第四章 ~『ハラルドとの最終決戦』~
アルトとハラルドは瓜二つの顔で互いを見据える。向けられる鋭い視線には、過分な怒りが含まれていた。
「アルト、お前の悪行もここで終わりにしてやる」
「兄上の方こそ、クラリスへ付きまとうのを止めにしてもらおうか」
身体から迸る魔力が一触即発の火花を散らす。両者が動き出そうとした瞬間、茂みからクラリスが姿を現す。走って来たのか、息が荒れていた。
「はぁ、はぁ、アルト様にようやく追いつけました」
深呼吸して、落ち着きを取り戻したクラリスは、二人から争いの空気を感じ取る。
「ハラルド様、もうやめてください」
「お前は洗脳されていて、正常な判断ができないのだ。俺が救ってやるから、そこで待っていろ」
ハラルドは聞く耳を持たないどころか、アルトに向ける視線に敵意を増した。
「クラリス、どうして屋敷へ逃げなかったのだ?」
「私がキッカケで始まった争いですから。見守る義務があります。だから傍にいさせてください」
「だが私の傍にいては危険だぞ?」
「覚悟はできています」
「ふふっ、強くなったな」
クラリスは危険を承知でアルトに寄り添う。彼は妻の成長を褒め称えるように、頭を優しく撫でた。掌から暖かな優しさが伝わる。
だが仲睦まじい光景は、ハラルドの神経を逆撫でした。許容できないと、怒りで顔に青筋を立てる。
「俺のクラリスに気安く触るなあっ!」
「クラリスは兄上のモノではない。私の妻だっ!」
話し合いは平行線だ。互いの主張を通すため、実力行使に打って出る。
最初に動いたのはハラルドだ。彼は地面から樹木を生み出し、鞭のようにしならせた幹でアルトを強襲する。
脅威を排除するため、アルトは風の刃を周囲に展開する。不可視の刃が樹木を切り刻み、ハラルドの攻撃を捌ききる。
「これが最強の魔法使い同士の闘いなのですね」
王族の血を引いた者にしか扱えない自然魔法は、神に匹敵する武力を誇っている。最強同志がぶつかる様相は、神話の物語のように壮大であった。
だが最強だからこそ、他人と互角の勝負になる経験がない。ハラルドは必殺の自然魔法を防がれたことに怒りで顔を真っ赤に染める。
「クソッ、俺は選ばれたエリート。お前は追放された落ちこぼれのはずだ。それなのに、なぜ俺と互角に戦えるのだ!?」
公爵家へと養子に出されたアルトはハラルドのような英才教育を受けていない。育ちがそのまま実力へと反映されるなら、実力が拮抗するはずはないのだ。
「確かに私は落ちこぼれだった。だがクラリスが私を変えてくれた。だから私は兄上には負けない!」
ハラルドがクラリスを奪い返そうとしていることを知りながら、アルトも手をこまねいていたわけではない。
いずれ実力行使に出てくるであろうハラルドから彼女を守るために、鍛錬を欠かさなかったのだ。最愛の人を守りたいとのモチベーションが彼を強くした。
「愛の力で強くなったと。笑わせるな。その戯言に虫唾が奔るのだっ!」
ハラルドは言葉に暴力で応えるべく、掌に水の塊を浮かべる。回転する水弾はアルトに照準を向けて放たれる。
それに対抗するようにアルトも空中に水の彗星を浮かべる。彼を中心に回転する水の球体が合図と同時に発射された。
二人の水弾が衝突する。勝負は再び互角で終わったかに思えた。だがアルトの弾丸だけは止まらない。ハラルドの水弾を打ち破り、宿敵の身体を撃ち抜く。
ハラルドは衝撃で泥濘を転がっていく。受けたダメージで身体の自由を奪われた彼は、忌々しげな表情を浮かべる。
崩れた勝負の均衡は、勝敗を決するチャンスとなる。アルトはハラルドとの間合いを詰めると、腰から剣を抜き、首元へと翳した。
生殺与奪をアルトが握った。二人の闘いに決着が付いたのだ。
「私の勝ちだ、兄上」
「なぜだ……互角でも納得できないのに、なぜ俺が敗れた?」
「クラリスの……そして仲間のおかげだ」
「仲間だと?」
「グランとエリスがいたから、クラリスの居場所を見つけられた。クルツが馬に怪我を負わせたから、兄上から体力を奪えた。そしてゼノが怪我を負わせてくれたから、私の望む魔法戦へと持ち込むことができた」
魔法の実力は互角でも、近接戦の実力は戦争経験者のハラルドに軍配が上がる。肋骨の怪我がなければ、接近戦を選択していたかもしれない。そうなれば勝敗が逆転していても不思議ではなかった。
「森の中へと導いてくれた功績も大きい。魔法の実力は互角だが唯一、それぞれが最も得意とする力が違った」
「俺は炎魔法……」
「私は水魔法だ。兄上は森にいて得意な炎を扱えない。だが水ならば、私に縛りはない。もし仲間の協力がなければ、きっと兄上が勝っていた」
