第33話 蝋燭点けて飲むの好きだよな
静かな部屋の中に、カランと氷の音がする。
部屋は薄暗く、小さな蝋燭の灯りが微かにテーブルを照らしていた。
日野とハルはベッドの上ですやすやと寝息を立てている。
「おじさんって蝋燭点けて飲むの好きだよな」
ユラユラと揺れる炎の影を追いかけて遊んでいるアルを眺めながら、グレンがそう呟いた。
「綺麗でしょう、この不規則に揺らめいている感じ。まるで命の灯火のようで」
「趣味わる……」
グレンが顔をしかめてそう言うと、アイザックは小さく笑っていたが、今日は苦手なパーティーへの参加で疲れたのか、いつもより目がウトウトしているようだった。
「ていうか、おじさんいつまでこの部屋にいるんだ? 宿屋取ってるなら送るぞ」
「ああ、取りましたよ。この部屋に」
「……は?」
グレンは眉間にシワを寄せる。
いつの間に……まさか、このおじさん一緒に泊まる気か? ベッドは三つしかないんだぞ。
そう思ったのがあからさまに顔に出ていたのだろう。アイザックはグレンの表情を見てクスクスと笑った。
「さすがに日野さんのベッドには入りませんよ」
「当たり前だ」
「ハルと一緒に寝ますから。もうお金も払ってますし、今晩は許してください。私の名前で泊まると、朝の出待ちが凄くて……」
そう言うとアイザックは大きく欠伸をして、また飲み始める。
モテる男も大変だな、と溜め息を吐き、グレンもグラスに氷を入れて酒を作った。
二つのグラスがぶつかる音が小さく響くと、ユラユラと揺れる炎を見つめながらアイザックが呟いた。
「グレン。日野さんを、青い本にあまり近付けない方がいいのではないでしょうか」
「……そうだな」
「青い本を目にしただけで身体に異常が現れるなんて……話を聞く限り、本に触れてはいないようですが、もし触れてしまったら何が起こるか分かりません」
「……あの殺人鬼はどうだったんだ?」
「刻ですか? あの本の力でこの世界へ来てから、ずっと持っていたと思いますよ。アルバートに渡すまではね。刻は数年かけて徐々に力が解放されていきましたが、日野さんが同じとは限らない」
グラスを持つアイザックの手に力がこもる。
これ以上、誰も傷付いて欲しくない。誰も傷付けて欲しくない。街ごと破壊するような力を持ったとしても、それを抑える方法は無いのか。
ずっと研究しているが、何も見つからない。
残った酒を一気に飲み干すと、音を立てないよう静かにグラスを置いた。
「刻を抑える手掛かりは、あの青い本。しかし、日野さんが覚醒するきっかけになるのも、あの青い本かもしれません」
「ああ、厄介な事にな。と言っても、あれは子供が持って逃げた。今はどこにいるんだか……」
「居場所なら分かりますよ。情報屋を使えば」
「そんな金があるかよ。いくら吹っかけられるか分からないぞ」
情報屋はどんな些細な話でも買い取ってくれるが、手に入れた情報を売る時はとんでもない金額を吹っかけることが多い。
根無し草のグレン達は旅の資金を集めることで精一杯で、情報を買うような余裕はなかった。
しかし、目の前のおじさんはどこか楽しそうにニコニコと笑っていた。
人差し指をピッと立てると、自信ありげな顔をする。
「私に任せてください」
そう言ったかと思うと、アイザックは大きな欠伸をしながらおぼつかない足取りでハルの方へ近付き、ベッドへ入るとそのまますやすやと眠ってしまった。
きっと朝起きたらハルに酒臭いと文句を言われるのだろう。
そんな事を思いながら、テーブルに残ったグラスや酒を片付け、ふと日野の方へ目をやると、心なしか楽しそうな顔で静かに寝息を立てている。
「似てるんだよな……あの人に」
そう小さく呟くと、グレンは残り少ない蝋燭の灯りをそっと吹き消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます