第13話 刻

 あれからゆっくりと日が沈み、空は暗くなっていた。


 今日はこれ以上進まず野宿することになり、三人で晩ご飯という名の缶詰を食べて、のんびりと夜を過ごしていた。


 グレンは近くの小川に水を汲みに行っているため、今はハルと二人きり。足元ではネズミのアルが遊んでいた。


 夜なので一応ランプも点けてはいるが、辺りは意外と明るかった。


 ふと、日野は空を見上げた。木々の隙間から満天の星空がキラキラと光を放っていた。


「綺麗。こんな星空初めて見た」

「そうなの?」

「うん、あんまり空を見ることも無かったし」


 そう言いながら、日野がボーッと空を眺めていると、ハルが首を傾げながらジッと見つめてきた。


「そう言えば、ショウちゃんってザック先生と同じ街の人なの?」

「え? ううん。私は……」


 言いかけた時、森の中に一発の銃声が響いた。ハルが咄嗟に日野を庇うように立ち上がる。


 アルも、ハルの傍で威嚇するように毛を逆立てていた。


 日野も立ち上がると、何があったのかと辺りを見回してみた。


 すると、暗闇の中から見知った顔が現れた。グレンだ。


 彼はこちらに走ってくるなりランプを消し、荷物を陰になっている暗い茂みに放り込むと、同じく日野も茂みに押し込んだ。


「いたたた、ちょっと、何……」

「しっ、ショウちゃん声を出さないで」


 ハルが人差し指を口に当て、静かにと指示を出した。


 何事かと思っていると、グレンが走ってきた方向から、三人の男が現れた。


「チッ、逃したか」

「まあ、すぐに殺されてくれても面白くないだろ」

「逃げ回るのを追いかけるのが楽しい、ってか」


 銃やバットやナイフなど物騒な物を持ち、バタバタと男たちは散らばっていった。


 その様子を確認して、ハルが口を開いた。


「グレン、どうするの?」

「なるべく戦いたくはないな。疲れるし」


 日野は何が起きているのか頭が追いつかず、小声で訊ねた。


「何? グレン何かしたの? さっきの銃声……」

「あれは俺じゃない」

「たまにいるんだ。"とき"の真似をしてコソコソと人を傷付けるのを趣味にしてる人達が」

「……刻?」

「静かにしろ。おい、アル。あいつらなんとか出来るか?」


 グレンがそう言うと、チチッと鳴き声をあげてアルが茂みから勢いよく飛び出した。


 そして、目が追いつかない程の速さで、ガサガサと音を立てながら走り回った。


「いたぞ! あっちだ!」


 男達は声を上げ、アルを追ってどんどん離れていった。


 よく分からないが、あの男達に見つかったら大変なことになるところだったと日野はホッと胸を撫で下ろした。


 しかし、自分たちは助かったが、囮になったアルが心配だった。


「アルは大丈夫なの?」

「大丈夫。アルはちゃんとボクのところに帰って来てくれるから」


 少し寂しそうに、ハルが笑った。


 男たちの気配が消えたあと、グレンの提案で、このまま街まで進むことになった。


 流石にこの場で眠るのは心配だったため、日野もハルも賛成した。


 しばらく休んでいたお陰で、三人とも体力が回復していたのもあり、相変わらず蒸し暑い夜だったが日中よりは歩きやすかった。


 森の中、無言で歩を進めていく。


 日野は気になっていた。ハルが言った"刻"とは何なのか? あの男たちは何だったのか?


 なんだか聞けるような雰囲気でもなく、うーん……と一人唸っていると、隣を歩くハルが小さな声で呟いた。


「刻は、アルを殺したんだ」

「え?」


 アルを殺した? アルとは、あのネズミのアルバートの事だろうか。しかし、アルは生きている。どういうことだろう。


 ひとり前を歩くグレンを見るが、グレンは黙ったまま先に進んでいた。


「アルバートは、ボクの双子のお兄ちゃんの名前。刻っていうのは、ボクたち家族と街のみんなを皆殺しにした殺人鬼のことだよ」


 ポツリ、ポツリとハルは話し始めた。

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