第二章 ~『クラリスの家族たちの陰謀』~


 クラリスの父親であるバーレンは、王国の辺境領の領主である。梨のようにお腹が膨らんだ体形と、顎髭が特徴的な彼は、暖炉の前で雄叫びをあげていた。


「うおおおっ、リーシャよ。私の最大の失敗はお前を甘やかしすぎたことだ」

「パパ、ひどーいっ。私は悪くないのにぃ」


 長椅子で横になるリーシャは頬を膨らませる。その愛らしい表情が彼の怒りを萎ませていった。


「はぁ、お前は本当に母さん似だな」

「それ褒めてるのぉ?」

「ある意味ではな」


 貴族の令嬢たるもの、男を手玉に取れるくらいの狡猾さが求められる。その点、リーシャは王子でさえ骨抜きにするほどの才能があった。


 だがその才能も浮気現場を目撃されては台無しだ。宮廷を追放された彼女は、実家で贅沢三昧の日々を過ごしていた。


「なぁ、リーシャよ。どうして浮気したのだ?」

「だって仕方ないじゃない。王子様、結婚するまでキスしかしないとか言い出すんだものぉ」

「王子が恋愛に疎いことくらい最初から分かっていたことではないか。なにせあのクラリスに惚れるような男だぞ」


 バーレンはクラリスに魅力がないと評価していた。もちろん容姿だけなら、双子のリーシャとさほど変わらないし、内面の美しさならクラリスに軍配が上がるだろう。


 だが貴族の令嬢たるもの、それでは駄目なのだ。社交界の蝶はヒラヒラと舞いながら、自分より爵位の上の男を魅了し、結納金という形で実家へと金を運ばせることこそが役目なのだ。


 きっとクラリスはどこの馬の骨とも知らない農夫とでも結婚するに違いない。そう評価した彼は、彼女に期待することを止めたのだ。


「リーシャよ、これからどうやって生きていくのだ?」

「パパに養ってもらう♪」

「うちは男爵家だぞ。お前のような金食い虫をいつまでも置いておけるか!」


 リーシャのことを溺愛しているバーレンだが、それでも彼女には嫁いでもらわなければならない。


 その理由は男爵家の台所事情にある。爵位が上がれば上がるほど、広い領地が与えられ、税収も多くなる貴族社会において、男爵は贅沢できるほどの領地を得ることができない。


 故にバーレンはリーシャに投資してきた。男爵家とは思えないほど高価な服を与え、上流階級に嫁いでも恥ずかしくない教育を施してきた。


 これもすべて結納金で取り返せる算段があってのことだ。このままでは投資してきた金が無に帰す。王族と言わぬまでも、男爵より上位の貴族に嫁ぐことはできないかと、必死に知恵を絞る。


「駄目だ。浮気をして、王宮を追放されたと噂が広がっては、嫁に欲しがる男はおらん」

「パパぁ、声に出ているわぁ」

「ワザとだ。贅沢をしたいなら案を出せ」

「えー、ならお姉様をもう一度戦場へ送るのはどうかしら?」


 この提案は二度目だった。一度目はリーシャの贅沢による借金を返せなくなった時のことだ。姉を売り飛ばそうと、笑みを浮かべる彼女に、戦慄を覚えたものだ。


「こうなったらクラリスと王子を再び婚約させるしかあるまい」

「えー、私はぁ?」

「貴族に相手はおらんのだ。平民の男とでも結婚しろ」

「でもぉ、私、贅沢がしたいわぁ」

「そのためのクラリスだ。あいつを裏から操り、王家から金を吸い上げる。どうせお前も王子とは金目当てなのだろう。なら文句もあるまい」

「でもお姉様は私たちの言うことを聞くかしら」

「聞く。そのために幼少の頃から教育してきたのだからな」


 クラリスに一切の愛情を持っていないが、それでも血を引く娘ではある。もし家督争いになれば、バーレン家の領主になる可能性も十分にありうる。


 牙を抜く必要があると、体罰に、無視。食事も最低限しか与えないことで、従順な性格へと矯正した。おかげで父親であるバーレンの顔色を伺う娘に成長した。


 幼少のトラウマを引きずっている限り、強く命じれば、操り人形にできる。そう確信するバーレンは下卑た笑みを浮かべる。


「では我々の計画を始めよう」


 クラリスの幸せを奪い取るため、父親であるバーレンは動き出す。彼の眼には娘の向こう側にある金貨の山しか映っていなかった。


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