第二章 ~『負傷兵を押し付けた結果が裏目に』~
王族は十歳になったタイミングで国王より宝刀を授与される。鞘には宝石が散りばめられ、抜くと刀身には白い波のような刀紋が浮かぶ。ハラルドの自慢の刀であり、見ているだけで自分が王族だと実感できた。
「さすがは代々王家に伝わる宝刀だ。一流、それこそが俺に相応しい」
上機嫌で刀を太陽の光に翳す。強調された刀紋の美しさに、うっとりとしてしまう。
「俺は欲しいものはすべて手に入れる。クラリスもすぐに俺の物になる」
負傷兵を押し付けたことにより、アルトは私財を失う予定である。クラリスが貧乏な生活を過ごしているところへ、白馬に乗った自分が現れるのだ。きっと彼女は振り向いてくれる。愉快な妄想に口元のニヤニヤが止まらなくなった。
「王子、失礼します。商人のフェルです」
「おう、入れ」
「では失礼して」
恭しく頭を下げるのは、ハラルドの馴染みの商人であるフェルだ。女性のような顔立ちをしている男で、軍隊時代の戦友でもある。小さな顔に似合わない大型のトランク鞄を運ぶ様は愛らしさを感じさせた。
「本日は随分と上機嫌ですね」
「分かるか?」
「長い付き合いですから」
「良きことがあったのだ。これからバラ色の結婚生活が始まる。結婚式にはお前も招待してやるからな。ありがたく思えよ」
「それは光栄です。ですが王子がそれほどまでに惚れこむとは。よほどの美女なのでしょうね?」
「結婚式で会うのを楽しみにしていろ」
フェルはハラルドと長い付き合いだ。だからこそ女性に惚れこむ彼を意外だと思う。
(リーシャ様と婚約していた時は、どこか本気さを感じませんでした。それ以前のクラリス様も最終的には婚約を破棄されましたし、どのような女性が彼の心を射止めたのでしょうか)
疑問は膨らんでいくが、結婚式までの楽しみに取っておくことにする。それよりも商人としてやるべきことがあった。
「それで本日は女性向けの商品をお探しとか?」
「贈り物にしたくてな」
「王子の寵愛を受けられるとは。幸せな女性ですね」
「そうだろうとも。今頃はきっと貧しい暮らしで苦しんでいるだろうからな。俺が優しくしてやるのだ」
「それは素晴らしい。では、その女性が涙を流して喜ぶような品を用意せねばなりませんね」
トランク鞄から銀色の光沢を放つ毛皮の外套を取り出す。ハラルドはその素材に心当たりがあったのか、ハッとするような表情を浮かべる。
「まさかそれはシルバータイガーの毛皮か?」
「ご明察です」
「おおっ、凄腕の冒険者でも複数人で挑まねば討伐できない魔物ではないか。そのような良品をどのようにして手に入れたのだ?」
「エリス商会から買い付けました」
「そんな商会が王都にあったか?」
「いえ、王都ではなく、アルト様が治める商業都市リアにある商会です」
「あいつの領地にそんな優良な商会があるのか……」
「魔物ビジネスで名前を売り始めたのは最近の話ですからね。知らないのも無理はありません」
「魔物ビジネス?」
「その名の通りです。魔物を狩って、素材を加工して輸出しているのです。このシルバータイガーの外套もその一つです」
「お、おい、待て。では商会がシルバータイガーを討伐できる戦力を保持しているということか?」
王国軍の強者たちが束になってようやく倒せる魔物を、名も知らぬ商会が討伐できるはずがないと驚く。しかし続けられた言葉で、それ以上の衝撃を受けた。
「負傷兵のおかげだそうですよ」
「ふ、負傷兵だとおおおっ!」
「急にどうしたのですか、王子?」
「い、いや、取り乱してしまった。続けてくれ」
「アルト領に受け入れられた負傷兵たちが魔物を狩っているそうです。千人の強者が徒党を組んでいるおかげか、魔物相手に負け知らずだそうで、アルト領の経済は魔物バブルで沸いています」
「は、はははっ……な、何を言っているんだ、お前は……負傷兵が魔物と戦えるはずがないだろ。あいつらは肉体の欠損者や重傷者の集まりなんだぞ!」
「なんでも、クラリス様の回復魔法で癒したそうですよ。やはり聖女の力は凄まじいですね」
「ク、クラリスが……ならあいつは……アルトは貧乏貴族に落ちぶれてはいないのか?」
「むしろ魔物バブルのおかげで、絶好調だと思いますよ」
「クソオオオオッ」
ハラルドは恥も外聞も捨てて、魂の雄叫びをあげる。彼の計画は失敗したどころか、上手く利用されてしまったのだ。
「クソッ、クソッ、なんだこれは。まるで俺がアルトよりも無能だと言わんばかりではないかっ」
「王子、どうか落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるかっ!」
ハラルドは怒りを発散するように、刀で目につく家具を切り刻む。机は真っ二つにされ、椅子は脚を失った。
だが怒りは収まらない。勢いをそのままに、大理石の壁を斬りつける。その瞬間、悲劇が起きた。
鉄さえバターのように切り裂くとの伝説が残る宝刀は、大理石の硬さに耐えられなかったのか、刃が折れて、宙を舞う。伝説は眉唾だったと、無残な結果が教えてくれた。
「お、王家に伝わる宝刀がああああっ!」
ショックで膝から崩れ落ち、呆然と刃の欠けた宝刀を見つめる。戦場で折れたのならまだ納得できた。しかし弟への妬心から八つ当たりで振るった結果、大切な宝刀を失ってしまったのだ。先祖たちに顔向けできないと、ハラルドの目尻には涙が浮かんでいた。
「わ、私はこれで失礼いたします」
フェルは刺激しないように部屋を後にする。商談は崩れたと、彼は本能で察したのだ。
「……ぐすっ……ク、クラリスがいてくれれば……」
きっと優しく慰めてくれたはずだ。だが彼女は傍にはいない。婚約破棄した自分の愚かさを悔やむように、残された部屋で咽び泣くのだった。
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