第三章 ~『手を組んだ二人の悪魔』~


 フーリエ公は執務机に拳を叩きつける。アルト領を苦しめるための計画が裏目に出たことに怒りを感じていたからだ。


「クソオオオオッ、なんなのだ、あいつらは!」


 負傷兵を送りつけられても戦力に変え、食料不足で困窮させられても大量の食料を用意する。まるで全知全能の神とでも争っている気分だった。


「儂の計略を打ち破るだけでなく、対抗措置まで。奴らのせいで、儂の懐は寂しくなる一方だ!」


 アルト領の大量生産された農作物が領内に広がっていた。その結果、フーリエ公の農園で採れた麦や野菜が売れなくなったのだ。


 仕方ないので、価格を合わせたが、それでも売れない。品質でも圧倒的な差があるため、同じ価格ならアルト領の農作物が好まれたからだ。


「奴らの作物は貴族に卸しても恥ずかしくない品質だ。それを荒れた土地のアルト領で育てるだとっ。ありえん。必ず秘密があるはずだ」


 しかしいくら頭を捻っても答えには辿り着かない。クラリスの回復魔法で土壌に活力を与えていたとは、さすがに想像できないからだ。


「作物が我が領土だけでなく、他の領地に販売されている点も厄介だ」


 フーリエ領は長らく、王国の食糧庫として、農作物の生産を一手に担ってきた。この貢献があったからこそ、序列第六位の公爵でいられたのだ。


 だが役割を奪われては、序列第六位の座も危うい。焦りが額から汗となって流れる。


「儂は由緒正しき公爵家の出自だ。醜いと馬鹿にされてきた、アルト公に立場を奪われてなるものかっ!」


 怒りを吐き出し、頭を鎮める。クリアになった思考で、問題の解決策を探る。


「まずは儂の私財だ。領民がいくら苦しんでも構わんが、これだけは死守せねば」


 フーリエ公が財政的に苦しくなっている一番の理由は農作物が売れないことだ。自国でも買う者はおらず、他国でも捌けない。


 倉庫に保管しておく手もあるが、場所に限界がある上に、維持費も必要になる。現状、買い手の付かない食料は、タダ同然で売るか、家畜の餌とするしかなかった。


「クククッ、良い手を思いついたぞ。話はシンプルなのだ。他領地はともかく、自領地なら自由にコントロールできる。それならば、儂の食料以外買えなくする法律を作ればよいのだ」


 選択肢があるからこそ、競争が生まれるのだ。フーリエ領内における農作物の売買は、公爵の農園で栽培された物に限るとの法律を公布すればよい。


「儂の食料が市場を独占できるなら、価格も上げ放題だ。貧乏人どもから搾取してやる」


 領民を金蔓としか見做していない彼らしい発言だ。執務室での独り言だからこそ許される台詞だが、その言葉を部屋の隅で聞いていた者がいた。


「さすがはフーリエ公。貴族に相応しい心構えです」

「誰だ!?」

「私はバーレン。しがない男爵です」


 梨のようにお腹が膨らんだ体形と、顎髭が特徴的な男の出現に眉を顰める。周囲に衛兵はいない。屋敷の警戒を掻い潜り、ここまで辿り着いたとしたら、只者ではない。


「どうやってここまで来た?」

「あなたの部下に協力させました」

「儂は護衛に大金を払っておる。男爵の貴様がそれ以上の金額を払い、寝返らせたと?」

「裏切りは金以外でも買えるのですよ。例えば回復魔法で、家族の傷を癒すとかね」


 傷痕が刻まれている掌を示すと、魔法でその怪我を消し去ってしまう。聖女と同じ癒しの力を、彼もまた保有していた。


「バーレンとか言ったな。貴様は聖女の関係者か?」

「父親です」

「あの女たちの父親だとっ!」


 姉のクラリスはもちろん、妹のリーシャにも煮え湯を飲まされた彼だ。怒りが沸々と湧き上がってくる。


「その父親がなぜ儂の前に現れた?」

「娘を売りに」

「はぁ?」

「聞きましたよ。フーリエ領では聖堂教会が勢いを増しているとか。聖女の人気はまだ下火ですが、いずれは脅威になるはずです。そうなる前に手を打ちたくありませんか?」

「一応聞いてやる。どんな手だ?」

「私が娘の悪評を声高に叫びます。他人ではなく、実の父親がやるのです。民衆は信じるでしょう」

「悪くないな」


 聖女の人気が落ちれば、夫であるアルト公爵の評判も悪化する。腹いせだけでなく、領主の座を交代しろと主張する過激派たちの活動を抑制できるのもいい。


「だが一つだけ聞かせろ。どうして儂に協力する。貴様が貶めようとしているのは実の娘だぞ」

「私は娘が嫌いなのですよ。それに私の計画のためには、娘に落ちぶれてもらわなければ困るのです」

「計画?」

「実は、王子はクラリスに好意を抱いているようなのです。二人を結婚させたいが、そのためにはアルト公爵に手放してもらわなければなりません」

「そのための悪評か……なるほど。馬鹿王子もいずれは国王だ。使い道はあるか……」

「私の娘が王妃となった暁には、公爵家と親密な関係を築きたいものです」

「ははは、やはり貴様は悪女の父親だ。だが気に入った。貴様の計画に儂も一枚噛んでやる」

「ありがたき幸せ」


 自分本位のバーレンとフーリエ公が協定を結ぶ。二人の悪魔の手が、クラリスへと伸びようとしているのだった。

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