第19話 青い本を探してほしいの
小さな店内のカウンターでグレンは情報屋と話をしていた。日野とハルはテーブルで待たせてある。
「なるほどね、ありがとう。最近はこの街から出ていないから、他の街の状況が分かって助かるわ」
そう言うと、情報屋はグレンに報酬を手渡した。
「こっちこそ、何でも買い取ってもらえて助かる」
些細な事まで買い取ってくれる情報屋は旅の資金を稼ぐには欠かせなかった。
グレンは受け取った報酬を財布に仕舞う。
すると、ずっと微笑みを絶やさなかった情報屋から笑みが消え、その表情がスッと真剣なものに変わった。
「ねえ、あなた」
「グレンだ」
「はいはい、グレンね。ついでにひとつ聞きたい事があるわ。私、青い本を探しているの。金色の装飾が付いていて、表紙の真ん中に小さな黄色い宝石が付いているらしいわ。今まで訪れた街で、見たり聞いたりしたことはない?」
「知らないな。なぜそれを探している?」
「それは秘密よ。ただ、もし青い本の情報を持ってきてくれたら高値で買い取ってあげる。何か情報が入ったら教えてくれないかしら。旅の資金が必要なら、悪い話じゃないでしょ?」
ジッとグレンを見つめる瞳は真剣なものだった。本気で青い本を探しているのだろう。
だが、一体何のために……グレンは少し考えたが、このまま依頼を断れば青い本の関係者ではないかと怪しまれる可能性もあった。
情報屋の目的を探る為にも、繋がりは持っておいた方が良いだろう。
「分かったら教えてやる」
「そうこなくちゃ。これは私からの依頼よ。些細なことでも何でも良いわ、見たり聞いたりしたら必ず教えてちょうだい」
そう言うと、情報屋は満足気にニコリと微笑んだ。
◆◆◆
グレンは先程からずっとカウンターで情報屋と話をしている。
小声で話しているのか、話の内容はテーブルまで聞こえてこなかった。
しかし、日野は無意識にジッとそちらを見つめていた。
情報屋はグレンと同じ栗色の髪。可愛らしい顔立ちにふわふわとした柔らかい雰囲気。
赤いワンピースもとても似合っている。可愛い女の子とはこんな感じの人のことを指すのだろう。
そんな情報屋に対して穏やかに話すグレンの横顔を見ながら、お似合いとはこういうのなんだろうなと考えていると、不意にハルから声をかけられた。
「気になる?」
「え? ああ、うん。可愛い女の子ってあんな感じなんだろうなって」
「ショウちゃんも可愛いよ。ああいう服着てみたら?」
「いや、流石に可愛すぎてちょっと……見るだけなら良いんだけど」
「似合うと思うけどな〜」
そう言ってハルがニコニコと笑う。歳の割にませているのは一体誰の影響なのだろうか。
可愛いなどとサラッと言ってのけるハルにクスリと小さく笑いながら、日野はテーブルに出されていた紅茶を口にした。
それからまたしばらくハルと一緒にテーブルで待っていると、話を終えたグレンがこちらに近付いてきた。
「行くぞ、話は終わった」
そう言い、テーブルに置いていたリュックを背負うと、グレンは店の入り口へ向かう。
日野も慌ててリュックを背負い、ハルと一緒にグレンを追った。すると、情報屋がグレンに呼びかける。
「グレン」
「わかったよ」
それ以上何も言わせまいと言葉を遮るように返事を返したグレンは、手をヒラヒラと振り、日野とハルを連れて店を出た。
三人が店を出て歩き始めると、ハルが隣を歩くグレンに尋ねる。
「ねえ、グレン。さっきの情報屋さん、何か言おうとしてたけど、依頼でもされたの?」
「ああ。青い本について何か情報があればすぐに知らせてくれ、だそうだ」
「え?」
グレンの答えに、日野が思わず声を出した。ハルも驚いているようだった。
刻は殺人鬼としてその名を知られているが、この世界で青い本について知る人間は少ないと思っていた。
情報屋の間では既に広まっているのだろうか。ハルと繋いでいた日野の手に力が入る。
「なぜ青い本を探しているのかまでは聞き出せなかった……だが、警戒しておいたほうがいいかもしれないな。何をするか分からん」
「ボクたち、危ないってこと?」
「さあな。俺から青い本については話していないから、まだ関係者だとは思われていないだろう」
そう言って、グレンが日野を見た。
「俺が近くにいない時は、あの女に近づくなよ」
「え、あ、は、はい」
グレンから突然話しかけられ、日野が素っ頓狂な声をあげると、グレンが呆れたような目で日野を見ていた。
その様子に、ハルがクスクスと笑い出す。
日野は無意識に力を込めてしまっていた事にハッとしてハルと繋いでいた手を緩めた。
「ご、ごめんね、ハル。痛かった?」
「ううん。大丈夫」
クスクスと笑いが止まらない様子のハル。
何がそんなに面白いのかと、グレンと日野は二人の間を歩くハルを不思議そうに見ていた。
「まあ、これでこの街での用は済んだんだ。食料買ったら次の街へ向かうぞ」
「おー!」
元気な声が辺りに響く。三人の後ろ姿を、赤いワンピースの情報屋がジッと見つめていた。
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