、ズレていたメガネをかけ直した。


「今日はコーヒーでも飲みに来たのかい?」

「いや、情報を買いに来た」

「そうかい。入りなされ」


 店主の優しい声に促され、古びた店内へ四人がゾロゾロと入っていく。


 すると、最後に扉をくぐったアイザックを見て店主は目を丸くした。


「その顔は……ザック先生じゃないかい!?」

「ご無沙汰してます、ポールさん。お身体の調子はいかがですか?」

「ああ、もうどこも痛くないよ。ザック先生のおかげだ」


 店主はニコニコと嬉しそうにアイザックに近寄ると、自慢げにその身体を動かして見せた。


 元気そうな様子にアイザックも嬉しそうに笑っている。


 宿屋から出る時に、アイザックが任せてくださいと自信ありげに言っていたのは情報屋と知り合いだったからか。


 それなら赤みがかった髪の子供の情報をすんなり聞き出せるかもしれない。


 日野は納得したように一人ウンウンと頷いた。






 四人はアイザック、グレン、ハル、日野の順で並んでカウンターに座っていた。


 ハルにはオレンジジュース、大人三人にはコーヒーが出されている。


 そこで、店主は嬉しそうにアイザックと出会った時の話をしていた。


 古びた喫茶店の店主であるポールは、この街がまだ小さかった頃からずっとこの場所で店をしている。


 情報屋もその頃からずっと続けていた。


 そして、この街に昔からいた仲間たちが立ち退いた後もずっとこの場所を守り続けているそうだ。


 しかしある日、森の中で趣味の散歩をしていたところを刻の真似事をしていた若者達に襲われてしまう。


 必死に街まで逃げ帰った頃には身体中傷だらけで、左腕の骨も折れていた。


 何とか街の病院まで辿り着き、治療をしてくれと頼んだが、頑なに立ち退きを拒否し続けていたポールを助ける医者は誰もいなかった。


「そんな時、偶然この街に来ていたザック先生だけが私を助けてくれた。私はこの街の医者は信用しておらん。だが、ザック先生は違う。あの時助けて貰えなければ、私は死んでいたかもしれん……私はお前さんを、心から信頼しておるよ」


 そう嬉しそうに語ったポールに、アイザックが照れ臭そうに笑っている様子をグレンは黙って見ていた。


 どんな命も助ける、傷付いた命を放って置けない。


 そういう所がこのおじさんの良いところであり……悪いところでもあるんだよな……そう思いながら、ふと隣を見ると、日野とハルが大量の涙を流し感動していた。


「いや、泣き過ぎだろ」

「だって……良い話だなって……」

「ボクもザック先生大好きだよ」


 ダバダバと流れる涙を日野がハンカチで押さえている。


 ハルの鼻水を取りながら、ぐすぐすと鼻をすする日野の姿に、また少し表情が増えてきたな……と心の中で呟くと、グレンは涙の痕が残るその頬に無意識に手を伸ばした。


「ところで、ポールさん。買い取りたい情報の件なのですが」


 突然真剣な表情で話題を切り替えたアイザックの声にグレンの身体がビクッと揺れる。


 頬に触れようと伸ばした手が空を切った。


「お、おおおう、そうだ。本題から話が逸れ過ぎなんだよ」

「……どうしたんですか? 顔真っ赤ですよ」

「煩いな、さっさと進めろ」


 赤くなった顔を日野やハルに見られないよう店主の方へ姿勢を正したグレンに、何かあったのかと首を傾げつつ、アイザックは店主に本題を切り出した。


「ポールさん、赤みがかった髪の子供をご存知ですか? 長髪で、この緑の髪の子より、少し背が高いくらいの。身なりからして、おそらく路地裏の子です」

「ああ、知ってるよ。あの赤毛は珍しいからね。その子がどうかしたのかい?」

「居場所が知りたいんです。今、どこにいますか?」

「あの子は、街を出たよ」


 え!? と四人の声が揃った。


 あの小さな身体で街を出た? まだこの街にいるとばかり思っていた四人は驚いていた。


「どっちに行ったか分かるか?」

「東の方の森へ入っていったという話は聞いたな。その森を抜けた先の街へ向かったんじゃないかとは思うが……悪いな。それ以上は私も知らない」

「いえ、東へ向かったことだけでも分かれば充分です」


 申し訳なさそうに頭を掻くポールに、アイザックがにこやかに笑いかける。


 すると、グレンが真剣な顔つきで横から身を乗り出してきた。


「で? いくらだ?」


 情報屋なら些細なことでも相当な金を取ろうとするに違いない。いくらアイザックの知り合いだとは言え、グレンにとっては心配だった。


 すると、店主はカラカラと明るく笑う。


「お代はいらないよ。ザック先生にはいつも稼がせてもらってるからね」


 え? と再び四人の声が重なった。


 今まで黙っていた日野も気になったようで、どういうことですか? と尋ねる。


「ザック先生が泊まってる宿屋や食事した店の情報を売ってくれって女性が多くてね。いやあ、モテる男は凄いね。お陰でザック先生が街に来る度に儲かってるよ」

「……それって大丈夫なんですか?」

「まあ、一応商売だからな……」

「人間って怖いね〜」


 カラカラと笑うポールの前で、アイザックは顔を引きつらせて固まっていた。


 女性って怖い……とブツブツ呟き出したアイザックを見て、モテるというのも大変だな、と日野は苦笑する。




 その後、ポールと別れた日野たちは、街の東側へと向かった。子供と本の行方は東へ向かったことしか分からない。


 だが、日野たちに後を追う以外の選択肢はなかった。進むべき方向は決まっている。


 しかし、この先の未来に不安を感じさせるように、ギラギラと輝いていた太陽を雲が覆い始めていた。

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