「クソッ……ぅ……クソッ……」
仲間の差が勝敗を分けた。人望による決着は悔しさと共に、ハラルドの脳裏に過去を思い出させた。
「俺にも昔は仲間が……」
戦場で共に命を賭けて戦った仲間たち。彼らのことを心から信頼していた。だが皆、ハラルドの元から離れていった。それもすべてクラリスに婚約破棄を言い渡してからだった。
クラリスは人を惹きつける華があった。彼女の優しさに触れて、ハラルドも心が穏やかになった。
優しさは人望に繋がる。だが彼女を失っては、太陽のない月のようなもの。穏やかな性格から粗暴で自分勝手な性格へと変貌した王子の元に仲間たちは残るはずもなかった。
「アルト、俺は駄目な兄か?」
「それは……」
「ふっ、答えにくいのなら質問を変えよう。クラリスを愛しているか?」
「もちろんだ。私は世界中の誰よりも彼女を愛している」
「やはり兄弟だな。実は俺もだ。だからこそ馬鹿な俺は目が眩んでしまった」
寂しげな眼でハラルドは心の声を口にする。憑き物が取れたように、彼の表情は穏やかになる。
「兄上……」
ハラルドを見下ろしながら、ジッと視線を交差させる。互いの瞳から敵意は消えていた。
だがそんな二人を嘲笑うように、茂みから飛び出してきた人影が、クラリスの傍へと駆け寄る。続いて彼女の悲鳴が響いた。
「クククッ、この勝負、私の勝ちのようですね」
「バーレン男爵っ!」
人影の正体はクラリスの父親であるバーレン男爵だった。彼はクラリスの首元にナイフを近づけながら、勝利を宣言する。
白銀の刃がクラリスの白磁の肌を切り裂いて、赤い血を流させる。張り詰める緊張感に、アルトとハラルドはゴクリと息を呑んだ。
「バーレン男爵、馬鹿な真似は止せ」
「俺からも命じる。その手を離せ」
公爵と王子。二人の権力者からの命令を意に介さず、バーレンは恐悦の笑みを浮かべると、ナイフをより深く肌に埋める。流れる血の量が勢いを増し、アルトとハラルドの顔に不安が滲んだ。
「公爵にも王族にも逆らったのです。噂は王国中に流れ、このままでは私は破滅するでしょう。それならば一矢報いるチャンスに縋りたい。クラリスを人質に貴様らを殺し、証言者をこの世から消す。私は私の人生のために、この凶行にすべてを賭けます」
バーレンは上昇志向の塊のような男だ。そんな彼が落ちぶれる自分に耐えられるはずがなかった。最後の希望に縋るように、娘を人質に脅迫する。
「お父様、止めてください」
「うるさいっ! 娘の分際で父親に逆らうつもりかっ!?」
「私はあなたの娘であると同時に……アルト様の妻ですからっ!」
クラリスが首に添えられたナイフを手で掴む。鋭いナイフが雪のように白い手を赤く染めていく。彼女の表情も苦悶で歪んでいた。
「や、やっぱり……痛いですね……」
「馬鹿な。クラリス……お前……」
気弱なクラリスが痛みに耐える姿にバーレンは驚嘆する。怯えるばかりの少女はもういない。鋼の心を持つ立派な淑女へと成長していた。
「クラリスッ!」
呆然とするバーレンの隙を突く形で、アルトが間合いを詰める。彼の顔に蹴りを叩きこむと、泥濘を転がって気を失う。
脅威は去ったが、傷は癒えたわけではない。アルトは青ざめた表情で、クラリスの傍へと駆け寄る。
「心配しないでください。傷なら癒せますから」
「だが痛みはあるのだろう?」
「アルト様の心を傷つけた痛みに比べれば、たいしたことはありません」
クラリスの癒しの力が手と首の傷を修復する。瘦せ我慢で浮かべていた笑みが、本物の笑顔へと変わっていく。
「君が無事でよかった。もう二度と離さないからな」
「私もです」
アルトはクラリスをギュッと抱きしめる。力強い抱擁で互いの愛を確かめ合った。
「おい、アルト」
ハラルドは傷を負いながらも立ち上がる。だが彼の目に敵意はない。そのまま背を向けて、アルトたちとは逆方向へと歩いていく。
「アルト、クラリスを頼んだぞ」
「兄上……」
「だが勘違いするなよ。俺は諦めたわけじゃない。預けておくだけだ。お前がクラリスを不幸にすると分かれば、すぐにでも取り返しに来るからな」
「なら兄上に奪われないように、クラリスを幸せにしないとな」
背中に回した腕に力を込める。この人は自分のものだと主張するアルトを微笑まし気に見つめながら、ハラルドはその場を去る。その後ろ姿は弟と愛する人の幸せを願う兄の背中だった。
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