第21話 あなたのために

 赤と白を基調とした、小さな街の小さなカフェ。


 日が沈みかけた頃に開店し、店内は程よく賑わっていた。赤いワンピースの女がニコニコと接客をしている。


 すると店の扉が開き、店内にカランという音が響いた。


「いらっしゃいませ」


 音に反応して女は扉の方へ声をかける。小さな扉をくぐってきたのは長身で白髪の男。


 その男の威圧感は店内の客を一瞬で震え上がらせ、先程まで賑やかだったカフェが静まり返った。


「元気そうだな、ローズマリー」

「刻、いらっしゃい」


 ローズマリーと呼ばれた女は、その姿を見るなり頬を赤らめ、刻に駆け寄った。


 そっと刻の手を握ると、嬉しそうに奥のテーブルへ案内する。店に来ていた客達は、その様子を横目に小さく震えていた。


 刻の紅茶を入れるためローズマリーがカウンターへ戻ると、一人の客が口火を切った。


「ロ、ローズマリー。俺たちはそろそろ帰ることにするよ」

「そ、そうだな。明日も早いしな」

「ローズマリー、今日も楽しかったわ……お代はここに置いておくわね」


 客たちは口々にそう言うと、お代をその場に置き、店を出て行った。


「ありがとう。また来てね」


 ローズマリーは笑顔で手を振り客を見送ると、紅茶と甘いお菓子を持って刻のテーブルについた。


 目の前に出された色とりどりの甘いお菓子を刻が摘んで食べ始める。


「青い本の情報は入ったか?」

「いいえ。でも、情報を売りに来た人みんなに依頼をかけているから、何かしら反響はある筈よ。今日も、三人組の旅人さんに依頼をしたわ」


 そう言うと、ローズマリーはパクパクとお菓子を食べ続ける刻を愛しそうに眺めながら、紅茶もどうぞ、と勧めた。


「その旅人は、茶髪の男と黒髪の女、それに緑色の髪のガキの三人か?」

「そうだけど、どうしてそれを」

「ここに来る途中で見かけた。黒髪の女は青い本に関わりがある筈だ。ローズマリー、お前の情報網で奴等の動きを追え」

「あの子が? 何か知っているようには見えなかったけど……」

「とにかく奴等の動きを追え。本の行方もな」

「わかったわ。刻のためなら何でも」


 まかせて、と微笑むローズマリーを見てフッと笑うと、皿に残ったお菓子の中から気に入った物だけを食べ終え、紅茶をすする。


「少し休む。起こすな」


 そう言うと、刻はティーカップをテーブルへ置き、ソファーに寝転がった。




◆◆◆




 静かな店内でローズマリーが片付けを始める。なるべく音を立てないように食器を洗いながら、今日出会った三人の旅人のことを考えていた。


 この店を可愛いと言って、珍しそうにクルクルと見回してくれた姿を思い出し、嬉しくて思わず笑ってしまう。


 しかし、刻の敵であれば容赦はしない。


 まだ、そう遠くへは行っていない筈だ。明日にでも周辺の街の情報屋へ連絡を取ろう。


 蛇口をキュッと閉めると、カチャ、と洗い終えた最後のカップを静かに置いた。


 その後、店の戸締りも終わり奥のテーブルへ行くと、刻がソファーの上で寝息を立てていた。


 その愛しい寝顔は、とても大勢の人間を殺した殺人鬼とは思えないほど美しかった。


 静かに眠る刻に、おやすみなさいと声をかけて、ローズマリーは幸せそうに微笑んだ。

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