第二章 ~『公爵の次男坊のクルツ』~
アルトの屋敷に荷馬車の隊列が並ぶ。台車には戦争で負傷した兵士たちが乗っていた。
荷台の装飾はそれぞれ特徴がある。荷物を詰め込むような無骨な馬車から、彫金技術が駆使された馬車まで様々だ。
そんな数ある装飾の中でも特に先頭を走る荷馬車は、王国の守り神である龍が木彫りされている。爵位が高位な者が乗っていると察せられた。
「千人と聞いていましたが、この荷馬車の数だとそれ以上ではありませんか?」
「兄上の嫌がらせってことだろな」
負傷兵の数が増えれば増えるほど、アルト領の負担は大きくなる。一度送ってしまえば、受け取りを拒否することはしないだろうと予想しての嫌がらせだった。
「さて、代表者に会いに行くとするか」
先頭を走っていた荷馬車から人が降りてくる。獅子のように茶髪を逆立たせた男は、右肩から先にあるはずの腕がなかった。左目には刀傷も刻まれ、容貌だけで古強者だと判別できる。
「あんたがアルト公爵か?」
「そうだが」
「噂で聞いた話とは随分と違うな。目を引くほどの色男だ……ただまぁ、俺には負けるがね」
「ははは」
「俺のツマラナイ冗談で笑ってくれるとは。あんた、良い人だな。俺はクルツ。公爵家の次男坊で、今では壊れた軍人だ」
クルツは肩を上げて、腕がなくなったことを強調する。たちの悪い自虐ネタに、乾いた笑みを返すしかなかった。
「ところで、そちらの美人さん。あんたの名は?」
「…………」
「おいおい、ダンマリかよ。貴族の令嬢ってのは、態度が高慢なのがいけねぇな」
「いいや、そうじゃない。クラリス。名前を聞かれているぞ」
「わ、私ですか!?」
クラリスは自己評価の低さから、美人と呼ばれたのが自分のことだと気づいていなかったのだ。
「わ、私なんて、そんな……美人なんかじゃありませんよ」
「わははは、面白い娘さんだ。気に入った。仲良くしようぜ」
「は、はい」
誤解が解けたのか、豪快な動きでクラリスの肩を叩く。裏表のない性格が態度に現れていた。
「ところで俺たちの処遇についてだが……最低限の寝床と畑さえあれば十分だ」
「え?」
贅沢が傍にある生活で育ってきた公爵家の次男とは思えない台詞だった。
「俺たちは貴族から受け入れを拒否されてきた。たらい回しにされて、最後に送られてきたのがアルト公爵領なのさ」
「…………」
「だがそれは仕方ねぇさ。なにせ肉体を欠損した兵士なんて、国からすればゴミ同然。維持費がかからない分、ゴミの方がマシだと思っていても不思議じゃねぇ」
「ク、クルツ様はゴミなんかじゃありません」
「いいや、俺たちも最低だった。貴族の生まれだからと、生家と同じ贅沢を望んじまった。役立たずの俺たちは、せめて邪魔にならない程度に大人しく生きていくべきなのにな。それを理解していなかったのさ」
「で、ですが、魔法を扱えるのなら、仮に片腕でも重宝されるのでは?」
「肉体が欠損していると魔法の制御が難しくてな。暴走の危険もある。敵陣でなら問題ないが、自分の領地で問題を起こされるのは嫌だからな。負傷兵の受け入れを断る理由が理解できるだろ?」
「クルツさん……」
悲しげに目を伏せるクルツに同情を覚える。王国のために戦った結末が厄介者ではあまりにも救われない。
「役立たずの俺たちだが、迷惑は最小限に抑える。だからささやかな望みを受け入れてくれねぇか?」
「駄目だ」
「どうしてだ!? 農民と変わらない暮らしなら、負担も大きくないはずだぜ?」
「金の問題じゃない。君たちにはやってもらいたいことがあるのだ」
「やってもらいたいこと?」
「話をすればだ。待っていた人物が到着したようだ」
商業都市リアの方角から商業用の大型馬車が走ってくる。馬の嘶きと共に停車した荷台から降りてきたのは、細目の商人、エリスだった。
「遅れて申し訳ございません。ご注文の商品を揃えるのに時間がかかりまして……」
「商品?」
「あの話はまだされていないのですか?」
「丁度、これからするところだ。クラリス頼めるか」
「はい!」
クラリスがクルツの肩に手を触れる。手先から魔力が輝くと、失ったはずの右腕が元通りに復元する。神の奇跡にも等しい力に、クルツは目を見開いた。
「お、おい、嘘だろ。娘さん、あんた何者だ?」
「一応、聖女と呼ばれています」
「聖女様だぁ! ってことは、あんたがあの尻軽聖女か!?」
「……そ、それは誤解なのです」
「わはは、噂が間違っていることくらい分かるさ。なにせ俺の腕を治してくれた恩人だ。悪人のはずないからな」
豪快な笑いを浮かべるクルツだが、目尻には涙が浮かんでいた。喜びを隠しきれずに感情が表に出てきたのだ。
「他の負傷兵も全員クラリスの回復魔法で助けるつもりだ。だから君たちには魔物狩りをお願いしたい」
魔物はアルト領の治安を悪化させている原因だが恩恵もある。魔物の肉は美味であり、毛皮や牙は武器などの素材として高値で取引されている。
そのため魔物を狩ることができるならば、自力で生活することが可能になる。人に頼らずに生きていけるならば、彼らの誇りにも繋がるはずだ。
「魔物狩りか。戦争で敵兵を殺すより何倍も楽しそうだ」
「やる気になってくれて何よりだ」
「だが問題は残っている。聖女とはいえ、人である限り魔力には限界がある。一日に十人を治すので精一杯ってとこだろ?」
「その課題を解決するためのエリスだ」
薄目の商人が部下に命じて、荷台の商品を運ばせる。木箱には魔力を回復させるためのエリクサーが詰められている。その箱が一段、二段と積み重ねられていく。
「私は公爵様よりエリクサーを依頼されていました。これで聖女様の魔力は千人分の傷を癒すことができます」
「だが金はどうする? これだけのエリクサーだ。馬鹿にならないだろ?」
「公爵様に頂くことも考えました。しかし折角なら、あなた方に貸しを作りたい」
「貸し?」
「魔物の狩りで得た素材を一括で買い取らせて頂きたい。その約束を飲んでいただけるのなら、このエリクサーは無償でお譲りします」
「わはは、あんたも顔に似合わずお人好しだな。いいぜ、俺たちも魔物の売り先が確保できるなら、渡りに船だからな」
「では交渉成立ですね」
エリスは契約書を取りに、荷馬車へと戻る。人の眼が消えた隙間に、クルツは小さく頭を下げる。
「アルト公爵に、聖女の娘さん。恥ずかしいから一度しか言わねぇ……ありがとな。この恩は忘れねぇ」
戦場での激戦を経験してきた古強者とは思えない表情で頬を掻く。耳まで赤くなった彼の顔は忘れることができないほどに愛らしさを感じさせるのだった。
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