第二章 ~『舞踏会への招待』~
互いの愛を確かめ合ったアルトとクラリスは充実した結婚生活を過ごしていた。窓の外から聞こえてくる小鳥の囀りは優雅な朝を演出していた。
「私が朝食を作るのはこれが初めてですね」
「朝食作りは私の趣味だからな」
「……失敗しても笑わないでくださいね」
「もちろんだとも」
ダイニングで椅子に腰掛けながら、クラリスの調理が終わるのを待つ。アルトの口元は意識しないままに緩んでいた。
「クラリスの手料理か。ふふふ、楽しみだな」
紅茶を淹れる腕前から料理の腕前にも期待できる。心待ちにしていると、彼女は変色した目玉焼きと、豚の腸詰めを運んできた。さらに隣には炭化したデニッシュも添えられている。
「ごめんなさい。失敗してしまいました」
テーブルに料理を並べると、申し訳なさそうに謝罪する。だがアルトの微笑みは変わらない。フォークとナイフを手に取ると、焦げた料理を口に放り込んだ。
「少し苦みを感じるが……うむ。美味しいぞ」
「アルト様、無理しなくても、マズイならマズイとはっきり口にしてください」
「君が作ってくれた料理を貶すはずがないだろう。それに苦みの中に旨味がある。一生懸命作ってくれたと分かる味だ。さすがは私の嫁だな」
「~~ッ――な、なんだか恥ずかしいですね」
「私に愛されることがか?」
「いえ、とうとう結婚したのだなと思いまして」
ハラルド王子に婚約破棄された時は、生涯独身の可能性も頭を過った。だが現実は違った。隣には最愛の人がいる。幸せだと胸を張って口にすることができた。
「でも本当に私で良いのですか? アルト様の呪いは解けましたし、今ならもっと魅力的な女性を選ぶこともできますよ」
「君より魅力的な女性などいないさ」
「でも……」
ハラルド王子との恋は追いかける恋愛だったこともあり、強い愛情を向けられることに慣れていなかった。
だからこそ自己肯定感が低く、なぜ自分が選ばれたのかと不思議に思ってしまう。だがその疑問は彼を悲しませてしまった。
「自分を卑下するのは止めてくれ。好きな人が馬鹿にされているようで傷つくのだ」
「ふふふ、やっぱりアルト様は優しいです」
彼の言葉の節々から愛情を感じる。これが幸せなのかと穏やかな気持ちになっていると、庭先に荷馬車の止まる音がする。
「この音はグランだな」
「王宮からの使者としてやってきたのでしょうか?」
「おそらくな」
玄関先までグランを迎えに行く。扉を勢いよく開けた彼は、荒れた息を整えていた。老いている彼が無理をしていないかと心配になる。
「聖女様っ! 公爵様を呼んできてください」
「私がその公爵だが……そうか。治療後の顔を見るのは初めてか」
「治療後?」
「クラリスの回復魔法で顔の呪いを解いてもらったのだ」
アルトは今までの経緯を説明する。とても信じられないような話だが、傍にいるクラリスが真実だと保証するのだ。信じる以外の選択肢はない。
「分かりました。あなたが公爵様だと信じましょう」
「それで、用件は王宮でのトラブルか?」
「予想されていたのですか?」
「兄上が簡単に引き下がるはずがないからな」
婚約者として戻って来いとの要請を断られたのだ。プライドが傷つけられて黙っているような性格ではない。何かしらのアクションがあるとは読んでいた。
「それで兄はなんと?」
「こちらを」
グランは懐から親書を取り出す。封蠟を外して中から出てきたのは、舞踏会の招待状だった。
「宮廷で舞踏会をやるから、クラリスと共に来いとのことだ。行きたいか?」
「私は派手な行事が苦手ですから」
「だよな。だが王族からの招待だ。無下に断ることはできない。顔だけ出したら、すぐに帰ろう……ただこれも何かの縁だ。王宮を訪れるのに丁度良い機会かもな」
「何かやることでもあるのですか?」
「私とクラリスの正式な婚姻届けだよ」
貴族同士の結婚は王国内のパワーバランスに影響を与えるため、王家に婚姻を申し出なければならない。
いずれは王宮を訪れる必要があるのなら、面倒事と一緒に片づけてしまおうという魂胆だった。
「もしかして王宮へ行くのが怖いのか?」
「本音を言うと、少し……」
婚約を破棄されて、追放された日のことを思い出す。王宮から逃げるように立ち去った悲しみは、心に深い傷を残した。
王宮へ再び顔を出せば、心の傷口が開くかもしれない。だがそんな彼女の恐怖を和らげるように、アルトが優しげに髪を撫でる。
「君は私が守る。だから安心していい」
「――ッ……は、はいっ!」
すべての始まりの場所である王宮に、二人は足を踏み入れる覚悟を決めるのだった。
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