第二章 ~『シルバータイガーを狩るもの』~


 商業都市リアは物と金と人が集まる経済の中心地であり、いつだって活気で湧いている。しかし今日の街の人たちはいつも以上に元気だった。


「あれが噂の……」

「公爵様と聖女様ね。お似合いの二人よね」


 手を繋いで歩く二人を領民たちが微笑ましげに見つめる。その瞳には自分も同じような恋がしたいと羨望が満ちていた。


「えへへ、注目されていますね」

「クラリスは有名人だからな」


 エリスの設立した診療所は領内で知らぬ者がいないほど有名になった。自ずと、そこで働く聖女のクラリスも名が知れ渡った。


 特に磨かれた美貌は多くの人たちを魅了した。女神の生まれ変わりだと口にする者まで現れ、聖女を一目見ようと、大勢の見物人が診療所に押し掛けた。


 その結果、クラリスは領内で知らぬ者がいないほどの有名人になった。


「私なんてアルト様のおまけです。ほら、見てください。すれ違った女性たちが、皆、振り返っていますよ」

「それは私が公爵だからだ……とはいえ、あれほど人前に出るのが嫌だったのにな。私も成長したものだ」


 醜さで有名だったアルトは領民の前に姿を見せることを極力避けていた。しかし顔の呪いが解けてからは違う。領主として、表舞台に立つようになった。


 元々、アルトの領地経営の手腕は評価されていた。危険な魔物駆除を積極的に行い、税も他の領地と比べても格別に安い。商業都市リアを王国でもトップクラスの大都市へと成長させた実績もある。


 顔だけがネックで評価を落としていたが、その欠点も克服した今、名領主として領民たちから愛されるようになっていた。


「アルト様は領民から注目されても緊張しないのですね」

「いいや、するぞ」

「ですが堂々としているように見えますよ」

「気丈さを取り繕っているだけだ。君と手を繋いでいるだけで心臓の鼓動が早くなるほどだからな」

「ふふふ、では手を離しますか?」

「そ、それは駄目だ。このままでいてくれ」

「仕方がありませんね。繋いでいてあげます」


 二人が歩いているだけで街の活気が満ちていく。彼らは領地の誰もが認める理想のカップルだった。


「アルト公爵、それに聖女の娘さん。元気していたか?」

「クルツ様!」


 クルツが元通りに回復した腕でヒラヒラと手を振る。獅子のように茶髪を逆立たせているが、目元には猫のような愛らしさが浮かんでいた。


「お二人はデートかい? だとしたら邪魔して悪かったな」

「いえ、お気になさらずに。クルツ様は何を?」

「エリス商会からの帰りだ。実はシルバータイガーを討伐してな。一体丸ごと買い取ってもらったのさ」

「嬉しそうな顔を見るに高く売れたようですね」

「まぁな。笑いが止まらねぇよ」


 クルツが金貨で詰まった茶袋をジャラジャラと鳴らす。


 シルバータイガーは白銀の体毛で覆われた虎の魔物だ。牙は剣に加工され、毛皮のコートは高級品として貴族たちに愛用されている。


 そのため市場での価値は高い。討伐に成功すれば貴族一人が一年間暮らしていけるだけの金が手に入る。


 だがその分、攻略難易度も高い。並の実力では手も足も出ないほどの強敵だが、彼は見事に打ち果たしたのだ。


「シルバータイガーを倒せるなんて、クルツ様は御強いのですね?」

「俺だけの力じゃないがね。仲間たちが協力してくれたからこそ成しえたことだ」


 貴族ならば魔法も扱える。徒党を組んだ魔法使いならば、魔物に後れを取ることもない。だがその徒党を組むという行為が難しいのだ。


 貴族は幼少ながらに選ばれた人間として育てられるためプライドが肥大化している。仲間のために頑張るという感覚が欠如している者も多い。


 だがクルツはそんな貴族たちを一つの集団にまとめ上げていた。彼のカリスマ性によってのみ、なせる業であった。


「俺たちは幸せだ。自分の力で稼いで、暮らしていけるんだからな……本当に二人には感謝している。それこそ命を投げ出せるほどにな」

「命だなんてそんな軽々しく口にしないでください。クルツ様も私たちの大切な仲間なのですから……」

「仲間か。良い響きだ」

「ふふふ、でしょう。それに負傷兵として登録されると、徴兵が免除されます。帝国との戦争に駆り出されることもありませんよ」

「帝国との戦争にはそうだろうな……ただなぁ……」


 クルツが悩まし気に頭を掻く。何かを言いたげな態度に、アルトは考えを察する。


「アルト領の軍事力が増したことを心配してくれているのか?」

「まぁ、そういうことだ」

「強くなると何かマズイのですか?」


 クラリスがありのままの疑問をぶつける。軍事力が増すことで、むしろ抑止力になるのではと思えたからだ。


「公爵領は王国に七つあるが、アルト領はその中でも最弱だった。だからこそ無視されてきたことも多い。だが力を得たことで、残り六人の公爵たちは、きっと私たちのことを警戒するようになる。それが争いの火種に発展するかもしれない」


 王国内で公爵同士の紛争が始まれば、大勢の領民を犠牲にすることになる。それだけは絶対に避けなければならない。


 クラリスは悲劇を回避するために、悩ましげに目を伏せる。そんな彼女を見ていられなくて、アルトは手をギュッと握りしめた。


「心配しなくてもいい。ただの可能性の話だ」

「で、ですよね。きっとこれからも平和な毎日が続きますよね」

「そうだとも……私が、どんな手段を使ってでも、この日常を守ってみせる」


 活気ある街を見つめながら、アルトはそう宣言する。その凛々しい横顔にクラリスは見惚れるのだった。


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